第10回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,820文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
しかし、不動産会社も今は金田に連絡がつかず、困っているという。
金田が最後に不動産会社の担当者と会ったのは半年前だそうで、連絡がつかなくなったのはここ3ヵ月くらいのことのようだ。
浅倉は金田が使っていた携帯番号を聞き、契約している通信会社に問い合わせると、料金はクレジットカードでの支払いのため、まだ番号は生きているものの、3ヵ月前から使われた形跡はないようで、電波も途絶えていることがわかった。
浅倉は真田に連絡を入れ、警視庁に戻った。
オフィスに入ると、真田が待っていた。
「おう、ご苦労さん」
真田が声をかける。
浅倉は会釈をし、デスクに駆け寄った。
「何かわかりましたか?」
「サイバー班に金田の携帯電波が最後に確認された位置を解析してもらった」
「どこですか?」
「浜松だ」
真田が言う。
「浜松? 静岡の、ですか?」
「ああ。舘山寺温泉近くの基地局で電波が途切れている。調べてみると、そこに金田がよく滞在していた旅館があった」
真田はテーブルにタブレットを置いた。航空写真で地図を表示する。
真田は、舘山寺一帯の地図を拡大していき、一つの旅館を中央に表示した。
湖岸荘という旅館だった。浜名湖の内浦沿いにある小さな宿だ。
西手には浜名湖の観光スポットとして有名な浜名湖パルパルがあり、対岸には大草山が見える。大草山に向けて、湖を越えるかんざんじロープウェイがあった。
地図で見るだけでも風光明媚な場所だった。
「ここにいるんですか?」
「いや、わからんが、この周辺にいる可能性はあるな。生きていれば」
真田が口にした言葉に、浅倉の表情も険しくなる。
「行ってきます」
浅倉が言う。
真田がうなずくと、浅倉は部屋を飛び出していった。
平間は、最初に見たハニーハニーラバーズのライブに通い詰めていた。
そして、最初に受付で出会った女の子のファンとなり、毎回、物販やチェキ撮影を行ない、何度も握手をして話すようになった。
平間が推している女の子は、水色担当のアイリという名前だった。
ぽっちゃりとして、目はパッチリしているが、顔にもスタイルにもあまりメリハリがない。
声もかわいらしいのだが、女の子の声というだけで、特別惹かれる要素はない。
ハニーハニーラバーズ、略称ハニラバのライブには常時、平間を含めて4~5人の客がいるものの、いつも見かけるのは前列にいる大きなペンライトを持った男性ファンの2人だけ。あとは、平間のように一見で入ってきた客ばかりで、通い詰める者もいなかった。
そして相変わらず、休憩があり、そこでスーツ姿の男たちが入ってくる。
その時の受付は、常に広崎みのりだった。
受付でも金銭のやり取りがちらりと見えたことがある。
平間たちは千円札を出しているが、休憩中に入ってくる客は1万円札を出していた。釣りを返す様子もなかった。
やはり、システムとしてできあがっているのかもしれないと思わせる光景だ。
ライブが終わると、女の子たちは自分たちで会場に長テーブルを運び入れ、グッズを並べていく。
CDを始め、ブロマイドやアクリルのキーホルダー、タオル、Tシャツ、リストバンドもある。
ただ、毎度同じものばかりで、3回も通えば、すべてをコンプリートできてしまう。おそらく、売れ残っているグッズをそのまま出してきているのだろう。
それでも、平間と前列の男性ファン2人は、毎回何かを買っていた。
男性ファンの2人のうち一人は、桃色担当のミミがお気に入りのようで、物販終了までずっと張りついていた。
もう1人は箱推しのようで、メンバー全員の前をまんべんなく回り、話しかけて、チェキを撮っている。
「タクちゃん、今日も来てくれたんだ」
アイリが満面の笑顔を見せ、両手で平間の右手を握る。
平間は石川拓郎という名を名乗っていた。
「今日のパフォーマンス、どうだった?」
「よかったよ。2曲目のソロの部分、最高だった」
平間は答えた。もちろん、お世辞ではあるが、アイリはうれしそうに目を細めた。
「やった! ソロはすごく練習してるから、褒めてもらえるとうれしい!」
アイリは握る手に力を込めた。少し痛いくらいだ。
だが、本当にうれしそうな様子は顔からも言葉からも手のひらからもビンビンと伝わってくる。
アイリは忌憚なく会話をする方だった。本人の談によると、これまで複数のグループに所属したものの、個人で推されたことは一度もなかったという。
そうだろうなと思う傍ら、全身で喜びを表現してくれているアイリを前にすると、自分もなんとなく心地よくなる。
こうして嵌まっていくのか、沼に──。
思いつつ、手を握り返して、アイリに話しかける。
「アイリちゃん、LINE交換しない?」
「えっ、どうして?」
「ハニラバのライブ、1回も逃したくないからさ。シークレットやサプライズも含めて。そういう時、教えてもらえるとうれしいかなと思って」
「うーん……私は教えてもいいんだけどさ。運営から、個人のLINE交換は禁じられてるんだ。ごめんね」
アイリはちらりと舞台袖を見た。
平間も目を向ける。男が柱の陰から平間の方を見ていた。平間はすぐアイリに目を戻した。
黒目を少し動かし、舞台袖を指す。アイリは目でうなずいた。
「わかった。困らせてごめん」
「ううん、うれしい」
アイリは顔を大きく横に振った。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。