『四谷怪談』のお岩さんは実在した! 邪推作家が祟り覚悟でゆかりの地に挑む

文字数 3,672文字

祟りで有名なお岩さんゆかりの地を邪推作家が行く? これはいろいろ心配です。

お岩さん


恐らく、日本で最も有名な幽霊でしょう。彼女の出て来る『東海道四谷怪談』も我が国を代表する怪談、と称して過言ではない。


元浪人、田宮伊右衛門には妻、岩がいたが上司である伊藤喜兵衛の孫、梅の熱愛を受け伊藤にそそのかされる。難癖をつけて岩を家から追い出し、梅と所帯を持てば出世させてやる、というのだ。


産後の妙薬と騙されて毒薬を飲んだ岩は顔が崩れ、夫の陰謀を知って呪いながら自害する。伊右衛門は岩の死骸を川に流すが以降、関係者を次々と祟りが襲い田宮家は滅亡する……。


時代や、演じられる場によって様々なヴァリエーションがあるが、基本的にはこんな話でしょう。原作は江戸時代の著名な劇作家、鶴屋南北。歌舞伎の初演は文政8(1825)年で、物語は暦応元(1338)年の出来事、と設定されていた。


実はこの田宮伊右衛門も、お岩さんも実在した人物だった。だからさすがに差し障りがあると思ったのか、舞台は現在の文京区目白台と豊島区雑司ヶ谷の境にあった「四家町」、田宮家も「民谷」だとか「間宮」だとかに置き換えられている。


お岩さんが死骸で流されたのは神田川とされていて、四谷から神田川だと遠いだろうと思っていたが、目白台なら納得、ですね。坂を降りたらすぐですからね。 

たぶん電車の方が早い。それでもバスで行きます。西鉄にも頑張ってほしい。

さて実際に事件が起こったとされる四谷には現在、お岩さんを祀る稲荷神社がある。それも、2つも。以前、鬼平の菩提寺を訪ねた時にも近くを通りましたよね。今回は実際に行ってみます。


まずはいつものように「渋66」系統で、渋谷へ。ところが初っ端からトラブル発生。いつものようにバスに乗る時、交通系ICカードを運転手さんに示して「これを一日乗車券に」と頼むんだけど、機械が受け付けてくれない。ピーッと警告音が鳴るんです。


先日、帰郷した時にカードを西鉄発行の「nimoca」に替えたんだけど、それがいけなかったのかしらん? 運転手さんは「いや、これでもできる筈なんですけどねぇ?」と不思議そう。


おぃおぃ早速、祟りかよ!?


イヤな予感がしたけど、仕方ないですね。いったん駅に戻って新たにPASUMOを購入して来た。もしこれでもダメだったら諦めて帰るつもりだったけど、今度は無事「一日乗車券」になりました。ホッ……(後で聞いたらやっばり、nimocaはこういうのには使えないらしい。運転手さんの勘違いでした)


渋谷に出ると「池86」系統に乗り換えて、「新宿伊勢丹前」で降ります。そこから伊勢丹の建物の角を回り込むようにして、「新宿追分」バス停へ。ここから「品97」系統に乗れば、目的地へ行けます。我が家から直接、新宿へ行く都バス路線はないのでこんな大回りをしなきゃならないんですよ。 


この「品97」系統も、鬼平の菩提寺を訪ねた時に乗りました。それどころか、降りるバス停まで同じなんですね。新宿通りから四谷三丁目の交差点を外苑東通りに右折して、「左門町」で下車。


大通りを背にしてお寺の集中する一画に足を踏み入れ、最初の路地を左折します。するともうそこが、最初の目的地。2つの「於岩稲荷」がこんな細い路地を挟んで、斜向かいにあります

二つのお稲荷さんを行ったり来たり……。「お岩さんの謎」を追う。

まずは「田宮稲荷神社」に行ってみましょう。これがその、入り口の鳥居。「通称 お岩さま」の表示が生々しいですねぇ。


左手には、東京都教育委員会が立てた説明板があります。


それによると、ここには物語の舞台になった田宮家の屋敷があって、敷地内にはお稲荷様の社が祀られていた。明治時代に火事で焼けたんだけど、その後も田宮家の住居として管理されていて、戦後になって神社も再建された、とある。


これを読む限り、由緒あるお宮と見えます。

実は私、神社マニアで、参詣したら必ずその写真を撮って来るんですよ。入り口の鳥居のみならず両方の狛犬(稲荷社であればおキツネ様)や、拝殿に本殿も。


だからこの時も写真を撮ろうとしたんだけど、先客がいた。中年の男女2人連れで、境内に何だかずっと佇んでる


行ってみたら分かるけど境内はとにかく、狭い。先客を押し退けてお参りする気にはとてもなれない。それに写真を撮ろうとしたらどうしても、その姿が写り込んでしまう。

お岩さんが縁結び? 意外だけど、なんだかご利益ありそう。

それで諦めて、もう一つの「於岩稲荷」に先に行ってみることにしました。その入り口が、これ。


さっきとは打って変わって、華やかな雰囲気ですよねぇ。おまけにこれ、鳥居じゃなくて山門。「陽運寺」って書いてある。おぃおぃ「お稲荷さん」とか言いながらここ、寺じゃんかよ!?


まぁまぁ我が国も江戸時代までは神仏習合。神社もお寺も一緒でした。だからまぁ、その名残で区別が曖昧な寺社も確かにあります。ここもそうなんだろう、と納得して、中へ。


境内もさっきに比べるとずいぶんと華やかで、キツネと共に狛犬までいて、本殿も派手めでした。

おまけに何と、お寺カフェ「うくらいま食堂」なんてものまであって、数量限定のお弁当やスィーツが楽しめるって……いやいやちょっと、お岩さんのイメージとは掛け離れてるんじゃないんですか(笑)


帰って来て当寺のホームページを見てみると、ここは茨城県水戸市のお寺の貫主が昭和の始めころ建立したもので、この地にあったお岩様の霊堂が戦災に遭ったため、栃木県沼和田から薬師堂を移築、再建されたものだとか。


何だかあちこちから色んな要素が集まって来ててよく分からないんですが、境内には「お岩様ゆかりの井戸」もある、と。


まぁ田宮家の屋敷が目の前にあったのは確かだし、こっちまでお岩さんが井戸を使いに来ていた、としても不思議はないですわなぁ。 


ただ笑うのが、「悪縁を除き良縁を招く縁結びにご利益がある」とされていること。


おぃおぃ、毒を飲まされて死んだ奥さんが幽霊に化け、裏切り者の旦那を呪う、って話だぞ!? 「悪縁を除く」まではギリギリ認めるとしても、「良縁を招く」って何だよ。関連した者は次々と祟りに遭う、って怪談じゃなかったんですかっ?


ただ、なんですよねぇ。


さっきの「田宮稲荷」の説明板、前半をよく読んでみて下さい。「初代田宮又左衛門の娘お岩(寛永13年没)が信仰し、養子伊右衛門とともに家勢を再興したことから『お岩さんの稲荷』として次第に人々の信仰を集めたようです」


旦那に騙され、幽鬼となって甦った妻どころか、力を合わせてお家を再興させた仲睦まじい夫婦じゃぁないですか。それが何で、あんなおどろおどろしい物語の元になるの。


いくらお話だから、って、ここまで立派な夫婦を何もわざわざ、あんな怪談に仕立て上げなくてもいいじゃないですか!?


その謎はこれから追々、解いて行くことにします。

自分もウロウロしているのに、他人を幽霊扱い? 心配が的中です……。

ちなみに陽運寺から先の田宮稲荷に戻ってみたら、あの中年男女、まだいました。こんなところでいつまでもずっと、何やってるんだろう!? 


しょうがないので彼らの姿が入るのも覚悟で、本殿を写真に収めるしかありませんでしたよ。


え、もしかしたら2人は伊右衛門お岩の霊魂で、いつまでもその地から離れられずにいるんじゃないの、

って? 


えぇ、撮った写真にもし、姿が写ってなかったら私もそう思って震え上がったかも知れませんけど、ねぇ。大丈夫、ちゃんと写ってましたよ。逆にお陰でお宮の写真としては、興醒めな仕上がりになっちゃったんですけど(苦笑)。


次回は中央区新川にある、もう一つのお岩稲荷を訪ねます。この後も何だか妙なことばっかり続いて、祟りっぽく感じなくはなかったことを、先に明かしておきます。

↑田宮稲荷の本殿。幽霊の濡れ衣を着せられた男女は写らないように調整。

書き手:西村健

1965年福岡県生まれ。東京大学工学部卒業。労働省(現・厚生労働省)に入省後、フリーライターになる。1996年に『ビンゴ』で作家デビュー。その後、ノンフィクションやエンタテインメント小説を次々と発表し、2021年で作家生活25周年を迎える。2005年『劫火』、2010年『残火』で日本冒険小説協会大賞を受賞。2011年、地元の炭鉱の町大牟田を舞台にした『地の底のヤマ』で(第30回)日本冒険小説協会大賞、(翌年、同作で第33回)吉川英治文学新人賞、(2014年)『ヤマの疾風』で(第16回)大藪春彦賞を受賞する。著書に『光陰の刃』、『バスを待つ男』、『目撃』、「博多探偵ゆげ福」シリーズなど。

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