(7/8) 『占い師オリハシの嘘』第1話試し読み

文字数 2,057文字

その夜。奏は占いの結果が出揃ったと、依頼者へメールを送った。

 返事があったのは翌朝。素早い仕事に対する礼と、すぐにでも結果を聞かせてほしいという、文面からも明らかに前のめりな様子が窺える答えがあり──

「先生。……占いの結果は、どのように出たのでしょうか」

 その日の昼、奏はまたディスプレイ越しに、依頼者サカイ氏と相対した。

「ご依頼の件に関して、サカイ様と彼女さんの星の巡りを占わせていただきました。ええと、占星術とか、カードとか……方角とかなんかこう、そういったもので」

「はぁ」

「なむなむ」

 手を擦り合わせてそれっぽく。のち、見えない位置でスマホのライトを点け、手もとに置いた水晶玉代わりのビー玉へ、きらりと反射させてみせた。

 さて。奏は一呼吸置き、「占いの結果ですが」と極力低く抑えた声で言った。

 マイクにエコーでもかけたいところだが、やりすぎると胡散臭くなるので堪える。

「二人の相性は、とてもいいです。恋愛運もとても落ち着いて推移しております。結婚の話をするのは、悪い時機ではないと思います」

「そう、ですか。……では、そのうち、二人の状況が落ち着いたところで……その。彼女と、今後のことを、話し合ってみたいと……」

「ですが、サカイ様」

 奏は彼の気弱そうな笑顔と言葉を遮り、逆接の接続詞を重ねた。もしここで彼が「ならば自分からプロポーズします!」と堂々と宣言するのであれば、この先を話す必要はあるまいと思っていたが、この様子では期待できない。

 それではよくない。──ここでおしまいにしてしまっては、彼らのためにならないのだ。

「サカイ様、わたくしがこれより申し上げることを、落ち着いてお聞きください。これから先の、お二人の星の巡りのことです」

「わ、わたしの運勢がどうかしましたか」

 低い声で脅すように呼ばれた自分の名前に、彼は面白いほど狼狽してくれる。

 奏は適当に積んだ百人一首の山から一枚目をめくり、真顔でじいとそれを見つめながら言葉を続ける。あしびきのなんとかかんとか。

「いえ。サカイ様は……そうですね、半年ほどはいまとさほど変わらぬ状態が続くでしょう。わたくしが注意点として申し上げたいのは、恋人さんのことです」

「や、やっぱり彩の身に何かが?」

 彩。──そういえば恋人の名前は聞いていなかったな、といまさら気づいた。

「彼女に取りついた『魔女』のことです」

 魔女。物騒な言葉に依頼者の顔色が変わったのが、ディスプレイ越しにもわかる。

 奏は一度うつむき、ゆっくりと顔を上げた。カメラをじろりと睨み、

「あなたも気づいていた、恋人さんの怪訝な様子、違和感。その原因となるもの、ですが……実は、彼女はいま、恐るべき大きな感情に取りつかれております」

「大きな──感情? それはいったい」

「残念ですがそれは、わたくしの口からは。あなたが『おぞましいもの』と呼んだもの、彼女の心はいまそれに囚われているのです。放っておけばそれは、いつか、彼女の心を乗っ取り、行動となって現れるでしょう」

 つまるところ奏は「彼女さんはあなたにプロポーズしたいらしいですよ」「いまプロポーズの言葉を一生懸命決めているみたいなので、決まったらあなたにプロポーズすると思いますよ」を遠回しに言っているのだ。

 しかしそんなこととはつゆ知らず、雰囲気に吞まれた依頼者は、奏の言葉を受けて面白いほどに狼狽している。

「か、か、か、彼女が……悪いものに……」

「魔女。呪い。縛るもの。おぞましいもの。どのような言葉で表現してもいいですが──サカイ様。それから彼女の心を解放できるのが、あなたの存在であるのです。これより先のあなたの星の巡りは、まるで彼女を救うために位置しているかのようです」

 光を当てられたかのように、はっと肩が跳ねる彼。

 奏は二枚目のカードを持ち上げながら、淡々と話し続ける。ももしきや。

「この先の彼女を救うため、あなたが彼女の誰より近くにいる必要があるのです。いまならまだ間に合います、一刻も早く彼女にいまの思いの丈を伝え、あなたの近くにいたいと宣言するのです。──それこそが彼女の行動を止める、唯一の手立てなのです」

 あなたしか救えないと、唐突に救世主役を押しつけられた彼。その様はまるで喘ぐようだった。それはそうだろう、気弱で流されるままで、これまでずっと彼女に引っ張ってきてもらった彼が、今度はあなたが彼女を守るべきと突然に告げられたのだから。

「あなたは彼女に幸せでいてほしいとは思わないのですか?」

「そんなことはない!」

 目を剝いて即答するその姿は、とても噓には見えず、

「他の誰より彼女には幸せになってほしい。彼女の幸せを願っている」

 その言葉に、噓偽りはないようだった。だから。

「で、あれば」

 少し突き放すように、淡白な声を作って奏は言う。

 彼女の幸せを作れるのは、わたしではなく、あなただけだと。

「あなたがいますぐ成すべきことは、決まっているはずですね」

 ディスプレイ越しに見る顔は、戸惑いながらも、何かを覚悟したように思えた。


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