(5/8) 『占い師オリハシの嘘』第1話試し読み
文字数 1,370文字
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奏の家は、東京は世田谷区の砧にある十階建ての分譲マンションの一室だ。
各所オートロック有、各種防音設備有、警備会社と管理会社は二十四時間対応、コンシェルジュ有、ペット可。占い師オリハシの職場も兼ねたそういう物件に、奏は姉と二人で住んでいる。
「相変わらず、いいマンションだな」
「そんなことないですよ……ってわたしが言うのも、ちょっと変ですね」
マンションを見上げる修二の率直な感想に、奏は少し悩んでそう答えた。女性の二人暮らしだから多少値段が張っても安全性の高い物件を、と探してきたのは姉だ。
──話をするのに落ち着いた場所をと考えたとき、最も手近だったのが自宅だった。修二は招待されるたび「女性二人の家に上がるのは」と難色を示すが、もう短い付き合いではないからいまさら姉妹は気にしていない。堂々と入ってくればいいのに、と思う。
ロックを解除、エントランスを通り、エレベーターを上がって二人の部屋へ。
「ダイズ、ただいま」
奏の帰宅の挨拶に、鈴の音が近づいてくる。ちゃかちゃかフローリングを走る爪の音がして、玄関に茶虎の猫が現れた。折橋家の飼い猫、ダイズだ。奏の足もとまでやってくると、ダイズは頭をぐりぐりと奏に擦りつけた。
「ダイズ、今日はお客さんが一緒だよ」
「お邪魔します」
奏に抱き上げられたダイズは、のんびりした様子で「にゃお」と言った。同時に修二の目がだらしなく緩んだので、愛猫に対し少しだけ芽生えるライバル意識。
「お茶用意してきます。リビングで待っててください」
「お構いなく」
ダイズを渡された修二がリビングに入っていくのを見送って、奏はキッチンへ向かう。
来客用の紅茶を淹れ、お茶請けに煎餅を持ってリビングへ。奏が用意している間、修二はダイズの腹をもしゃもしゃ撫でながら、雑誌を読んでいた。
紅茶を注いだカップをテーブルに置き、片方を修二の方へ差し出しながら、奏は、
「さて」
と、短い言葉で切り出した。
「わたしはオカルトだとかスピリチュアルだとかは、この世に存在しないと思っています。だから今回の一風変わった依頼にも、もちろん何らかの論理的な原因があるはずです」
「……奏がそう言い出すってことは、つまり今回も」
修二は濡れそぼった犬のような表情をした。
「ええ、修二さんには残念でしょうが、原因はオカルトなどではありませんね。……そんな顔しても駄目ですよ」
首を左右に振る。想い人が傷ついているよ、とでも言いたそうに恋愛運を上げるペンダントトップが揺れて奏を叩くが、残念ながらいまは譲れるときではない。
──奏ちゃん、しばらく代役よろしくね。
なおも揺れるアクセサリーを疎ましく感じて、首の後ろに手を回しチェーンを外した。いまは大事な仕事のときだ。
「それでは」
神懸り的な能力を持たない奏は、調査と推測により結論を生み出す。依頼人の話をもとに情報を得、事実を調査し、それの持つ意味を推測して、彼らの未来に適切な助言を考え出すこと。また、推測から考え出した依頼人への助言を、占い師然とした雰囲気で語ること。それこそが、奏の「代役」としての仕事である。
持ち込まれた奇妙な依頼に、推測を以て一つの結論を得た奏は、それこそが自身の導くべき「運勢」であると確信して──
「占い結果の推測を始めましょう」
ふふ、と小さく笑ってみせる。