(4/8) 『占い師オリハシの嘘』第1話試し読み

文字数 3,329文字

* * *

 森重修二は折橋姉妹のことを、「奇妙な奴ら」だと思っている。

 姉の方、折橋紗枝と修二の交友関係が始まったのは、大学のゼミでのことだった。特別馬が合ったというわけではないが、折橋はゼミでしばしば常識から外れた発言をし、しかしどれも正鵠を射ているものだから、面白い奴だと思ったのだ。

 他のゼミ生は彼女の突飛な発想を怪訝に思い距離を置いていたものだから、折橋のことを「悪く思っていなかった」というだけでも、折橋と修二は相対的に近しく見えたらしい。もしくは、オカルトに関して興味を持つ修二と人並み外れた行動をする折橋紗枝を、同類と見做したか。周りからは自然と二人一組で扱われるようになった。

 ──さて、その一方で。

 折橋姉妹の妹の方、折橋奏という人は。

「わ、たくさん揃ってますね」

 依頼者の恋人が気にしていたというキーアイテム──雑誌。餅は餅屋、本は本屋だと、二人はカフェの近場の書店を訪れることにした。「新宿にある、なるべく大規模な書店」。どこが近いだろうかとネット検索した結果、たどりついたのは紀伊國屋書店新宿本店。

 さすがは九階建ての大規模書店、昨今は縮小されがちな雑誌コーナーも広く面積が取られ、多くの種類の雑誌が陳列されている。その中で、奏たちが最初に寄っていったのはペットの専門雑誌だった。折橋家は猫を一匹飼っているから、そのせいだろう。折橋紗枝が「占い師オリハシのマスコットに使える」という理由で河川敷で捨てられていたのを拾ってきたが、もっぱら奏が世話しているため、紗枝の方にはほとんど懐いていない。

「あの、修二さん」

「うん?」

 名を呼ばれて、返事をする。

 ペット専門誌はもう気が済んだようで、隣のファッション雑誌の棚を眺めている。

 並んだ雑誌に立ち読み防止の紐やシュリンクはない。奏はラックから雑誌を一冊取り上げると、不思議そうにこう言った。

「ファッション雑誌で魔法とか、呪いとか、そういうものに関係していそうなのっていったら、まずは星占いのページかなって思ったんで、探してるんですけど」

「ああ」

「どうしてファッション雑誌って、必ずどこかに星占いのページが入ってるんですかね」

「まぁ、載せるのは六星占術でもなんでもいいんだけどな。占いとして比較的メジャーだっていうのと、女性受けするイラストをつけやすいからだろう」

「かわいいイラストをつけたいなら、十二支でもいいんじゃないですか。動物たくさんだし、ウサギもかわいいですよ。羊とかだって、もこもこしてるし」

「ファッション雑誌には、つねに『対象としている年齢層』ってものがある。干支ってのは、一回り十二年だ。極論、ハイティーン向けの雑誌だったら対象にしている年齢には含まない干支もある。干支ってのは十二支全部揃ってこそ干支だから、全種類分の占いを載せないわけにもいかないが、せっかく誌面を割いたところで半分近くの干支は無駄になるじゃないか」

「ああ、なるほど」

「あとは、友達同士で集まって読んだりするときに、各々の所属ができるだけ分散した方が話題になるだろ。同級生と雑誌を読むとき、星占いなら十二ヵ月分あるから分散する可能性は充分にあるが、干支だったら二種類にしか分かれない」

「どこかで留学した人とか、留年したり浪人したりした人もいるから、二種類とは限りませんけど」

「揚げ足を取るな」

 奏は拗ねたように唇を吊り上げ、顎に皺を寄せた。感情が顔に出やすいところは、妹特有の性質だ。手にしていた雑誌をラックに戻すと、今度こそ目的の雑誌を引き抜いた。

 躍る文字は特集記事の見出しの羅列、「SANA」のタイトルロゴの隣には依頼者が言っていたのと同じように号数がある──Vol.60。初夏らしい水色のシャツにサブリナパンツを合わせた髪の長い女性モデルが、ハンドバッグ片手に涼しげな表情をこちらに向けている。

「占い、SANAは何が載ってる?」

「ちょっと待ってくださいね。ええと、占い、占い……教団『希望のともしび』幹部、謎の一斉解雇から七十日……有名タレントK、事務所移籍にダブル不倫の影……霊媒師・鬼木百合子の長男俳優デビュー……えっ、女優・瀬奈川アヤ深夜の密会疑惑!」

「別の雑誌の広告だろ、それ」

「あ」

 占いはどうした。

「それより俺は霊媒師の記事が気になる。長男がなんだって?」

「あとで自分で買って読んでください、オカルトオタク」

 一蹴された。

 五月二十日発売だという写真週刊誌の次号広告は、占星術の前ページに差し込まれていて、目当てはすぐに見つかった。開いて最初に目に入ったのは、まるまるした牛のイラスト。

「最新号を見る限りは、一般的な十二星座の星占いですね。アドバイスだのラッキーアイテムにも特筆すべきところはないと思います」

「念のため聞くけど、呪いの取り扱いとかは」

「ざっとしか眺めてないですけど……まぁ、なさそうですね」

 それはそうだ。「SANA」はファッション誌であって、オカルトを扱う雑誌ではない。

「ないか。やっぱり」

「なんで修二さんが不満そうなんですか」

「あったらちょっと嬉しかったなとか思ってないぞ」

 思っていないとも。

 最新号は、図書館で彼女が読んでいた雑誌そのものではないが、新企画としてその月だけ「呪い特集」やそれに似た企画を行ったというのも考えにくかろう。メインの取り扱い情報とあまりにジャンルが異なりすぎている。

「あ、店員さんに確認しましたけど、SANAのバックナンバーは三ヵ月前までしか置いていないそうです。需要の多い雑誌ででもなければ、一年近く前のバックナンバーの取り扱いはほぼないって伺いました」

「そうか」

「あ、それと」

「何?」

「残念ながら修二さんのところのオカルト誌も、バックナンバーは三ヵ月しか」

「取り扱いがあるだけで有り難い」

 いちいち調べなくていいと答えるべきか迷ったが、いかにもすまなそうな顔をしているので、無難なところに留めておいた。

 差し出されたファッション雑誌を受け取りながら、修二は考える。バックナンバーが手に入らないのは残念だが、それをいま言ったところで仕方がない。他にここで何が手に入るだろう。時計の歴史? それとも魔女の逸話を書いた物語でも探してみようか。奏の方はどうだろう。書店でまだ何か見たいものはあるか──と尋ねようとした、が。

 修二は結局、何も言わずに口を閉じ、奏が何か言うのを待つことにした。何に気づいたのか、雑誌の並んだ本棚を、興味深そうにじいと見つめていたからだ。

 どれだけの時間のあとか、奏は「四十九」と小声で呟いた。

「奏?」

「すみません修二さん、その雑誌、少しお借りしてもいいですか」

 言われた通りに、雑誌を渡す。彼女は受け取った「SANA」を開くことなく、じっと表紙を眺め──そして。

 雑誌を修二に戻し、自身の鞄からタブレットを取り出してイヤホンをつなぎ、手早く例の動画を表示させる。右耳にだけイヤホンを嵌め、左手でタブレットを支え、右手でスクロールして動画の一部を再生する。

「……君、って言っていた。あなた、ではなくて」

「え?」

 うつむいた奏が呟いた。聞き返すも答えはなく。

 どれだけの時間が経ったあとか、奏はイヤホンを外し、ゆっくりと頭を上げた。それを見て修二は──

「お」

 折橋、と姉への呼称で呼びそうになったのを慌てて押しとどめた。

 奏が修二に見せたものは、穴が開いたように虚ろな黒い目。姉が何かを見通すときにするその目を、奏は何かを深く考えているときにする。

 ──修二は折橋姉妹のことを、「奇妙な奴ら」だと思っている。用いる方法は異なれど、二人とも同じように、その目で未来を見通すのだ。

 姉の紗枝は、神秘とも言える力で未来を見通す。

 妹の奏は、人知によって論理的に未来を見通す。

「わかりました」

 占いではなく推測で、すべてを見通した奏は言った。

「依頼者の恋人さんの、『魔女の呪い』の正体がわかりました。彼女が時計を欲しがった理由も、雑誌のバックナンバーを読んでいた理由も、集めていた『呪いの道具のようなもの』も──彼女の呟いていたそれが、いったいどういう『呪文』なのかも」

 森重修二は思う。

 折橋姉妹は、奇妙な奴らなのだ。

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