(6/8) 『占い師オリハシの嘘』第1話試し読み
文字数 3,817文字
このたび占い師オリハシに舞い込んだのは、「結婚運を占ってほしい」という依頼。
依頼者にはプロポーズを考えている恋人がいるが、昨今の恋人はまるで「魔女に取り憑かれたようである」と彼は言う──さて、そんな奇妙な恋人の、奇妙な行動の真意とは。
「恋人のそれらの行動が、恋人側の浮気や心変わりによるものではないということは、依頼者によってすでに確認済みです」
奏は占うべき前提条件にそう補足を入れて、茶を一口啜った。
他に確認しておきたいことはあるだろうか。修二を見ると、彼は肩の高さで手をひらひらと動かした。ない、のジェスチャー。
その気安い仕草からして、今回の案件に関しオカルト路線で追究することは完全に諦めたようだった。ところで、滑らかに揺れる彼の指を見たダイズがらんらんと目を輝かせているから、飛びかかられないように気をつけてほしい。
「心変わりではないとしたなら、なぜ依頼者の恋人さんは依頼者の前でそのような態度を取ったのか? 依頼者の持ってきた情報より推測しましょう──キーワードは、図書館、雑誌、腕時計、彼女の性格」
「性格?」
「順番に行きますね。まずは図書館の雑誌のことから行きましょうか」
ちらり、とテーブルの上を見る。
視線に気づいた修二が、それらを取って奏に渡してくれた。先ほど書店で購入した、二冊の雑誌。愛らしい猫が表紙を飾る片方はいまは無用のものだが、礼を言っていずれも受け取る。大事なのはもう片方の──ファッション雑誌、「SANA」Vol.60。
「SANAという女性向けのファッション雑誌ですが、ファッションを知りたいなら普通、最新号を読みますね。彼女さんが敢えてバックナンバーを選んで読んでいたことから、最新のファッションを知りたかったというわけではないことがわかります」
「だとしたら、彼女は読んでいた雑誌に何を求めていた?」
「単純な話で、SANAは月刊誌です。月に一冊新刊が出ます。彼女さんが読んでいたのは四十九号であると依頼者さんはおっしゃいました。今月は五月ですから……」
六十引く四十九は十一。
おいしかった限定パンケーキのことを思う。いまは五月だから、十一ヵ月前は──奏は右手を開き、左手の人さし指を手のひらに当てた。
「彼女が読んでいた四十九号は、六月号です」
六月。年間で言えば、今日現在の月より、ひと月だけ先を書いたもの。
「季節としては夏。あるいは梅雨時といったところか。掲載されているのは、その時季にまつわるファッション? となればレインコート、傘、雨靴」
「いえ」
奏は首を振った。
彼女は日常のファッションのために、雑誌を眺めていたのではないのではないか。
「お考えください、修二さん。ファッションにさほど興味がない彼女。そんな彼女が『女性向け』雑誌のバックナンバーを読んでいる。該当のバックナンバーは六月のもの。また、該当の雑誌は、その季節に関係する特集のためページを割いているとおっしゃいました。さらに、さらにです。──彼らはいま、恋人とどのような関係になることを意識していますか?」
そこまで言えば、修二も察したようだ。
「……ジューンブライドか」
「そう、わたしは考えました」
依頼者は「お互いに」それを意識していると言っていた。であれば、彼女の意識も同じなのだ。加えて、
「もう一つ申し上げましょう。依頼者はこうもおっしゃいました。『彼女は積極的な性格で、二人の関係が始まった告白も彼女からだった』──結婚を意識するようになった相手に、彼女は『自分から』プロポーズをしようと思った、とは考えられませんでしょうか」
「なるほど。逆プロポーズ、なぁ……」
感心したような修二の言葉に、んふ、とつい笑いが漏れる。急いで口もとに手を当てたけれど、残念ながら聞かれてしまった。
からかうつもりのものではなかったものの、恨めしそうに睨まれる。
「何の笑いだ、それ」
「修二さん、意外と感性が古いんだなぁと思って。いまどき大抵のことは『男女平等』ですよ、求婚に逆も何もありはしません」
──そして。依頼者がもう一つ気がかりに思った要素「高級ブランドの腕時計」。
「男性は一般的に、女性ほど指輪をする習慣がないものです。それを考えると、女性から男性へ求婚をするのに、渡すものが婚約指輪というのも、面白みのない話だと恋人さんは考えたのでは」
「過去のファッション雑誌を見ていたのは、エンゲージリングの代わりに贈れるものを調べていた、ということか」
「現代には、エンゲージウォッチ、という文化があります。指輪よりはるかに男性へ贈りやすく、実用的で、つねに身に着けていられるもの。いくらファッションに頓着しなくても、着飾らなくても、必要とされるもの。彼女さんがプロポーズを考えたとき、腕時計に興味を持つのは自然なことだったでしょう」
「それじゃ、恋人が日頃呟いていた『呪文』というのは──」
「難しい話でも、なんでもないです。彼女は、姿のない誰かへ話しかける際、『君』を二人称として使っていました。そこまで親しくもない相手と話をするなら、普通は『あなた』を使うでしょう。だからその言葉は、魔女やそれに類する何かへの呼びかけなんてものではなく、もっと近しい相手に対するものだったんです。たとえば──君が好きだ、わたしは君と結婚したい、とか」
「彼女は彼の勘違いを洒落て、自分のプロポーズを『彼の一生を縛る呪い』、そしてその呪いを扱おうとする自分を『魔女』と表現したのか」
「んふふ」
つい、笑みが漏れる。
「サムシングフォー、というおまじないがあります。古いもの、青いもの、新しいもの、人から借りたもの。この四つを結婚式で身に着けると幸せになれる、というやつです。彼女の家で布に包まれていたものは、そのうちの前三つだったのではないでしょうか……呪いと、お呪い。なんともかわいそうな行き違いだったと思います」
結論。『プロポーズをしたいが恋人が妙に挙動不審でいる』という依頼者の抱えた不安。彼女の不審な行動の理由。その真実とは、
「彼女も依頼者と同じように相手へのプロポーズを考えていたから、挙動不審になっていた、ということか」
「相思相愛、なかなかお似合いのお二人ではなかろうか、と思いますね」
一言で表してしまえば、バカップル万歳といったところだ。
話しながら考えを整理していて、一つ思いついたことがあった。奏はスマートフォンを操作して、目当てのものを探す。──見つけた。
奏は画面を表示したまま、スマートフォンを修二に向けた。「SANA」を出版している会社のサイト、雑誌のバックナンバーを紹介しているページだ。ファッション雑誌「SANA」、号数は四十九、六月号。特集欄に「いまどき女子のプロポーズのすすめ」とある。裏づけとしては充分だろう。
「といったところで、一応、結論は出たな」
本物の魔女じゃなかったかぁ、と修二。明らかにがっかりしているが、つじつまの合う結論が出せたことは奏としては嬉しいことだ。──ただ、
「これでめでたしめでたし、です。……とは、まだ言えないですね」
まだ、手放しで喜べた状態でもない。奏が、たとえば友人の恋模様を眺める第三者という立場であれば、このあたりで二人の恋路の幸せを祈り、幕を引いてしまえるのだけれど。
残念ながら奏の場合はそうもいかず、どころかここからが一番大きな仕事となる。
なぜなら奏は、依頼者から、「占い師としての仕事」を仰せつかっているのだから。
「ここから『占い』の結果を考えるんですけども……」
これがまた、なかなかの難問なのだ。
奏は彼らの友人ではないから、彼らの恋路を見守ればいいわけではない。
探偵ではないから、事実を伝えればいいわけでもない。
依頼者の未来、依頼者のためのアドバイスを、さも占いでそう現れたかのように見せかける技術。タロットカード、星占い、筮竹、手相……何をらしく伝える手段として使ってもいいけれど。
それがあなたの未来なのだと、人知の及ばぬ力で運命づけられたものなのだと、いかにも道を極めし占い師であるかのような振る舞いで伝え、信用させ、適切に依頼者の背を押すこと。そこまでが『占い師代役』の奏の仕事だ。
「さぁて、どうしようかな」
「迷うほどのことでもないだろう」
眉間に皺を寄せ、顎に手を当てる奏と対照的に、あっけらかんと修二が言う。
「お互いの気持ちは同じなんだから、『あなたの恋愛運はいまが最良と出た』『彼女が挙動不審に見えるのはあなたの気のせい』『プロポーズは成功するから安心して思いを伝えてください』って伝えればいいんじゃないのか」
「それでもいいんですけど……」
「もしくは、彼女もプロポーズを考えているから、わざわざ自分から言わなくても、彼女の動向を待っていればそのうち叶いますよ、みたいな」
「そういうことを占いっぽく? うーん」
バスケットの茶菓子を物色しながら、依頼者と、その恋人のことを思う。
積極的な彼女。押しに弱く流されてきた依頼者。二人の関係性を考えれば、確かに修二の言う通りに伝えてしまうのが、一番妥当なのかもしれないけれど。
「それは、多分違うと思うんです」
「違う?」
「ええ。代役とはいえ、これも商売なわけですし」
バスケットから煎餅を一枚取り、中央から二つに割る。
ぱきん、といい音がした。
「アフターサービスも万全に、っていうのが理想じゃないですか」