(8/8) 『占い師オリハシの嘘』第1話試し読み

文字数 2,561文字


 占いの鑑定料は、半額を前金として、もう半額を占い後に口座に振り込んでもらうことになっている。奏は、すべきことを自覚し、急くように対話を終えた依頼者が、残金の振り込みを忘れないでいてくれることを祈った。

 パソコンの電源を落とし、百人一首を箱に戻す。LED蠟燭を持って「着る毛布」の裾を引きずりながら仕事部屋のドアを開ける──と、

「言うねえ」

「にゃあ」

 廊下、ドア横の壁に寄りかかるようにして、修二とダイズが待っていた。

「相談に乗った手前、最後まで付き合ってやる」とわざわざ今日も様子を見に来てくれたのだけれど、そのにやにや笑いを見るに、占い師ぶっていたところを聞かれていたということだ。ちょっと恥ずかしい。

「リビングで待っててください、って言ったのに」

「たまには奏の仕事ぶりも知っておきたいと思って。名演技ご苦労さん」

 褒められているのか、馬鹿にされているのか。

「茶化されるほどのことでは。わたしはただ、『彼女の最良のパートナーはあなたしかいない』を、ちょっと大げさに言っただけですよ」

 奏は占いはできない。スピリチュアルなあれこれも信じていない。

 だからちょっと小物を使って、ちょっと推測を占いと偽って。ちょっと彼の未来を脅して為すべきことを示してみせただけだ。そう、どれもこれも、ほんのちょっと。

「真実を言えば、自分に自信のない彼はうだうだと結論を先延ばしにしたでしょう。さらに、彼女も結婚を考えているということを話してしまえば、きっと彼女から言ってくれることを待ったはずです。でも──」

「プロポーズはやっぱり男からされたいものだ、って? 男女平等の世の中なんじゃないのか」

 先を奪うように修二が言うけれど、奏の意見はそうではない。首を振って、足もとにまとわりつくダイズを抱え上げ、

「平等ですよ」

 もふりとやわらかくあたたかい、ダイズの背中に頰を当てた。

「男性だって女性だって、相手から愛されていることを確かめたいものです」

 好きな人に愛していると言われたら、どれだけ幸せなことだろう。たとえば奏だって、恋する人に好きだと言ってもらえたら。ちらりと意味ありげな視線を向けると、修二は気まずそうに咳払いをした。

 ただ、ここで修二をいじめても、自分の性格の悪さが露見するだけでどうにもならない。リビングに移動し、ソファに腰かけ、正解を伝えることにする。

「彼女さんは、推測の通り、彼への逆プロポーズを考えていました。でも、一方で、彼からプロポーズされることを望んでいたんです」

「どうしてそれがわかる?」

 彼女のいじらしさに、うふふ、とつい笑みが漏れる。

「図書館で借りたファッション雑誌と、サムシングフォーのアイテムのうちの三つ。これみよがしに『リビングに置いてあった』んですよ」

「……ああ」

 まるで恋人に、見つけて、意識してくれとばかりに。

 依頼者はいままで、ずっと彼女からのアプローチを受け取ってきた。ゆえに今回くらいは、彼から愛を告げるべきだと思ったから、そうなるように誘導したのだ。お互いがお互いの気持ちを、言葉で確かめられるように。きっとその方が平等で、公平で──そうした方がきっと、二人の仲はうまくいく。

「だから修二さん、さぁ。さぁ!」

「何が、さぁ、だ」

 わたしはいつでも受け入れ態勢ができていますよと、左腕を広げてアピールするも残念ながら修二の心には相も変わらず届かない。支えが片腕のみとなって不安定になったダイズに「にゃあ」と叱られたのでやめた。

 ……といったところで今度こそ、晴れて占い師の代役業務は終了だ。もう何度も繰り返させられたことではあるものの、無意識のうちに緊張していたらしい。円満解決に安堵して、自然と大きなため息が漏れた。

 腕の中の重みをずしりと感じて、奏は床にダイズを下ろす。

「ああ、もう、今回も疲れました。──お姉、早く帰ってこないかな」

 伸びをして、こぶしで肩を叩く。姉は、自分のせいで妹がこんなに苦労していたところで、知ったことではないのだろう。上着のポケットからスマートフォンを取り出して、画面を確認する。姉からのメールが届いたという通知は、無論、ない。

「だけど、あいつがいなくても、『占い師オリハシ』は充分に成り立つんじゃないか。さっきのお前の、占い結果を依頼者に伝える口調、まさに本物の占い師っぽかったぞ。この俺が言うんだから、間違いない」

「勘弁してくださいよ」

 オカルトオタクの勝手な太鼓判に、奏はぷん、とそっぽを向いた。

「そんなこと褒められても、わたしはまったく嬉しくないです。眉目秀麗成績優秀カナちゃんには、もっともっと褒められるべきところがあるはずです」

「自分で言うかね。……まぁ、今後の参考に聞いておこうか。奏だったら、どういうことを褒められたら嬉しくなるんだ」

「それはもちろん。かわいらしさとか、女性らしさとか、それから──そう」

 一拍置いて。

 修二を見上げて、

「恋人候補として、とか?」

「さて諸々解決したし俺もそろそろお暇するかなっと」

 次の記事の〆切が近いんだ、とかなんとか言って素早く目を逸らされたがそうはさせるか! ソファから立ち上がりかける修二の左腕を両手で摑み、

「話は終わっていませんよ修二さん!」

「帰らせてくれぇ」

「まだ駄目です。そうだ、修二さんオカルト好きなんですから、おまじないとかも守備範囲ですよね? わたしもサムシングフォー集めておきましょうか。ええっと、古い猫じゃらし、新しい猫じゃらし、修二さんから貰った猫じゃらし、それから青い──あっ、こらダイズ!」

 リビングのあちこちに転がったダイズのおもちゃを一つ一つ並べてみるも、「にゃっ」と一声飛び込んできたダイズが、奏のサムシングフォーをものの見事に蹴散らしてくれた。

無事、依頼の謎を解き明かし、「占い」を遂行できた奏。

第2話では、蛇神が憑きの少女がいるという噂の演劇部の謎に立ち向かいます!


気になる続きは、4/15発売の本編でお楽しみください。

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なみあと

2014年、『宝石吐きのおんなのこ』で第2回なろうコン(現ネット小説大賞)追加書籍化作品に選出され、15年に同作でデビュー。ほかの著作に『うちの作家は推理ができない』『悪役令嬢(ところてん式)』。

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