書店員がガチ推薦! 今月の平台 『クスノキの番人』/東野圭吾

文字数 991文字

「平台」とは、書店の売り場で特に目立つ売り場のこと。


このコーナーではそこで「売りたい」イチオシ本を1冊PickUp!!


書店業界で働く書店員によるガチの書評をお届けします。


今月の1冊は、東野圭吾『クスノキの番人』!

 日本を代表するエンターテインメント作家・東野圭吾さんの最新刊。本作は、ミステリーではなく、氏のもう一つのライフワークの心を震わせるハートフルストーリーであり、『秘密』『時生』『ナミヤ雑貨店の奇蹟』に続く感動巨編だ。


 主人公は、不幸な境遇の青年・直井玲斗。孤独に生きる彼には頼れるものは何もない。不当な理由で職場を解雇され、その腹いせに犯した罪で逮捕されて送検、起訴を待つ身となってしまう。


 そんな彼の前に突然弁護士が現れ、物語は動き始める。


 弁護士の依頼人に全く心当たりはないが、その人の命令を聞くならば、釈放してくれる条件が提示される。刑務所行きか服従か、究極の選択。コイントスに運命を賭けた玲斗は弁護士に従うことにする。


 依頼人の待つ場所へ連れて行かれた彼は、年配の女性に引き合わされる。柳澤千舟と名乗るその女性は驚いたことに実の伯母であると玲斗に告げる。将来の展望が何も無い玲斗に彼女が申し付けたのは、「クスノキの番人」という、不可解極まる謎の仕事だった。


 鎮守の杜という言葉があるが、古来、クスノキを御神木として祀っている神社は多い。樹齢百年はおろか一千年以上を数える大木も現存するこの樹木は時を超え数多の人々の営みを眺めて来たに違いない。玲斗が仕えることになった月郷神社のクスノキも直径が五メートルはあろうかと思われる大木。


 脇には巨大な穴が空き、その内側は広さ三畳ほどもある洞窟になっていて、希望者は予約して、この中で蝋燭を灯し祈るのだ。遥か昔よりこの地を守って来た聖なるクスノキの大木に神秘なる力が宿っていたとしても、なんの不思議も無いだろう。玲斗は、様々な人と出会い、時を共にして学び、人間としての成長を遂げて行く。


 祈念、預念、受念。大切な人への想いは残り、伝えられる。数々の想いがクスノキの霊力によって蘇り、人々の心を穏やかに溶かしてゆく。クスノキの杜で森林浴をしたかのような清々しい読後感。
 今は、この温かなクスノキの物語が、一人でも多くの方に伝わる様に、祈念している。

Written by

井上哲也

 (大垣書店豊中緑丘店)

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