女性3人の群像劇。社会問題を巧みにリンクさせる手腕に感嘆。『隣人X』 /河合香織

文字数 1,234文字



  セクハラやDV、性的搾取に対して勇気ある女性が声をあげ、社会もそれに呼応して変わろうとしてきている。強く毅然とした女性たちを眩しく思いながら、何も行動できない不甲斐ない自分と比較して落ち込んだこともある。




 本書は3人の女性が主人公の群像劇だが、それぞれが私と同様に声をあげられない女性であり、理不尽に搾取され、踏みにじられているという思いを抱えたまま生きている。新卒で派遣社員となった紗央は、正社員は「全く別の人種」だと考え、そんな鬱憤から泥酔して見知らぬ男性からナイフをつきつけられる。早朝のコンビニと宝くじ売り場のアルバイトをかけもちする良子は、男性からの誘いをいつだって断ることができず、「一度だけだ」の言葉に弱い。ベトナム人留学生のリエンはワンルームの部屋を4人の男たちとルームシェアしているが、バイト先や恋人の友人からも外国人であることであからさまな差別を繰り返されている。




 社会の正当と思われる道から落ちこぼれた異質なものだと自己認識している彼女たちの日常は交差し、互いに影響を与えて、物語は進んでいく。生きづらさを抱えた人たちの内面を描く小説に加味されるのは、宇宙からやってきた「惑星難民X」の存在だ。対象物の見た目から思考、言語までをスキャンできるこの生物を受け入れる法案が日本で可決され、議論を呼んでいた。そして、この隠れた惑星難民Xを探そうと、リンチのように追い詰める人々の姿は、現実の社会でコロナ感染者を探し出して実名を晒す様を彷彿させる。




 本作は小説現代長編新人賞をとった作品だというが、SF的な設定に、性的同意や移民問題、暴力など社会問題を巧みにリンクさせる手腕に感嘆した。問題なのは目に見える差別や偏見だけではなく、口には出さないが、弱者であるのは本人の努力が足りない、性的暴力にさらされる女性にも隙がある、感染するのは行動変容が足りないという意識が社会に現存していることだ。そのような歪みは差別される当人をも侵食していることを本書は描き出す。




 重いテーマを内包しているが、読後感は軽やかだ。自分が多数派だと思っている人が、本当はマイノリティだと気づいた先に待っている場面が心に残る。そして「弱い人間」だと自分を貶めていた女性たちが、大きな声で発言もしないし勇ましくもないけれど、自分自身の人生を確実に前に歩みだそうとする姿に「あなたもがんばって」と励まされたような思いがした。



河合香織(かわい・かおり) 

1974年生まれ。ノンフィクション作家。神戸市外国語大学卒。2004年『セックスボランティア』で、障害者の性と愛の問題を取り上げ、話題を呼ぶ。2009年『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』で第16回小学館ノンフィクション大賞受賞。2019年『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』で第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第18回新潮ドキュメント賞を受賞。他著書に『絶望に効くブックカフェ』など。

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