〈十五少女〉竹虎レオナの場合(前篇)/小説:円居挽

文字数 8,328文字

街と歌、現実と虚構、セカイとあなたーー


15人の仮想少女が【物語る】ジュブナイル。


エイベックス / 講談社 / 大日本印刷による


音楽×仮想世界プロジェクト『十五少女』の開幕前夜。

1.解けない謎



 オフ会で彼女と出会った。そして帰る頃には友達になっていた。


 一歩踏み出しさえすれば友達なんてこんなに簡単にできたんだ。誘って、話して、打ち解ける……それだけのことがどうしてできなかったんだろう。

 ボク――竹虎レオナは望むものを手に入れた喜びを噛みしめていた。

 歩道橋の真ん中でグレイという少女は立ち止まって言う。

「ごめん。なんだか上手く笑えなくて……」

 人前で上手く笑えない。少し前のボクみたいだ。

 初めてできた本物の友達、そしてたった一人の友達。

「無理して笑わなくてもいいんだよ!」

 ボクは車の轟音に負けないように声を張り上げる。しかし返事はない。

 聞こえなかったか……じゃあ、もっと近くで言わないと。

 確実に聞こえるように、グレイの耳元で。

「ボクたち、これからはいつでも会えるね」

 次の瞬間、振り向いたグレイの顔に浮かんだのは笑顔ではなく……おそらく絶望だった、と思う。

「もう耐えられないよ」


 グレイはそう言ってボクに背を向けると、歩道橋の手すりにてのひらを置く。

 まるで鉄棒の前回りのようにくるりと足が天を向いた。

 グレイが頭から落ちていったと理解したのは彼女のつま先が視界から消えた後だった。

 骨が砕け、肉が潰れ、脳が崩れ、血管が一度にちぎれたらどんな音がするのか、知りたくもないことを知った。

 どうしてだろう。どうして今、自殺しようと思ったのか。

 どうしてだろう。ボクの言葉が原因なんだろうか。ほんのファンサービスのつもりだったのに。

 意味もなく時計を見てしまう。18時15分、それが彼女の死亡時刻。

 不可解なことにぶつかった時はいつものルーティンだ。

 ボクは竹虎レオナ。ネットで大人気のボカロPだ。今日もいつも通り、問いを立てよう。

 

Q. 初めて会った子と友達になった。その帰り、突然その子は自殺した。なぜか。


 その答えが欲しくて、ボクは今日までの出来事を思い出していた。



 遡るならボクがボカロPになったきっかけから話さないといけない。

「困った時は問いを立てなさい」 

 これは昔、通っていた塾の先生の言葉だ。以来、何か不可解なことがあると、すぐに自分に問いかける癖がついた。

 中学の頃、突然いじめられて、不登校を決めた夜もそうした。


Q. どうしてボクはいじめられたのか?


 考えに考えて、到達した答えがこれだ。


A. ボクは人の気持ちが解らない人間だったから


 そう、ボクは人の気持ちが解らない。解らないから興味がないのか、興味がないから解らないのか……ともかく、どちらでも同じことだ。

 いじめの直接的なトリガーは確か、クラスの女子たちがボーカロイドを使った楽曲を馬鹿にしてたのを注意したのがきっかけだった。狭い見識で何かを決めつけるなんて愚か、と彼女たちは解っていなかった。

 でもボクの方も解っていなかったことがある。正しいことを言ったつもりで彼女たちに恥をかかせたことも、恥をかかされた人間がどういう行動に出るかも。

 今から思えば彼女たちは日頃から何でも腐していた。何かを腐すのが彼女のコミュニケーションで、腐す対象に最初から思い入れなんてないのだ。それを自分がボーカロイドを触ってるのもあって、つい口を挟んでしまった。

 そう……おそらくボクをいじめていたのもただのコミュニケーションだった。

 ……これはそれなりの時間考え続けて辿り着いた仮説だ。正解かどうかは解らないし、もはや当人たちに確かめる気もない。ただ全ての原因はといえば、究極的には私は人の気持ちが解らない人間だからということに尽きるのではないかと思う。

 とはいえ、いくら考えようが過去は変わらない。大事なのはこれからどう生きるかだ。

 ボクは考えを前向きに切り替えた。ボクは普通じゃないんだから、普通に生きようとしたのが間違いだったのだ。


 普通というのは学校に通ったり、友達を作ったりすること。ボクはそういう普通を手放すところから始めた。両親もボクの意思を尊重してくれたし、学校も理由が理由だけに登校しなくても課題さえ消化していれば進級できるようにしてくれた。

 だからボクは普通から大きくコースアウトして、ボカロP『LeoNa』としての活動に没頭した。課題をこなす時間以外は全て音楽のことを考えて過ごした。通っていた学校は中高一貫校だったから、高校受験に悩まされることもなかった。

 100万回再生を達成したのは高校の入学式前だった。高校生を卒業するまでに届けばいいと思っていた目標にあっさりタッチしてしまって、ボクは自分で思っていたよりも才能があったことを知った。

 ほどなくして、大手レコード会社から作曲の依頼が来た。結構な大物アーティストの曲で、CMタイアップの話も動いていた。既にネット上では広告収入で結構な額を稼いでいたが、これからメジャーの場で入ってくる額は女子高生にとってはあまりに多すぎた。今後十年この調子でお金が入ってくるなら、それをそのまま投資に回すだけで老後の心配はしなくてもよさそうだった。

 「普通でなくても生きていてもいい」ということを一生かけて証明するつもりが、まだ16歳なのに人生というゲームのクリアが見えてしまった。

 何か成し遂げた筈なのに虚しくて、ボクはSilicaでこんなことをつぶやいた。


「復讐心とはこの世で最も甘美な感情の一つである」って言葉があるけど、確かに甘美だね。


 ボクをいじめた連中に届けばいいなと思って書いたが、そもそもボクは正体を誰にも明かしていないから届きようもなく……現実の私は未だにその甘美さとやらを感じたことはない。

 いや、別に悪い気分ではない。ボクをいじめた奴らはこれからの人生まだまだ苦労する。そう思ったら少しは気が晴れる。許してやろうとまでは思わないけど。

 それよりも問題はこのお金をどうやって使っていいのか解らないことだ。何より年寄りになるまで生きられるだけのお金があったとしても、ボクは数十年をどうやって潰していいのか解らない。音楽さえあればいい、そう思って生きてきたせいだ。

 ボクは普通の人間であることを捨ててここまで来た。だけど当時のことを思い出すと心が痛むのは、ボクにもまだ普通の人間らしさの欠片があるからだと思っている。

 欠片があるなら……今からでも普通に戻れるのでは? でもどうやって?


Q. ボクが普通になるにはどうしたらいいのか


 答えはすぐに見つかった。まるで自分の中に最初から存在していたかのように。


A. 友達を作ってみる


 そう。ボクはあのいじめ以来、友達と呼べる人間がいない。

2.消せない過去



 ボクの高校は中高一貫校だ。今から重い腰を上げて登校したところで同級生たちはほぼ中学からの持ち上がりだし、仮に新しい友達ができたところで、いじめの件がしこりになるだろう。

 やはり友達になるなら中学時代の竹虎レオナを知らない人間がいい……そう思いついた瞬間、ボクは前から気になっていたSilicaのフォロワーの一人にダイレクトメッセージを送っていた。


 グレイさん。よければ今度、会いませんか? 未発表音源を持参しますので、感想をいただけると嬉しいです。


 ボクのフォロワーは基本LeoNaのファンがメインだ。ダイレクトメッセージを送ったグレイというフォロワーもその一人だが、彼女は少し違っていた。

 返事はほどなくきた。


 LeoNaさん、いつも音楽聴いてます。

 え、本当にいいんですか? 私なんかでよければ是非。


 女子高生であるボクが見ず知らずの他人と会うリスクは解っているつもりだ。まずグレイは日頃の投稿から同世代の女子だと思っているけど、フォロー欄は有名アカウントばかりでリアルの影が薄い。下心を持った男性が周到になりすましている可能性もゼロではない。

 まあ男性がSNSで女子高生のふりしていること自体は犯罪には問えない。ひとまずそうだった時のことを想定すると、ボクのホームであるカグツチ市で会わない方がいいだろう。なんならホームが解らない場所の方がいい……東京がいいな。


 では今度の日曜、渋谷あたりでどうですか?


 グレイも関東在住なのは投稿の傾向からなんとなく解っていた。

 渋谷には行ったことはないけど憧れていた場所ではある。だからオフ会まで渋谷のことを入念に調べるのは苦ではなかった。


 オフ会の当日。待ち合わせは渋谷駅で10時半だったけど、6時に目覚めた。早すぎるかもしれないけど、移動に2時間はかかるし、何より身支度で手を抜くわけにもいかない。

 ボクは家に引きこもって音楽活動できてればそれでいいと思っているし、別にお洒落なんて興味がないんだけど、おそらくグレイは私に会うためにお洒落してくる。だったらこちらも最低限はちゃんとしておかないと失礼というものだろう。相変わらず人の気持ちはよく解らないけれど、普通の人間になるために想像力を発達させたのだ。

 メイクを終えたボクはダボッとしたコートを羽織ると、ジッパーを引き上げる。半ズボンとニーソックスだと若干寒いかもしれないけど、上半身を太めにして下半身を細くするとシルエットが格好よくなると学んだので今日はこれで通す。10月の上旬ならこれで充分な筈だ。

 靴を履き、玄関の姿見で全身を確認する。あの頃いじめられていた竹虎レオナは影も形もない。ボクが自分で作ったLeoNaの姿だ。

 ボクは楽しく生きることであいつらに復讐する。今日がきっとその第一歩になる。




3.冴えない出会い



 『裸の王様』って童話がある。

 馬鹿には見えない服ってのをダマされて買わされて、街を裸で歩く羽目になった王様の話。みんな王様が服を着てないのは解っているのに誰も指摘できない……今、その王様の気分。

 なんとか目的の電車に駆け込んで、時計を見る。8時半……門限もあるし18時半ぐらいには最寄り駅に帰ってきたいと思うとこれから10時間、こんな気持ちでいないといけないのか。

 よくよく考えたら、この格好で外に出るのは初めてだった。すれ違う人々は何も言わないけど、ボクの格好を変だと思っているかもしれない……一度でもそう疑い始めると、なんだか裸で歩いているような気持ちになってくる。

 十時間を活動限界とみなした上で、今日のオフ会のゴールラインを引いておこう。グレイとは仲良くなって友達になるところまで行きたいところだけど、その手前で終わってまた次回でもいい。気をつけておきたいのは万が一グレイとウマが合わなかった場合、上手くさよならすること。いや、それよりもボクが会話に失敗して気まずくなる方を心配するべきかも……。

 グレイと過ごす一日を必死でシミュレーションしていたら渋谷駅に着いていた。気が紛れたから結果的にはよかったかもしれないけど、だからって不安まで消えたわけじゃない。ボクは足早に改札を抜け、待ち合わせ場所に向かう。

 よし、先手を取ろう。グレイらしい子を見つけたら先に挨拶をする。グレイは大人しそうだし、会話のアドバンテージを取ったらこっちのものだ。

 待ち合わせの場所には5分前に着いた。ゆっくりグレイでも待ち構えようとしていたら、いきなり同世代ぐらいの少女から声をかけられた。

「LeoNaさんだよね?」

「う、うん」

 気取りすぎずあくまで自然な返事……と思っていたら普通の返事が出てきた。

「グレイっす! やっと会えた」

 Silicaでの大人しい印象とは打って変わって、ギャル風のアグレッシブな女子。髪こそ染めてないがメイクはばっちりキメキメで、ボクにはとても着られない肩出しの服とデニムのミニスカがよく似合っていた。だけど濃いめのメイクでも隠しきれない幼い瞳から判断するに、おそらくは同じ歳か歳下だろう。

「グレイはとってもお洒落だね」

 先手を取るという目論見は脆くも砕け散った。

「LeoNaさんも。イメージ通り!」

「そうかな?」

 他人が自分にどういうイメージを投影しているのかあまり考えたことなかったけれど、まあそれを体現できているのなら結果オーライだ。

「じゃあ、どこか行こうか?」

 ボクは予習しておいた言葉を口にしつつ、最初の行き先として決めていた近くのファストフード店にグレイを連れていくことにした。


 お目当てのファストフード店はまだランチタイムには早いというのに、想定よりも遙かに混雑していた。それでもどうにか空き席を確保し、安堵しながら一人反省する。

 もともと人との会話は苦手だけど、友達になるために話そうとすると一層難しいな。どう話しかけるか、どう受け答えするかの正解が見えないっていうか。まだボカロPとファンという関係の内はこれでいいんだろうけど……こんなことでグレイと友達になれるのかな?

「お待たせしやした」

 グレイがコーヒーの載ったトレーを運んでくる。

「いや、全然待ってないよ」

 そう答えて、ボクは自分のコーヒーを取る。

 ボクは当たり障りのない世間話から始めた。タイムラインでよく見かける誰それがどうとか、それこそSilicaでやればいい話だ。そんな内容だから、自分でも話せば話すほど空回りしているのが解る。少なくとも初対面の相手の時間を奪ってまで話すことじゃない。

「それって超ウケますよね」

 グレイは笑ってくれた。でもそれが愛想笑いなのかどうか、ボクには見抜くことができなかった。

 普通普通普通……普通がこんなに難しいなんて。

 ボクが悩みのあまり黙っていると、グレイがおずおずと手を挙げた。

「あのー、変なこと訊いてもいいっすか?」

「……いいよ」

「どうして私に声をかけてくれたんですか? ファンなら他にもいましたよね?」

 ボクはその問いに答えようとしてためらう。他人にどこまで自分をさらけ出していいのか、あれからずっと解らない。

 だけど、ここで答えを拒否すればグレイとの関係はこれ以上進まないだろう。

 ボクは表現を選びつつ、答えることにした。

「日頃、あまり人と会わないで曲作ってるからさ……自分がちゃんとしているかどうか解らなくて……だから同世代の普通そうな人に確認して貰いたかったんだ」

「私が普通……ですか?」

 グレイの声調が少し変わったのが解った。人と接してなくても解るのは職業病か。

「あ、気を悪くしたらごめんね。褒めたつもりだったんだよ」

 いや、こんな派手な格好している子を普通そうな人呼ばわりしたら気を悪くして当然か。ああ、人間はパラメータが見えないのが厭だ。ボーカロイドの方がずっと素直。

「Silica眺めてるとさ……みんな、『自分を見て見て』って言ってる気がして。勿論、曲を発表してる私もその中の一人だよ? でもグレイは違う。ただ好きなものの話をしているというか……好きなものが先で、自分が後」

 これが逆の人間の多いこと。

「そんなグレイだから曲についてもちゃんとした感想くれそうだなって。それで声をかけたんだ」

 ボクの説明を聞いてグレイはにこりと笑う。

「私、普通って思われるのが凄く厭でこんな格好してるわけで。だけどLeoNaさんにはお見通しだったってわけですね」

 ああ、ギャルファッションは反動なんだ。

「でもこんな風に会えたのはある意味で私が普通じゃなかったからと思っておきます」

 よかった。なんかいいように取ってくれたらしい。

 ボクは自分のスマートフォンに繋いだイヤフォンを差し出す。

「……じゃあ、ボクの曲聴いてくれる?」

 グレイは肯いてボクの差し出したイヤフォンを受け取って耳に入れた。

 ここでまた自分のミスに気づいた。イヤフォン全部を差し出してしまったら、音楽を聴いているグレイとそれを眺めている手持ち無沙汰のボクができあがってしまうではないか。

 でも片耳だけで聴かれると本来の音が届かないから他に選択肢はないんだけど……でも世の友達同士、恋人同士は平気でイヤフォンのシェアをやっているではないか。ボクのこういう細かいところが気になる性格が原因でいじめられたというなら、受け入れ難いけど納得はする。

 ボクの煩悶とは関係なく、曲は終わり、グレイはイヤフォンを外す。

 あ、感想が来る。ちゃんと普通に喜んで、普通のアーティストらしく演じないと。

 普段、LeoNaの作った曲にはファンからの賞賛が沢山来る。「最高」「エモい」「神曲」……それこそ聞き飽きた。だからきっとボクはグレイがどんな感想をこぼしても揺るがないだろう。


 しかしグレイがこぼしたのは言葉ではなくて涙だった。




4.偽りのない声



 グレイ自身、その涙は意外だったようで、すぐに顔を覆ってしまった。

 ボクは完全に虚を突かれた。涙は言葉よりもずっと雄弁だ。

「泣くのは反則だよ」

 そこまでは想定していなかったからフォローの言葉も用意できてない。

「その、どう言っていいのか解らないんですけど、ただ感動して……」

 グレイは取り出したハンカチで涙を拭くと、言葉を続けた。 

「LeoNaさんの曲を聞いてると、あの時こうしてたら今頃は……みたいな気持ちが無限にわき上がってくるというか。自分の中の後悔を呼び起こされる気がします」

 グレイの言葉にボクの方が涙を流しそうになった。感動もあるけど、どっちかと言えば痛みの涙。

 ああ、そうか。あの時どうしてたらいじめられなかったのかを探し続けたんだな。それが自分でも気づかない内に曲にも出てた……。

「やっぱりちゃんとした人間に感想を貰ってみると違うね。グレイっていい聴き手だよ」

「いえ、そんなことないっすよ。別に音楽のこと詳しくないですし」

「いやいや、自分で作ってても言われてみるまで解らないもんだなって。グレイだってきっと自分の良さに気づいてないだけ」

 だがグレイは返事の代わりに深いため息を吐いた。

 もしかして何か褒め間違えた? 普通はこういうこと言ったら駄目?

 ボクが狼狽していると、グレイがぽつりと言葉をこぼす。

「……私、本当に普通なんです。っていうか、悲しいほど自分がないんで」

「どういう意味?」

「カメレオンみたいに付き合ってる相手次第で変わっちゃうというか……悪い意味で」

「でもボクにとっては良いファンだよ」

「それはLeoNaさんと一緒にいる間だけですよ。私ってそういう奴なんで」

 思わず笑顔になってしまった。

 グレイの本質が普通で、付き合う人間に影響されるというなら……ボク次第でグレイをいくらでも輝かせられるのではないか?

 ボクは自分の仮説を確かめたくて、グレイとの距離を縮めてみることにした。

「ねえ、もしかしてグレイって高校二年生?」

 これは探り。グレイは高一か高二ぐらいと思っているけど、高二に「高一?」って訊くより、高一に「高二?」って訊いた方が気分を悪くされる可能性が低いからだ。

「いえ、一年生です」

 ほら、やっぱり。

「なーんだ。ボク、歳明かしてなかったけど高一なんだよね。タメ」

「うっそ?」

 このグレイの驚いた顔ときたら……なんというか、すごく味がした。人間ってこんなに情報量多いんだ。というかデータに残せなかったのが本当に惜しい。何度も反芻してみたかった。

 こんな顔を見せられてしまったら、他の顔をもっと見たくなる。

「……だからさ、ボクのことはLeoNaでいいよ。変に敬語使われるのも苦しいし」

 ボクはグレイの口からヒュッと空気が漏れる音を聞いた。グレイはすごく長い時間、躊躇ってからボクの名前を舌で押し出した。

「……LeoNa」

 それを頭の中で何度も繰り返した。本当は録音してトラックに使いたいぐらい嬉しかった。

 ずっと黙って余韻に浸っていたせいか、グレイはうつむいてしまった。

「なんだか恥ずかしい」

「そんなに恥ずかしがられてると、呼ばれたこっちまで恥ずかしくなってくるよ」

 ボクがそう言って笑うと、グレイも少し遅れて笑い始めた。


 ああ、なんて素敵な時間なんだろう。いじめられていた時とは逆だ。人を照らすのってなんて楽しいんだろう。


 ……何故グレイは自殺したのか? ここまで思い出した限り、その理由どころか兆候もない気がする。



>>>後篇につづく>>>

ーー普通の対角にあるのは、特別か / 格別か


〈後篇〉は4月18日(月)公開予定です。

十五少女の『物語』の欠片はここから。


Twitter:@15shoujo


Youtube:十五少女


offiicial web-site:https://15sj.xyz/

【この『物語』と合わせて聴きたい『音楽』はこちら】

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