デザインの舞台裏『スモールワールズ』装幀のあとがき①

文字数 1,902文字

現在書店店頭を騒がせている、一穂ミチさん『スモールワールズ』は、カバーもとっても素敵です。

作品の「顔」ができあがるまでの、創作秘話や四方山話を、担当デザイナー松昭教さん(bookwall)がじっくり語ってくれました。

最後に泣ける、装丁を巡る物語――。

スモールワールズ公式HP⇒https://smallworlds.kodansha.co.jp/

写真:下村しのぶ/立体:北原明日香

松 昭教【まつ・あきのり】(bookwall)

1972年生まれ。ブックデザイナー。株式会社ブックウォール(bookwall)代表。 社名には、自分がデザインして積み重ねてきた〈本の壁〉をさらに越えていく決意を込めた。 2014年に『ぷぷぷのぷ』『おともだちのぷ』(ポプラ社)で絵本作家としてもデビュー。

bookwall:http://bookwall.jp

twitter :@bookwall

〈2020年11月2日〉

講談社の担当編集さんからお仕事の依頼のメールが届きました。

コロナで世界は一転し今後どうなるのか不安を抱えていた時期です。

メールの内容を一部抜粋します。

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大変ご無沙汰しております!

松さんにカバーデザインをお願いしたい作品がありご連絡しました。

一穂ミチさんというBLでご活躍の作家さんが一般文芸に向けて書いた小説です。

6篇からなる連作集で、すでに4篇が完成しています。

これが、また本当に天才的に小説が上手なんです。

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メールの最後にその本は4月発売の予定だと書かれていました。

普段の仕事は、打ち合わせから入稿まで含め3週間〜1ヵ月ほどです。

4ヵ月も考える時間をもらえる本なんてほとんどありません。

楽しそうだなと思い引き受けるメールをすぐに送りました。

          *

「大変なものを引き受けたこと」に気づいたのは、ゲラを読み終えた1週間後のことでした。

「これは困ったな……」


新人作家の装丁を手がけることで気をつけることが2つあります。

1)売れるための導線を、広告をうたなくても作ること。

2)周りの意見を多く情報として聞き入れること、そしてそれを取り入れ過ぎないこと。


理由は特別な状況でないかぎり、新人作家さんには広告までの予算が回らないため、装丁でどうにか目を止めてもらう仕掛けが必要だからです。

もうひとつ、作家さんの情報を多く知って整理することは大切ですが、全て取り入れるとデザインが平均化され驚きが失われる可能性があるからです。

作家さんの今後のイメージにも関係する可能性があるので、慎重に考える必要があると考えています。

          *

〈11月16日〉

打ち合わせを終え、多くのキーワードを得ることができました。

大型新人、賞を獲っていそうな佇まい、色々な方々から推されている、売れている雰囲気。

女性に届いて欲しいが男性にも気になってほしい、あまり暗くならない感じ、なんだか凄そう……etc.


キーワードを見て思うことは、とにかく売れそうな本をデザインしてほしいことだということがわかります。

そして今回の打ち合わせの編集者の熱量と目の輝きは、いつもに増して力強いものでした。

「さて、どうしていこうかな……」

〈12月1日〉

担当編集者さんから造本や紙をこだわりたいとメールが送られてきました。

時々送られてくるメールは、いつしか時間とともに心地よいエールとして感じられるようになっていました。

          *

【デザインラフを作る前に考えること】

文芸の場合は、ゲラを熟読し内容をできるだけ理解して、一度自分の中で咀嚼することで読者が手に取る姿を頭に浮かべて整理していきます。

今現在この作品はどのように読まれる可能性があるのだろうか? そしてどんな人が読んでくれるのだろうかを予測することで、デザインのヒントを掴んでいきます。

「今現在」を考えに入れているのは、時代や環境が変われば売り方や表現方法が変化している可能性があるからです。

例えば、ひと昔前なら文芸も想像の余地のあるようなデザイン表現で手にとってもらえていたものも、今は具体的でわかりやすさを重視したデザインが多くなっています。

          *

『スモールワールズ』は、作家さんの気にかけている事の細やかさや配慮があたり前に書かれ、とても繊細で、なのに几帳面さや息苦しさを感じません。

物語の世界に自然と入っていける穏やかさがあります。

そしてミステリアスで、実に入り組んだ構造と力強さや驚きに満ちた作品だということに気づかされます。


【装幀のあとがき②につづく】


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