『スモールワールズ』ができるまで!〈一穂ミチ大解剖インタビュー〉

文字数 4,744文字

綺羅星のごとく一般文芸界に現れた、BLの巨星一穂ミチさん。

発売前から「すごい作家に出会ってしまった! 一穂ミチさんとは何者ですか!?」と全国の書店員さんたちをざわつかせた『スモールワールズ』(講談社)が、4月22日に発売となりました。

まだまだベールに包まれている謎多き小説家、一穂ミチさんの素顔に、長い間、一穂さんに付き纏い続けた『スモールワールズ』の担当編集者が、刊行までの経緯を振り返りながら切り込みます!

https://smallworlds.kodansha.co.jp/

(写真:下村しのぶ/立体:北原明日香  漫画:嵐山のり)

【担当】

一穂さん、いよいよ『スモールワールズ』が刊行ですね!

6年前に一穂さんの小説『off you go』と出会って、一目ぼれのように恋に落ちた私は、一穂さんに熱烈なラブレターを書き、小説の執筆をお願いしました。あれから何度もお会いして今年ついに『スモールワールズ』を刊行まで辿り着きました。長い間、付き纏ってきた甲斐がありました。粘り腰で結婚にこぎつけた気持ちです。

「小説現代」で2020年6・7月の合併号から短編連載がスタートして、2021年3月号までの全6回、毎月原稿が届くのを本当に喉から手が出るほど楽しみにしていました。

連載が終わり、小説刊行にむけたプロモーションとして、プルーフという簡易に製本した見本を製作して、書店員の方に読んでいただいたところと、読んでくださった方の中から、絶賛の声をいただきました。その声が一人増え、二人増え……とじわじわと仲間が増えて、プルーフを4回も刷ることになったんですよ。社内でも「プルーフをとんでもない数、作っている奴がいる」と噂になってしまうほど(笑)。

こうして発売前にもかかわらず、たくさんの書店員の皆様にお読みいただきご感想とご注文と応援メッセージをいただく運びとなりました。

大絶賛の声をたくさんいただいて、最初はどんなお気持ちになりましたか?

【一穂さん】

えーっ? って感じです、今も。そんなに興味をそそるようなセンセーショナルな題材でも、卓抜したストーリーテリングでもないのに……書店員さんの元にはたくさんのプルーフやゲラが届くと思うのですが、その中からこのささやかな物語に目を通し、何かを見出してくださったという驚きと感謝でいっぱいです。発売直前の今は、すごく手間暇のかかったコーナーやPOPなど作っていただいたりもして、SNSで拝見するたび嬉しすぎて本当に拝んでます。

【担当】

私としては「自分が一穂さんに感じている魅力」について、共感してくださる同志が増えていくみたいに思えて、とても嬉しかったです。

そして、発売前にもかかわらず、異例のコミカライズも実現しました。2篇目に収録されている「魔王の帰還」が漫画で読めるなんて……。しかも「アフタヌーン」にて短期集中連載まで! 初めてご著書が漫画になる経験は、どんなお気持ちですか?

【一穂さん】

漫画大好き! ひゃっほう! です。しかも大好きな作品が作品がたくさん生み出された「アフタヌーン」、こんなことあっていいのか⁉ と思います。

【担当】

一穂さん、以前「狂ったように漫画を読んでいた時期がある」とおっしゃっていたくらいの漫画好きですものね! 漫画版「魔王の帰還」をお読みになったご感想は? そして読者へのおすすめポイントを教えてください。

【一穂さん】

「文章を絵にした」だけじゃない、作画の嵐山のり先生の表現がちゃんと組み合わさっていい化学反応を起こしていると思います。文章では伝えきれない微妙な表情や間合い、空気感を楽しんでもらえると嬉しいです。真央の迫力、鉄二の思春期らしいヘタレっぷり、菜々子のちょっと陰があるかわいさ、何もかもたまりません。

【担当】

発売前の企画として、私が一穂さんに「一穂さんの魅力をたくさんの人に知ってほしいので、ショートショートを書いていただけないでしょうか。絶対泣ける掌編を!」とお願いしたことに、200%こたえてくださったのが「回転晩餐会」でした。私は初読でボロボロ泣いて、驚きと切なさと後ろめたさが押し寄せて、感情が迷子になったことをよく覚えています。Kindleをはじめとした、電子書籍での「回転晩餐会」の無料D L企画を行ったところ、3000D Lを超える多くの方にお読みいただきました。「とても感動したので、本篇の『スモールワールズ』を読んでみたい!」と仰ってくださる方が多く、お読みくださった書店員さんの中にも「回転〜」の根強いファンも多いです。

この作品はどんな着想からお書きになったのでしょうか?

【一穂さん】

東京・有楽町の交通会館にある展望レストランが閉店するというニュースを目にして、ああ、あそこか、一回行ってみたかったなあ、とそこはかとなく寂しく思ったことからです。そこから、「回転晩餐会」というタイトルがまず浮かんで、一周して元の場所に帰ってくる、レストランから見える景色、長年続いた店……といろんな要素を自分なりに考えての、ああいう話です。

【担当】

そうだったんですね! 一穂さんは現実の出来事やニュースから物語に昇華させる掬い取り方がお上手だなといつも感じさせられます。

本当に素晴らしい作品を書き上げてくださいました。「回転晩餐会」は『スモールワールーズ』の特設ホームページでもお読みいただけますので、是非ご一読くださいませ。絶対に損はさせません! 人気声優の櫻井孝宏さんによる「回転晩餐会」朗読スペシャル動画も公開中です。

【担当】

ちなみに、私が「回転晩餐会」のキャッチで「3分お時間ください!」と書いたことについて、一穂さんが「それにしても3分だけくださいってそれ遺留捜査」とツッコンでくれたのも嬉しかったです。

発売までの取り組みについて教えていただいたところで、少しずつ『スモールワールズ』とこの作品をお書きになった一穂さん「ご自身」のことについて切り込んでみたいと思います。

『スモールワールズ』は家族と秘密をモチーフに描かれた6つの短編を収録した連作集です。一穂さんにとって、家族ってどんなものだと思いますか?

【一穂さん】

祝福と呪いの根源。

【担当】

なるほど……。もう少し詳しくお聞きしても良いですか? 祝福とは、呪いとは、どんなことですか?

【一穂さん】

「家が(親が、兄弟が)○○だったからよかった(悪かった)」と思うことのすべて、です。いわゆる、家柄や容姿といった「スペック」から、職業選択や箸の持ち方に至るまで。家族がいない人にはいないことで発生する因果のようなものというか。

もちろん、人生の何もかもがその影響下ってことはないんですが、そこから完全に脱し得る人間というのもいないのでは、と。

【担当】

『スモールワールズ』の執筆を依頼する時、私は「歪んだ家族を描いた短編連作を」とお願いしました。そこで一穂さんは「逆に歪んでない家族など存在しないのではないか」という思いから、収録の6作品をお書きになった。一穂さんの視点は本当に素晴らしくて、これ以上ない「家族」の物語になりました。

もう一つのモチーフとなる「秘密」。一穂さんのここで明かせるような渾身の「秘密」を教えてください!

【一穂さん】

無理やて。

【担当】

ですよね……。勢いで教えてくれる秘密が、一つくらいあるかなと思ったのですが、無理でした。まだまだ、一穂さんは謎のベールに包まれたままです。一穂さんの作品は「どんな経験を積まれてきたら、こんな感情が描けるのか?」と思わされる表現ばかりです。

子ども時代のことを、お聞きしても良いでしょうか?

子どものころの将来の夢は、作家だったのでしょうか?

【一穂さん】

漫画家でした。小説家は考えたことなかったです。

【担当】

子どもの頃に読んで印象に残っている本はありますか? 読んだ当時の記憶もあわせてお聞かせください。

【一穂さん】

『ふしぎなかぎばあさん』です。鍵を忘れた鍵っ子のもとにかぎばあさんが現れてごはんを作ってくれたりする物語です。リアルに鍵っ子だったので、うちにも来ないかなーと思ってました。あとは、江戸川乱歩の怪人二十面相シリーズとか。小林少年をさらって朝ごはんを食べさせるシーンがあったと記憶しているのですが、その朝ごはんもおいしそうでした。目玉焼きとかだった気がします。

【担当】

鍵っ子だったんですね。上記2作品、どちらも少し特殊な食卓シーンの記憶というのが一穂さんらしいですね! どんな子ども時代を過ごされていましたか? 小学校の時、中学校の時、印象に残っているトラウマ的な学校でのエピソードを教えてもらえたら。

【一穂さん】

「週刊少年ジャンプ」と「花とゆめ」とアニメが楽しみでした。裏側が白い折り込みチラシは絵が描けるから嬉しかった。本はそれなりに読んでたと思います。

トラウマは、中学校の時、平然と体罰する先生が割といたこと。

靴の底で男子生徒の頬を張り倒して「スパーン!」って音がしてました。屈辱的すぎる。

【担当】

それはトラウマになりますね。いつか一穂さんに「暴力」についても書いていただきたいと思いました! 子ども時代の夢は漫画家だったということですが、最初に物語(小説)を書こうと思ったきっかけとなるエピソードがあったら教えてください。

【一穂さん】

好きな漫画の二次創作でしたが、何でしょうね、あの、妄想が過ぎて「とにかく下手でもなんでもいいからこれをかたちにしなくてはいられない」みたいなもどかしい切実さは。今思い返してもきゅーっとなります。

【担当】

子ども時代の出来事から少し一穂さんが垣間見えたような気がしました。担当ですら、剥き出しの一穂さんに触れられることは少なく、まだまだベールに包まれたまま。だからこそ、もっともっと知りたくなってしまう。

「あとがきを書くのが苦手」とおっしゃる一穂さん。剥き出しの著者の言葉で思考を表現することは、一番の近道でないことだと思われているのかもしれません。だからこそ小説を、フィクションを書いて、私たちに思いを伝えてくれるのだと思います。

一穂さんが『スモールワールズ』の「あとがきにかえて」としてお書きになったショートストーリーが、どんな言葉よりも作品の「あとがき」になっていることから、それがよくわかります。是非お読みくださいませ。

一穂さん、もっともっと一穂さんのことが知りたいです。お書きになる物語を読みたいです。次はどんなものを書いてみたいですか?

【一穂さん】

怖いやつとか書いてみたいですね。夜は書けないのでとても進みが遅そうです。

【担当】

おっ! 一穂さんの意外と怖がりな一面を発見しました! 怖い作品も是非早いタイミングで読ませていただきたいです。

最後に、応援してくださる書店員の皆様に一言ください!

【一穂さん】

コロナ禍の中、また状況は厳しくなっておりますが、日々店頭で本という「世界」を手渡し続けてくださることに、今までよりずっと深い感謝の念を抱いております。当たり前のことが当たり前でなくなった世の中で、わたしにとって最大の「当たり前の幸福」は、本屋さんで自由に本を眺め、手に取り、買うことだったのだと、痛みとともに実感しました。どうか、お身体に気をつけてください。お互い、腰痛に気をつけて頑張っていきましょう。必ずお会いしに行きます。

【担当】

ありがとうございました! 『スモールワールズ』は講談社より絶賛発売中です。

気になってくださった方はまずはHPをのぞきに来てくださいませ。お待ちしております。

https://smallworlds.kodansha.co.jp/


一穂ミチさん〈『スモールワールズ』のあとがきにかえて〉はこちらから

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