第5回 小説講座 キャラクター③

文字数 3,241文字

メフィスト賞作家・木元哉多、脳内をすべて明かします。


メフィスト賞受賞シリーズにしてNHKでドラマ化も果たした「閻魔堂沙羅の推理奇譚」シリーズ。

その著者の木元哉多さんが語るのは――推理小説の作り方のすべて!


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    これで閻魔大王の娘のイメージは、おおかた僕の脳の中でできあがっています。
    もちろん絶世の美女です。
    ですが、美女にも三要素あると思っています。
    まず、容姿が「かわいい」。「かわいい」に知性を足すと、「きれい」になる。「きれい」に謎を足すと、怖さが出てミステリアスになる。
    僕はこれを「美女の三段活用」と呼んでいます。
    各話の性質によって、「かわいい」「きれい」「ミステリアス」の三つをうまく使い分けていけばいい。

    次に決めるのは彼女の名前です。
    このときはまだデビューしていないので、気楽に考えています。
    僕の小説に出てくるキャラクターには、たいていモデルがあります。ほとんどテレビに出てくる有名人です。
    このシリーズのもとの着想は、HKT48の『12秒』という曲でした。HKT48で僕が知っていたメンバーは、指原莉乃と宮脇咲良の二人。
    指原莉乃というイメージではないので、ビジュアルモデルは宮脇咲良。
    当時、十代後半で、黒髪のショートカットでした。
    見た目の印象でいうと、利発そうで、邪気と無邪気が両方ある感じです。おっちょこちょいなところもあって、なんにでも首を突っ込みそう。気持ちが乗らないと、態度や表情に出てしまう。
    自分が物事の中心でいたい。じゃないと、つまらない。そんな感じもあって、目標が定まるとためらわずに突き進むけど、目標が見つからないとふわふわしちゃう。惰性だとすぐに飽きちゃうし、飽きたらぷいっと顔を背けちゃう。
    もし彼女が閻魔大王の娘だったら、という想像もくわえた初期イメージはそんな感じです。書き進めていくうちに、だんだん関係なくなっていきますけど。
    名前は「さくら」の「く」を取り除いて、「さら」。漢字は、なんとなく閻魔っぽいのを当てて、「沙羅」。
    この初期イメージは、望月けいの表紙イラストにとても近いです。
    ちなみに、僕は第四巻『点と線の推理ゲーム』の表紙イラストが一番好きです。「こっちを向いてくれない」感じが沙羅っぽい(ムーミンみたいに)。
    でも正面を向いたら、がらっと印象が変わって、恐ろしくなる。

    テレビドラマ版だと、中条あやみが演じています。
    NHKのプロデューサーが彼女を選んだ理由として、「ちょっとそこいらにはいない雰囲気を持った人だから」と答えていたのが印象に残っています。
    確かに、通りすぎた人がみんな振り返るくらい、パッと目にとまる女性です。それが芸能事務所の社員なら、ただちに声をかけてスカウトするかもしれない。
    沙羅は「かわいい」「きれい」「ミステリアス」の三要素をすべて持っていますが、これはフィクションの話であって、さすがにこの三要素をすべて持っている人間はいません。
    ドラマを作るとなると、どこかに比重を置かざるをえない。

    最初の打ち合わせのとき、NHKのプロデューサーがこのドラマをどういうものにしたいか、イメージを話してくれました。そのとき、ただの推理ミステリーに終わるのではなく、「沙羅が死者たちとどのように向き合い、その人生にどのような影響を与えるのか」という人間ドラマのほうに重きを置きたいという意志は感じました。

    沙羅は死者の前に立ちはだかる。死者たちは沙羅の前で謎を解くことによって、自分が生き返るに値する人間であることを証明しなければならない。
    沙羅はそのすべてを受け止める存在として出てきます。
    ただ、顔がかわいくて、小手先の演技力があるだけではダメ。
    このドラマをどういうものにしたいか、どこに比重を置くか、その制作側のイメージによって、主役に据える人のチョイスも変わってくるのだと思います。

    沙羅のようなキャラクターを、僕は「神像」と呼んでいます。
    読者は、沙羅にそれぞれが思い描く神の姿を投影します。
    沙羅のような人間は、現実には絶対に存在しないけど、いてほしいという存在として。もしいたら、出会って友だちになりたい。上司になってほしい。沙羅が姉だったらいいのにな。そういう願望を背負って出てくる存在としてです。
    映画『男はつらいよ』の寅次郎が、「こういうおじさんが親戚に一人いたらいいのにな」と思える存在であるように。漫画『ワンピース』のルフィが、「こういうやつが学校のクラスに一人いたら楽しいだろうな」と思える存在であるように。
    人気のあるヒーローは、必ずそういう像を背負っています。
    たとえばあなたが会社員だとして、百の努力をしていたとしても、その百の努力をすべて見てくれて評価してくれる上司など、この世にはいません。
    でも、いてほしいという願望はみんな持っています。
    沙羅はそういう存在として出てきます。各話の主人公の人生をすべて見ていて、百の努力を評価してくれて、適切な励ましや、時には叱咤をしてくれる理想の上司像を体現しています。
    もしあなたが悩んでいるとしたら、そのすべてを見透かして、人生について教えてくれる先導者として登場します。
    もちろん沙羅のような人間は現実には存在しません。
    だから、そんな上司と出会うこともありません。寅次郎もルフィも現実にはいません。架空の物語の中にしかいない。
    でも、そういう人に出会いたいという願望はみんな持っています。神なんていないのは分かっているけど、でも、いてほしいという願望はあります。
    だから人間には物語が必要なのだと思っています。そういう超越的な存在と出会えるのは物語の中だけだからです。
    そのために映画を見たり、本を読んだりするのだと思います。

    ドラマ版と原作を両方見た方は分かると思いますが、ドラマ版は原作のイメージとはかなりちがっています。

    原作では、沙羅と死者の対話は、もうちょっとコミカルな会話劇になっています。そのなかに、ぽつっ、ぽつっと、沙羅の鋭い洞察や、時として冷酷な一面が現れるようになっています。「かわいい」→「きれい」→「ミステリアス」と、三段階でスライドするように演出しています。
    ドラマ版の沙羅は、魔性がより強調される演出になっています。
    中条あやみの演技は、一話目だと迷いがあるように見えました。
    そもそも人間ではないものを演じるのは難しいです。二十歳の男性俳優に、おばあちゃん役をやらせるくらい難しい。自分の経験から引きだせないからです。演技力以外に、別の想像力が必要になる。
    でも、三話目くらいから思いきりが出てきて、よくなったように思います。原作者としては初めは違和感があるけど(これは仕方ないです)、やはり三話目くらいから薄れてきました。
    僕が目にしたかぎりでは「クオリティーが高い」という評価が多かった気がします。僕自身もかなりいいものになったのではないかと思っています。
    では、また次回。

木元哉多さんのnoteでは、この先の回も公開中!

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次回の更新は、8月14日(土)20時です。

Written by 木元哉多(きもと・かなた) 

埼玉県出身。『閻魔堂沙羅の推理奇譚』で第55回メフィスト賞を受賞しデビュー。新人離れした筆運びと巧みなストーリーテリングが武器。一年で四冊というハイペースで新作を送り出し、評価を確立。2020年、同シリーズがNHK総合「閻魔堂沙羅の推理奇譚」としてテレビドラマ化。

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