〈十五少女〉秋子エミと秋子ナミの場合(後篇)/小説:望月拓海
文字数 2,971文字
街と歌、現実と虚構、セカイとあなたーー
15人の仮想少女が【物語る】ジュブナイル。
エイベックス / 講談社 / 大日本印刷による
音楽×仮想世界プロジェクト『十五少女』の開幕前夜。
これは、3人目と4人目の少女の物語ーー
8
その日の夜、コンビニから帰宅したわたしを玄関で見たナミちゃんが声を荒げた。
「エミ!」
わたしの服の腕の部分は破れ、スカートにも土がついていた。
「どうしたの⁉︎」
「後ろから誰かに掴まれた。でも、なんとか逃げられたから」
わたしは笑顔を作った。
「顔は見た?」
聞かれ、首を横に振る。
「逃げるのに必死で」
ナミちゃんは少し考えて、ぼそっと言った。
「あの三人の誰かだ。オセロ野郎か、岩国か、青木しかいない」
わたしが最近よく話していた男子はあの三人だけだ。
普段からわたしをよく観察しているだけに、ナミちゃんは確信しているようだった。
ナミちゃんが足早に部屋に戻り、着替えを始めた。
今にも暴れ出しそうな恐い顔をしている。
「どこに行くの?」
「犯人は誰でもいい。あの三人にもうエミに近づかないと約束させる」
今からあの三人のところへ行き、危険なことをするつもりだ。
「待って!」
わたしの声でナミちゃんが動きを止める。
「こんな状況でも、まだいい顔したいの?」
眉間を寄せてわたしをにらんでくる。
このまま行かせたらダメだ。
わたしはナミちゃんを真っ直ぐ見つめた。
「絶対に……やりすぎないで」
わたしたち姉妹はあの人たちには勝てなかった。
あの人たちにかけられた呪いは、どこまでも追いかけてくるのだ。
もう勝つ術はない。
「……わかった」
ナミちゃんは静かに約束してくれた。
9
翌日の夜、わたしはナミちゃんと駅前の雑居ビルにいた。
取り壊しが決まっている五階建てのこのビルは廃墟同然で人が出入りしない。
わたしたちは三階にある朽ちたバーのカウンターの下に隠れていた。
あれからナミちゃんの行動は把握していないし、今日も「ここで待っててほしい」としか言われていない。
しばらくすると、入り口から物音がした。
カウンターから少し顔を出して確認すると、灰原くんが来ていた。
その直後、左腕をギプスで固定した岩国くんと、青木くんもやってきた。
「灰原、エミにつきまとってんだってな」
岩国くんが言った。
「青木がエミをストーキングしてんだろ」
灰原くんが青木くんを見る。
「岩国が秋子を襲ったって聞いたぞ」
青木くんが岩国くんをにらむ。
岩国くんは灰原くんを、灰原くんは青木くんを、青木くんは岩国くんを、わたしのストーカーだと思い込んでいた。
わたしは彼らにストーカーの話をしていない。
「どういうこと?」
小声でナミちゃんに聞いた。
「エミのふりして三人に会った。それぞれにストーキングされていることを話して、犯人もわかったからここで痛めつけてほしいと頼んだ」
わたしになりすまして……でも、ここで三人を会わせたら、
「三人ともわたしが嘘をついてると思わない?」
「それはない。『誰がなんと言おうとわたしを信じてほしい。この問題が解決したら付き合おう』と三人に言ったから。おそらく今から揉める」
やがて三人は本当に喧嘩を始めた。
「灰原、とにかくエミに近づくんじゃねえよ!」
岩国くんが灰原くんを殴り倒した。
「お前こそ秋子に近づくな!」
今度は青木くんが岩国くんを殴る。
「エミはおれの彼女なんだよ!」
起き上がった灰原くんが青木くんのお腹を蹴った。
その後も殴り合いは続いた。
数分が過ぎ、決着がついた。
最後まで立っていたのは青木くんだった。
岩国くんと灰原くんは青木くんに殴られて気絶し、地面に倒れ込んでいた。
「お前ら、二度と秋子に近づくなよ」
肩で息をしている青木くんの背後に、いつの間にかナミちゃんが立っていた。
次の瞬間、「バチバチッ!」という音と共に辺りが青白く光る。
青木くんが膝から崩れ落ち、倒れて動かなくなった。
ナミちゃんはスタンガンを手にしていた。
それからナミちゃんは三人の手首を後ろに回して結束バンドで縛り、目隠しをしてソファに寝かせた。
ナミちゃんとわたしは一旦店スナックから出て話をする。
「ナミちゃん、お願いだから……」
「わかってる。やりすぎない」
ナミちゃんはポケットからシャープペンシルを出した。
「これしか使わない。エミは屋上で待ってろ」
そう言って一人で店内に戻った。
しばらくすると、三人の悲鳴が聞こえた。
その声を聞くのがつらくて、わたしはビルの屋上に向かった。
10
朝日が登り始めた頃、ナミちゃんが屋上に来た。
「三人とも自分が犯人だと認めなかった。エミに近づかないと約束させたから、誰が犯人でもいいけど」
ナミちゃんは冷たく笑った。
「そう」とわたしは静かに答える。
「エミ、いい場所を教えてくれてありがと。言われた通り、これからはここで痛めつけるね」
「……うん」
犯人探しをしても見つかるわけがない。
あのストーキング行為は、わたし自身が偽装したのだから。
下駄箱に薔薇とメッセージカードを入れたのも、あの写真を撮ったのもわたしだ。
スマホのメッセージもわたしがパソコンから送ったし、自分で服を汚したり破いたりして襲われたふりもした。
ナミちゃんにこのビルを教えたのもわたしだ。
数日前から人目につかずに人を痛めつけられる場所を探し、人が出入りしないこのビルを知った。そして、「腹が立った人はここで痛めつければいい。その代わり絶対に大怪我させないで」とお願いした。
この数日、わたしたち姉妹がどうすれば変われるか、さんざん考えてきた。
でも、わたしがみんなにいい顔をすることも、ナミちゃんがわたしに依存することも、今すぐは変えられない。
だったら、こんなどうしようもない自分たちとどう付き合っていくか?
わたしはナミちゃんに守られる役割を演じ、ナミちゃんには怒りを発散させられる機会を用意する。ただし、「絶対に大怪我させない」と約束させ、痛めつけた相手には自分がされたことを誰にも言わないと約束させる。
こうすれば、ナミちゃんは定期的に怒りを発散させられて誰かに大怪我もさせない。
これが、わたしたちの今選べる、最良の生き方だ。
わたしたち姉妹はあの人たちには勝てない。
だけど、負けないことはできる。今はこの方法でしのぎ、自分たちなりの幸せを模索していくしかないのだ。
わたしが招いた罪はわたしが解決する。これが、その答えだ。
朝日が登り、辺りが明るく照らされる。
その光は、わたしの決断を応援してくれているようだった。
今はこの手段に希望を託すしかない。
わたしたちは、いつか絶対に幸せになれる。
それまでは、どんな手段を使ってもいいから、なんとか生き延びるのだ。
「エミ、ずっと一緒にいようね」
ナミちゃんが朝日を見つめながら言った。
「わたしたち、月と太陽みたいに支え合おう」
わたしも朝日を見つめながら答える。
わたしたちは手を繋ぎながら、いつまでも朝日を見ていた。
【秋子エミと秋子ナミの場合】了