9冊目/高山羽根子の『首里の馬』
文字数 1,435文字
独自WEBメディアやYouTube、はては地上波ゴールデンまでーー。
幅広く活躍の場を広げ続ける東大発のクイズ集団「QuizKnock」。
その人気ライターである河村・拓哉さんが初の書評連載 『河村・拓哉の推し・文芸』!
第9冊目は、高山羽根子の『首里の馬』です。
オンライン通話でのクイズ出題を仕事とする女性・未名子を主人公とする、第163回芥川賞を受賞した高山羽根子の小説は何?
ということで今回は『首里の馬』。前回の芥川賞受賞作ですが、クイズ題材ということで職業クイズ屋さんである僕も嬉しいです! せっかくなので極めてクイズ的な視点から。
クイズ人の特徴は、とにかく大量の情報を覚えること。しかし、実は、全部を覚えようとはしないのです。クイズで扱われるのは、役に立つとか、面白いとか、意味のある情報が多い。だからそういう情報から優先して暗記していきます。「どうして知っている?」と訊かれるのはクイズ王の定番ですが、逆に、訊かれそうだから知っている。
情報の取捨選択は、けれども、当然の行為です。自分で教科書を作っているようなもので、大切なことを覚えていることが大切なのです。
クイズたる重要情報があり、その元となる大きな情報源があり、それを生んだ世界そのものがある。クイズ的視点からは、このようなデータの階層が考えられます。
さて、未名子が足しげく通う郷土資料館は、沖縄の港川にあります。この地域は戦争などの理由で歴史記録が完全ではない。情報の量が少なくなっています。次に、郷土資料館はある郷土史家が集めた雑多な大量の資料を有するものと描かれます。その時代にあるあらゆる情報や物品を集めたものですが、しかし人が手で集めたものですから、やむを得ない漏れはあるでしょう。
そして物語のラストに、未名子は後世に情報をなるべく多く残そうとします。重要なのは、ここで彼女が新しく記録する情報に、回しっぱなしの映像を選んだこと。見るもの全てを記録し、情報の選別を行わないのです。
不完全な歴史記録、郷土史家の資料館、未名子の映像と、保存される情報は世代ごとに解像度を増し、ついに取捨選択の篩から逃れる。物語の見どころであるこの鮮やかな移行が、クイズで見たデータ階層と対応することも、見事です。
物語の中でのクイズの扱われ方についても触れましょう。作中でクイズは未名子と孤独な世界の人々との交流の手段として描かれます。クイズは基本的に重要情報のやり取りなのですが、「最後のクイズ」だけは情報の質が違い、世界全体を高い解像度で見るものになっています。難しいですが、実際に解いて確かめてみてください。
ところでこの書評は、多少の文量を持ちながら、この本の一部のテーマしか紹介できていません。クイズ、書評の次は、ぜひ本文を。
書き手:河村・拓哉
YouTuber。Webメディア&YouTubeチャンネル「QuizKnock」のメンバーとして東大卒クイズ王・伊沢拓司らと共に活動。東京大学理学部在籍。Twitter:@kawamura_domo