第18回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,537文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちは……⁉
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
6
浅倉は宿泊二日目の夜、商店街を散策していた。
女将が言っていたように、シャッターを下ろした店も多いが、ぽつりぽつりと開いている飲み屋もある。
女将や従業員から、いい飲み屋はないか、聞いていた。
みな口をそろえて、商店街のはずれにある<りん>という店を紹介した。
商店街のはずれまで来ると、紫色のくすんだ看板が見えた。今にも消えそうな明かりがうっすらと灯っていて、店名が記されている。その文字もかすんで消えそうだった。
恐る恐る錆びたドアを開けてみる。蝶番が軋む。中から、明かりとカラオケの音が漏れてきた。
「いらっしゃい!」
複数の女性の声がかかった。
中を覗く。十人ほど座れそうなカウンターが一つ。四人掛けのボックス席が三つ、奥には大人数で座れそうなL字型ソファーを置いた席が設えられている。
その奥の席には、老齢の男女五人組が陣取り、歌っていた。
ドレスが少し窮屈そうな小太りの中年女性が近づいてきた。
「何名様ですか?」
濃い化粧顔に満面の笑みを浮かべる。
「一人なんですけど、いいですか?」
「はい、もちろん。ご新規一名様、ご案内!」
よく通る声が店内に響く。
ホステスと客の視線が一斉に集まる。浅倉は愛想笑いを浮かべて会釈しながら、カウンター席に着いた。
中年女性が隣に座り、おしぼりを出す。
「お客さん、初めてね。私、ユウカって言います。お客さんは?」
「近藤です」
「じゃあ、コンちゃんね」
勝手に言って笑う。
ずけずけと間を詰めてくるユウカに圧倒されつつ、おしぼりで手を拭った。
「初めまして。サクラです」
カウンターの中から小柄で少し背の曲がった女性が声をかけてきた。
「ママのサクラさんよ。こちら、近藤さんだって」
ユウカが言った。
「近藤さんですか。よろしくお願いします」
笑顔を見せ、頭を下げる。
「お飲み物、何になさいますか?」
「麦焼酎のお湯割りで。よろしければ、ママさんとユウカさんも」
「ありがとうございまーす!」
ユウカがカウンターに駆け込んだ。
「ご旅行ですか?」
サクラが訊いてきた。
「はい。久しぶりに舘山寺に来まして」
「どちらにご宿泊なんです?」
「湖畔荘です。そちらで、いい飲み屋がないか訊いてみたら、みなさんそろって、こちらを勧められたもので」
「そうですか」
サクラは目を細めた。
ユウカがカウンターの中から浅倉の前にグラスを置いた。ユウカはビールの入ったグラスを一つサクラに渡し、自分もビール入りのグラスを手にした。
「では、コンちゃん、初めまして! いただきまーす」
乾杯もほどほどに豪快に飲み干す。
浅倉は微笑み、サクラとグラスを合わせて、お湯割りを少し口に含んだ。
「おなか空いてますか?」
サクラが訊く。
「いえ、それほどでも」
「では、これでも摘まんでくださいな」
サクラは小鉢に何かを盛りつけ、出してきた。
茶色く細い棒のようなものの上に、黒緑色の佃煮海苔がかかっている。
「これは?」
「うなぎの骨を揚げたものに、ワサビを和えた浜名湖の海苔を載せたものです。焼酎にはよく合うおつまみですよ。どうぞ」
サクラが言う。
浅倉は箸を取って、揚げた骨に海苔を絡めて、口に入れた。
うなぎの骨の濃厚な香ばしさがふわっと口の中に広がったと思うと、海苔の強い磯の香りとワサビのツンとして香りが鼻に抜けてくる。
お湯割りを含むと、口の中でそれらの香りが混ざり合い、自然風味たっぷりの残り香に満たされる。
飲み込むと、ほんのりとした塩味が、また次の一口を促してくる。
「これはおいしいですね」
目を輝かせると、ユウカがにやりとした。
「でしょう? サクラママのおつまみは絶品なのよ。コンちゃん、もう一杯もらっていい?」
「ええ、どうぞ」
浅倉が言うと、ユウカは遠慮なく、ビールをグラスに注いだ。
「浜名湖の生海苔は、三杯酢を混ぜてもおいしいんですよ」
サクラが言う。
「そうでしたか。何度か来たことあるけど、これは食べたことがありませんでした」
浅倉はおいしそうにつまみを食べ、お湯割りを飲み干した。
「おかわりください」
空になったグラスを差し出すと、サクラがグラスを受け取った。
「ユウカちゃんはいいから、あちらのお相手をしてね」
L字ボックスの方を目で指す。
「はーい」
ユウカはビールを飲み干して、ごちそうさまと言い、ボックス席へ行った。
サクラはグラスを出しながら、少し顔を寄せた。
「ごめんなさいね。あの調子で飲ませてたら、何杯飲まれるかわからないから」
そう言って、苦笑する。
「ありがとうございます」
浅倉も笑みを返し、グラスを受け取った。
「あちらの方たちは大丈夫なんですか?」
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。