第17回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,791文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちは……⁉
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
取次には、スリッパがきれいに揃えられ、置かれていた。
真田は上がってスリッパに足を通し、宝屋に続いて、奥のリビングに入った。
リビングには物がない。テーブルとソファー、電気ポットを載せたキャビネットが一つあるだけだ。
がらんとした部屋は、そこも隅々まで掃除されていた。
「紅茶でも飲みますか?」
「いや、かまわんでくれ」
真田が言うと、宝屋はソファーに腰を下ろした。対面に真田が座る。
宝屋誠司は、かつて、高級風俗店専門のスカウトマンをしていた男だった。
病的なほどのきれい好きだが、常に清潔でスタイリッシュな風貌が女性に信頼感をもたらし、他のスカウトマンでは到底口説き落とせないレベルの女性たちを夜の街に送り込んできた。
その後、宝屋はセレブ専用のラウンジを経営し、一財を成した。
今は一線から身を引いて、悠々自適な暮らしを営んでいる。
宝屋のラウンジでは、売春が行なわれているという噂もあり、生活安全課が捜査していたが確証は得られず、宝屋が逃げ切る形となった。
真田はSATに所属する前の捜査一課時代に宝屋と面識があった。
ある女性に対する暴行、強制わいせつ事案を捜査していた時、その女性が一時期、宝屋が経営するラウンジで働いていたことがあり、事情を聴いた。
宝屋は、自分の懐を探られたくないからか、真田には協力的だった。
結局、その事案と宝屋の店とは何の関わりもなかったが、以来、風俗関係の事案があるたびに、真田は宝屋に協力を求めた。
宝屋も素直に協力してくれていた。
宝屋としては、協力することで自分にかかる嫌疑を晴らすことができ、さらに商売敵を潰すことができる。
真田も肝となる情報を得られるので、お互いウインウインの関係だった。
真田がSATへ異動してからは疎遠となったが、たまに捜査一課の元同僚から頼まれ、接触することもあった。
そうこうしているうちに、宝屋は店をすべて譲渡し、隠居生活に入った。
「相変わらず、きれいにしているな」
真田は部屋を見回した。
「物がないだけですよ。独り身だし、この世の中、そうそう必要なものはありませんからね」
皮肉めいた言葉を返す。シニカルな雰囲気も変わらない。
「で、今日は何を聞きに来たんですか?」
宝屋は切り出した。
真田はスマートフォンを出した。
「この男、知っているか?」
写真を表示し、宝屋に手渡す。
宝屋は画面を見つめた。
「ああ、谷原ですね」
「知ってるか」
「ええ。コマシのイチとして有名でしたから。今はバーの店長をしているようです」
宝屋は答え、スマホを真田に返した。
「谷原が何か?」
宝屋が訊ねる。
「こいつがかつて経営していた芸能プロダクションで、枕営業をしていたという話があるんだが」
「本当ですよ」
宝屋はさらりと答え、続けた。
「もっと言えば、芸能プロダクションの顔をした高級売春でした」
「しかし、それはゴシップ記事の範疇を出ない噂だったんじゃないのか?」
「握り潰したんですよ。谷原の顧客にはメディアの重鎮や一流企業の重役、政界関係の者も多かったですからね。逆に、あの記事が出てよかったくらいです。早めに手を打てたので。警察も動かなかったでしょう?」
宝屋がかすかに笑む。
確かに、当時の生活安全課が動いたという記録は残っていない。
「たとえ、警察が何かをつかんだとしても動けなかったでしょうね」
「それほどの大物が顧客に名を連ねていたということか?」
「まあ、そういうことです。名前は言えませんが」
宝屋は真田を一瞥した。
「プロダクションを畳んだ後は、どうなったんだ?」
「同じことを続けられると、いずれ警察も放っておけなくなるでしょう? なので、谷原はプロダクションの権利を渡すということで幾ばくかの金を受け取る代わりに、芸能界との関わりを断つように迫られた。今、バーの店長をしているのもそのせいですよ」
「売春には関わっていないのか?」
「さあ、それはわかりません。もし、やっているにしても、おおっぴらに表に立っていることはないでしょう。それは、以前の商売を手仕舞いにした時の約束を反故することになりますから」
「そうなれば、ある種の者たちが黙っていないか?」
真田の問いに、宝屋はうっすらと笑みを浮かべた。
真田は、宝屋が今回の件に深く関わっている可能性もあるとみていたが、どうやら的外れだったようだ。
「隠居生活楽しんでいるところ、すまなかったな」
真田が腰を浮かした。
「いえ」
宝屋は微笑んだまま立ち上がり、真田を玄関まで送った。
真田は足に靴を通し、宝屋に向き直った。
「また、何か気づいたことがあったら、教えてくれ」
「私も隠居の身ですので、情報はほとんど入ってこないんですよ。それに、引退してまで警察関係の方とは関わりたくないですね」
「そうか。すまなかったな」
真田は苦笑し、背を向けようとした。
「一つだけ」
宝屋が唐突に言葉をかけた。
「谷原はスカウトの腕も経営も一流でした。彼自身が手を出さなくとも、そのノウハウは伝授できます。私なら、そういう手段で稼ぐことも考えますけどね」
「やっているのか?」
真田は宝屋を見据えた。
「まさか。私はもう十分、稼がせてもらったんで」
宝屋はそう言い、笑った。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。