第4回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,742文字
SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリーです!
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
平間は少し伏し目がちに小声で返事をした。
「わあ、ありがとうございます! 当日チケット1000円です」
「あ、はい」
平間はリュックを前に回し、中からビニール財布を取り出して、くしゃくしゃの千円札を一枚出した。
女の子は笑顔で受け取り、パンフレットとチケットを手渡した。
「もうすぐ開演しますので、中でお待ちください」
女の子が後ろのドアを手で指す。
平間は重いドアを押し開いて、中へ入る。ガランとしたスタジオだった。
薄暗い照明の中、左手に少し小高いステージがあり、両サイドにスピーカーが置かれている。背後は黒い幕で覆われ、上部にはスポットライトが一列に並べられている。壁はペーパーファンやバルーンで飾られているが、手作り感は否めない。
ステージの前には空間があり、その背後に20脚ほどのパイプ椅子が並べられている。
客は平間を含めて5人。平間が見かけた2人に加え、もう2人、同じような格好をした男が前列に座っていた。
いずれもファンの男性のようだ。坂井の証言にあった、スーツ姿の中年男たちという雰囲気の男は見当たらない。
平間は最後尾の席に座った。リュックを置いて、中から小さいペンライトを出す。
前列にいる男性ファン2人は、大きなペンライトを2本手にしている。真ん中あたりにぽつぽつと座っている男性たちは、平間と同じく、小さなペンライトを手にしていた。
舞台袖にちらちらと人影が見えた。ラメ地のミニスカートドレスを着ている女の子たちだ。出演者だろう。
平間が入って5分ほどが経った。客は平間を最後に増えていない。
スタジオ内の明かりが落ちた。薄明りの中、ヒールを穿いた女の子たちが舞台に出てくる。
パッとステージの明かりがついた。5人の女の子が並んでいる。受付にいた女の子も、衣装を着て右から2番目にマイクを持って立っていた。
女の子たちがマイクを立て、口に近づけた。
「いつまでも、あなたのハートに寄り添いたい! あなたの永遠の恋人、ハニーハニーラバーズです!」
グループ紹介の決まり文句を全員で口にし、ウインクと投げキッスのポーズを決めると、最前列にいた2人だけが声を上げた。
中段にいた2人は、座ったまま腕を上げ、小さいペンライトを振っている。平間も中段の男性たちにならって、ペンライトを振った。
すぐに自己紹介が始まった。みんな、ペタッとした甘え声で、自分のカラーと名前を口にする。
お世辞にも垢抜けた女の子たちとは言えなかった。
不細工ではないが、飛び抜けて可愛いわけでもない。スタイルも悪くはないが、目を瞠るほどでもない。
歌が始まった。楽曲は、どこかで聴いたことのあるようなアニメソングふうのもので、ダンスも特段キレキレというわけでもない。
歌声も普通、もしくはちょっと下手。
前列の2人は熱狂的なファンのようで、曲に合わせて合いの手を入れてペンライトを振り回し、いわゆるオタ芸を全力で楽しんでいるが、平間と他の2人は立ち上がらず、座ったまま、曲に合わせてペンライトを振っているだけだった。
それでも彼女たちは、汗を飛ばしながら、1曲1曲全力でがんばっている。
その姿には、平間も感銘を受けた。
長い人生におけるひと時の夢の舞台を用意してあげたい、という金田の気持ちもわかるような気がする。
5曲目を歌い終えたところで、10分間の休憩が入った。スポットライトが落ち、会場のライトが灯る。
平間はこういうライブに来たことはなかったので、こんなものなのかなと思ったが、前にいた男性のつぶやきが聞こえた。
「またか……」
少し気になって、平間は男性の後ろに移動した。
「あの、すみません」
声をかけてみる。
男性は肩越しに平間の方を向いて、怪訝そうな目を向けた。
「ちょっと聞こえちゃったんですけど、またかってのはなんですか?」
「君、フラップのライブは初めて?」
「はい。たまたま通りかかったんで、入ってみたんですけど」
言うと、男性は体を横に向けて、顔を寄せてきた。
「他のところ、行ったことあるよね」
小声で訊いてきた。
平間はうなずいた。
「ライブの途中で休憩とか入らないでしょ」
「そうですね」
話を合わせる。
「ここは、途中で休憩を挟んで、新しい客を入れるんだよ」
話していると、ドアが開いた。
スーツを着た中年から壮年の男性が3人入ってきた。いずれも、平間たちとは違い、リュックも持っていなければ、ペンライトを用意している雰囲気もない。ビジネスバッグを持っている男もいる。
「誰ですか、あの人たち」
平間が見ようとする。
「あまり見ない方がいいよ」
男性が小声で制した。平間が顔を戻す。
男性はさらに顔を寄せた。
「運営は、スカウトマンだって言ってんだけどさ。たぶん、サポかP案件だよ」
「なんですか、それ?」
平間がとぼけて訊いた。
「知らないの? まあ、知らない方がいいと思うけど。気になるんだったら、ググってみてよ」
男性が腰を浮かす。
「どこに行くんですか?」
「帰る。サポグループは推してもしょうがないから。フラップにはいい子もいるのに、もったいないよね」
そう言い残し、男性は荷物をまとめて、さっさと出て行った。
男性を見送った時、受付の様子がちらりと見えた。
あの女……。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。