第5回 「朝鮮通信使の道」をたどるため、高速バスの先進国・韓国へ

文字数 1,200文字

 1冊にまとまった『日本ときどきアジア 古道歩き』(光文社知恵の森文庫)では、タイトル通り、アジアにも出向いている。

そのなかのひとつに「朝鮮通信使の道」がある。僕の頭のなかのフォルダーには、韓国の鳥嶺古道と日本の朝鮮人街道は別々の場所に収納されていた。しかし古道歩きのルートを考えていたとき、このふたつの古道がつながった。

「朝鮮通信使が歩いた道ではないか」

 まず韓国に向かった。

 コロナ禍が明けてからの海外への旅は経費がかさむ。値あがりの嵐が巻き起こり、そこを円安があおる。どの国に行っても、食事、列車やバス代、宿代が堪える。

 韓国もそうだった。日本の円に歩調を合わせるようにウォンも安くなっていたが、物価の上昇は日本の比ではない。

 鳥嶺古道を歩くために、ソウルから忠清北道の忠州まで高速バスに乗ることにした。セントラルバスターミナルに向かい、切符売り場のカウンターの前に立った。忠州までと伝えると、モニターに発車時刻と料金が表示された。

 1万3200ウォン。日本円にすると1500円ほどである。

 ホッした。忠州までは2時間ほどだ。その距離を考えれば高くない。おそらく値あげされていない。ぐんぐんとあがる物価に対して、世界の国々はさまざまな対応策をとっているが、韓国の対策のひとつは、高速バス代を据え置くことのようだった。さまざまな影響が出るからだろう。

 バスに乗り込んだ。通路を挟んで左右に1席と2席という3列シートのバスだった(写真)。日本の高速バスは、通路を挟んで左右2席という4列シートのバスが多い。それに比べると、韓国の高速バスはかなり前から3列シートが主流になっていた。


 韓国ではじめて3列シートの高速バスに乗ったのは20年ほど前である。釜山からソウルまでのバスだった。バスに乗り込んだとき、思わず「ほーッ」と感心してしまった記憶がある。

 当時、アジアでも3列シートバスは登場しはじめていた。しかしVIPバスなどという名前がついた高級バスの世界だった。ところが韓国は、バスターミナルで普通に買う一般の高速バスが3列シートになっていたのだ。

 韓国は高速バスの先進国だと思った。その伝統は守られ、運賃も抑えられている。そこには高速バスというものへの韓国の意地があるようにも思える。

 3列シートバスは快適である。忠州までこんこんと寝入ってしまった。


下川裕治(しもかわ ゆうじ)

1954年、長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。新聞社勤務を経て独立。アジアを中心に海外を歩き、『12万円で世界を歩く』(朝日新聞社)で作家デビュー。以降、おもにアジア、沖縄をフィールドに、バックパッカースタイルでの旅を書き続けている。『新版「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社知恵の森文庫)、『シニアひとり旅 ロシアから東欧・南欧へ』(平凡社新書)、『シニアになって、ひとり旅』(朝日文庫)など著書多数。


登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色