メフィスト賞2024年上期座談会

文字数 21,454文字

 2024年上期のメフィスト賞座談会を始めます! 今回は、2023年9月〜2024年2月末日までにご応募いただいた作品が選考対象です。これまで同様、編集部員が全応募作品を読み、推したい作品を挙げ、その作品を複数の部員が読ませていただいています。

 

N    全体的に、今回もどの作品も個性的で面白かったです。豊作だと思います!!!   ご応募くださった皆様、本当にありがとうございます。

海 では早速1作目、乙さんからお願いします!

(以下、応募順。①タイトル ②著者名 ③キャッチコピー)

 

 ①火煙と血煙 ②在嶋 満 ③これは二人の悪党の生きざまをうつした物語
主人公・火野と、その相棒で元大学教授の三石が、農業害虫のサハラトビバッタと家畜伝染病の口蹄疫を利用して日本を崩壊させようとするという作品です。反社会的勢力と繫がりのある刑事・世羅と対峙しながら、計画を進めていく過程で、火野、三石、世羅のそれぞれの過去が明らかになります。コピーに「悪党の生きざま」とありますが、主人公を始めとした登場人物がそれぞれの過去を背負い、自らの正義のために行動する様が読みどころのハードボイルド小説だと感じました。主人公・火野が裏カジノを襲撃する場面から始まりますが、アクション描写に疾走感と緊張感があり、グッと引き込まれました。日本を崩壊させるという目的のために、主人公とその相棒のマッドサイエンティストが暗躍するのですが、そのダークヒーローっぽさに説得力があっていいなと思いました。また、その計画も細かく描かれていて、ディテールを突き詰める能力が抜きんでていると感じました。残念な部分としては、中盤以降の過去編が少々唐突で、現在編・過去編と分けることなくミステリ要素を持たせて書いてくれてもよかったのかな、と思いました。というのも、火野らの計画の全容は中盤までに明らかになるので、後半部分は読者として読むモチベーションが「結局計画は成功するかどうか?」ということになり、過去編に若干中だるみの印象を感じざるを得ないからです。ただし、ディテールが素晴らしいこと、スケールの大きさが素晴らしいことを評価して、推薦します! 素敵な作品でした! 読んだ皆さん、いかがだったでしょうか? 

 

 冒頭はハードボイルドで、違法カジノから8000万円の強奪に成功。映像的なシーンが続き、作品に引き込まれました。サハラトビバッタを使ったテロを企て計画を進めていく過程までは面白かったのですが、そのあとバッタがあまりうまく機能しなかったのが残念です。二人の具体的な計画も読者にもわかるように示していただけたらと思いました。主人公の専門知識が活かされず、口蹄疫を使用したテロは実行されるものの国家に与えた効果は不明で、いたずらに動物の命を奪っているだけになっており、主人公たちの正義に共感できませんでした。過去の事件パートが長く、そのエピソードも主人公たちが国家壊滅を考えるに至る理由として弱いと思います。性愛描写を含め、新しさを感じられませんでした。多くの女性が登場しますが、記号的で男性登場人物を際立たせるための都合の良い存在でしかない点も気になりました。日本を壊滅させようという犯罪計画にしては行き当たりばったりで、成功はおぼつかないのでは? と感じました。ハードボイルドな雰囲気をよく伝える文章ですが、例えば序の「2」、5枚のなかに約90回「火野」という人名があるなど、まだまだ推敲の余地がありそうです。新しいハードボイルドに挑戦していただきたいと思いました。 

 

乙 仰る通り、ジェンダー観や性的描写は時代錯誤的だと感じました。

 

甲 ハードボイルドは、ただただ古風であればよいわけではないのですよね。価値観を描く小説ジャンルだと思います。「普通」の有りようが絶えず変化する現代では、どんな風に主人公を描くのか……書き手の技量が試されます。 

 

 ジェンダーに限らず、キャラクターが全体的にステレオティピカル(典型的)とも感じました。

 

 『シティ−ハンター』もネットフリックス版は今風にアップデートされてますもんねぇ。

 

海 Nさん、いかがでしたか?


N    主語がかなりの量、文頭に頻出する点が非常に気になりました。こなれていない、読みづらい文章になるので、なるべく多用しないように、その点に注意しながら文章を推敲すると格段にレベルが上がると思います。彼らの目的がわからぬまま、話が過去へ現在へと広がっていくのを、自由に書きすぎてしまっています。また目的が最後の最後にわかる構成もアリですが、その場合は読者をひきつけておく別の要素を用意するとよいかもしれません。

 

 堂々とした王道ハードボイルドで、ぼくは一気読みしてしまいました!! 滾っているし漲っているし、書けて書けて仕方がないというエネルギーを浴び続けた5時間でした。著者の頭の中にあることに描写力が追いついていない部分もありますが、ハードボイルドに大切な暴力描写が端的にうまく描かれていたかと思います。しかしこの方はいま22歳で、いったい何を読んできたのでしょうか。夕木春央さんが大正時代の小説を読み続けてこられたように、この方は昔のハードボイルドを貪り続けてこられたのかも? GPSは盃にあったら気づくし、体内からも排出されるのではないか。また同性愛者や両性愛者の描き方は安易であり賛成できない、と思いました。ラストを性癖と権力の物語で落としてしまうのももったいなく、この作品でしか、この書き手でしか到達し得ない、表し得ない点があれば受賞もあったのではないかと思いました。今の世の中に問う意義を見出せませんでした。ただ、書ける方、書きたい方で、熱量は相当なものかと思います。

 

乙 疾走感があって、私も一気読みでした!

 

 欠点が明確なら直しやすいということですよね?

 

 主語の多さなど、ストーリー以外の文章部分も磨くともっとよくなりそうですね。 

 

 今、いつの話? と混乱することも多かったですね。

 

  元大学教授がいちばんいい役でしたね!

 

 元大学教授、よかったです! メフィスト賞でこういう作品を読んだのが久しぶりでした。冗漫な部分はありましたね。ただ作者が書いていて楽しそうな感じも伝わってきて、好ましく受け取ってしまいました。

 

 何かひとつのジャンルを極めていただくのは大事ですよね!

 

乙 確かに、今この作品を世の中に、という点では疑問が残りますが、他のテーマで練り直した作品があれば読んでみたいと感じます。

 

 では次の作品に進みまして、『アシェフの日記と魔法使いヴォイジャに関する考察』、甲さんよりお願いします。

 

 はい! こちらはイチオシ、「ファンタジーのノンフィクション」です。

①アシェフの日記と魔法使いヴォイジャに関する考察 ②松舘 峻 ③私のことを忘れ去られてもいい。魔法が未来を切り開いてくれたのならそれで構わない。
異世界で出版されたノンフィクション本、という体裁の小説でした。いやー、とっても面白かった! 語り手(=書き手)は、魔法が発達した西洋風ファンタジーの世界の住人です。「魔法」が発達していますが、我々がいる世界でいう「数学」や「科学」に相当する存在だといえます。この地には「魔法」は、昔から存在していました。ただそれは、かつて人類にとって「ちょっと便利な不思議なチカラ」でしかなかったわけですが。500年前、偉大なる魔法使いが現れます。名はヴォイジャ・ゴンドリン。彼の探究が実を結び、「魔法」は一般化され、人類文明は大きく発展を遂げます。その功績にもかかわらず伝説の魔法使いがどんな存在だったのかは、謎に包まれていました。当時は魔法が一般化する前で、現代に残る情報も少なかったのです。さて、50年前に大陸の辺境にある農家で、一冊の本が見つかりました。これは一家に代々伝わる「日記」でした。日記の書き手は、アシェフという、かつてこの地に生きたひとりの女性。長きにわたり綴られた日記の中で、幾度となくヴォイジャ・ゴンドリンが登場していたのです。「偉大なる男はどんな存在だったのか?」女性のささやかな記録を読み進めることで、名前しか残されていないヴォイジャという存在に血肉がついてゆく……という、センスオブワンダーとあったけぇ話が同居した素晴らしい作品でした! 異世界の住人の日記を覗き見る、という読書体験がいい試みだなぁと。中盤以降は「もうアシェフ幸せになってくれ~!」と応援しながら読んでいました。皆さんにとにかく読んでいただきたい、今回のイチオシです。

 

 ファンタジーのノンフィクション……! 気になりますね。

 

 甲さんのイチオシ! 巳さん、いかがだったでしょうか。

 

 この作品の書き手の正体(おそらく)が最後の一行、署名によって明かされるという作りや歴史的価値のある日記を学者が解読するという構成は、ロマンティックで素敵でした。作者が作中世界を愛し、楽しんで書いていることも伝わってきました。日記という体裁なので仕方がないですが、日記パートは伝聞と感想で進むので少々退屈だし、この作品ならではの新鮮な面白さや知る喜びを感じませんでした。また日記というにはいささか創作的な表現(会話など)だと思います。学者による解説部分で理解は促進されますが、大魔法使いの伝承があり、この日記が著名な大魔法使いについての歴史的発見に繫がる新文献であってほしかったです。そのためには大魔法使いの壮大な物語も描かれるべきだと思います。この作品は、外伝としても弱いと感じました。文章はとても素直ですが、まだまだ伸びしろが大きいと思います。この作品に関しては、甲さんの「天使の読書力」に感動しました。 


 ご指摘たしかにその通りですね。終始ちょっと都合よい描写が多いことは否めません。  

 

N    珍しい切り口によるファンタジーですね。どうしても気になった点は、日記が会話文になっているところです。日記なので、会話形式になっていたらおかしいですよね。甲さんは貴重な才能と言っていましたが、私はどう評価したらいいか……正直悩みます。切り口は評価します!

 

 続けざまにバッサリ!!! 日記って本来そこまで緻密な描写にはならないよなぁ、とは自分も思いました。思いましたが……推したくなる魅力が、 この方の描く世界観にはあるんです。

 

 天さん、いかがでしょうか。

 

 甲さんの面白がる力に感服しました。自分には少し難しかったです……。すでに作者がベストセラーファンタジー作品を刊行していて、その作品のスピンオフであればすごく面白く読い試みなのですが、知らない世界をこの視点から把握させるのはいささか困難ではないか、と思ってしまいました。「ファンタジーの世界だからこそ楽しめる部分」が少ないというか……。舞台が江戸時代なら、現代の秘境なら、現代の特殊な職業なら、まだそちらの方が予備知識がある分、楽しめたのではないかと思ってしまいました。魔物(ゴブリン)や魔法について、もっともっと具体的に(わくわくするように)描かれていれば、『ダンジョン飯』的に楽しめたのかもしれません。ただ、『魔法と自然』は読みたくなりました。またみなさんと同じく、甲さんの「読書力」に感動しました。自分がちょっと情けないような気持ち。「一人の編集者が絶賛したら即デビュー」がメフィスト賞の原則なので、みなさんの意見を聞いた上で、甲さんが推すなら、出版もあり、かも、と。 

 

 うむむむむ……もちろんイチオシなのですが、実は次に何を書かれるのか、気になっています。ここは次作に期待したい……です!  まず、ご連絡をとってみようかと。

 

 ぜひ!

 

 では次の作品に進みたいと思います! 海が挙げた作品です。

①怪奇探索者 ②一周八日 ③過去に、戻れはしない。

心霊現象、怪奇現象による被害が急増して数十年。心理学の知識を駆使し、怪奇の情報をデータ化してサイバースペースに保護する活動を行う「怪奇探索者」の藤田麻衣子は連続で発生しているマウスブレイク事件という奇妙な怪奇事件の調査を行うことに。自力で移動できないはずの怪奇に、どうやって異なる場所で連続殺人を行うことができたのか、というお話です。今回私が読んだ作品の中で頭ひとつ抜けていると感じた作品でした。2022年8月に一度メフィスト賞に応募してくださった方だそうです。SFやホラーに振り切るのかと思って読み進めていたら、途中から誰が殺人を犯したのか、というミステリの要素も入り作品の主軸となっていて、とっても面白く読みました! 謎を追う過程で、主人公はどうして怪奇探索者として活動しているのか、主人公自身が強い信念を持っていることがわかる描写があったり、登場人物の背景もしっかり描かれていて、彼女とともに事件を追いたくなります。現代とは違う世界を描いているのに、さらには心理学と行動学について説明する内容も入っているのに、説明が長くなりすぎず自然な描写になっています。難しく感じさせない文章力にも驚きました。皆さん、いかがでしたか?

 

 発想の大胆さが素晴らしいと思いました。怪奇を科学する過程に、ディテールや設定が過不足なく盛り込まれていて、SFとして楽しめるポイントがたくさんある小説だと思いました。また、ミステリとしても「マウスブレイク事件」を主軸に様々な事件が立て続けに発生して、展開として飽きさせない工夫を感じました。一方で、登場人物以外の人間の気配があまり感じられないというか、何となく殺風景な印象を抱きました(それが味なのかもしれませんが)。近未来、あるいはディストピア小説として読ませるなら、主軸以外の部分でも景色を想起させたら、より没入感を出せると思います。また、怪奇そのものにももう少し魅力が欲しいかな……! と。中盤で灯が買い物をするシーンは素晴らしいと思いました。

 

N   この作品が一番ドラマチックでしたね! 探索者vsクリーナーの衝突や和解などの人間関係、主役のうちの一人、クリーナーの女の子が友人の死によって復讐を誓っていくシーンなど、魅力的なポイントは要所要所にありました。ただ、ラストシーンから考えると、冒頭の入り方はこれでよかったのだろうか、という疑問が。そして視点がかなり多用されているけれど、ある程度絞って整理することによって、不要に長くなっている原稿枚数をシェイプすることができそう。(三和子の視点や郁美の視点を書きたくなる気持ちはわかるが削除してもよいと思いました)。視点の多さも含め、全部の行動の流れ、この世界観全てを書きたい、という気持ちがまだ先に立ってしまっています。最後まで書き切ってくださったのだからこそ、俯瞰してこの物語の読みどころはどこかを整理して推敲するだけで、ぐっと密度が高くなると思います。またエンジンがかかるのが遅く、P50くらいから全体像が把握できて面白くなってくるので、次作ではそのあたりも気をつけて書いていただくとさらに完成度が高くなると思います。

 

 確かに、視点が入り乱れていると感じました! 「ん? これ誰の話だ?」と。

 

N    登場人物は少ないけれど、全員の視点から心情を書いてしまっているんですよね……。全員の視点をナチュラルに描く形式は、漫画の描き方に近いのでしょうか?(漫画を編集したことがないのでわからないのですが)

 

 確かに巻数多めの漫画だと話ごとに主人公が替わっていく構成は多くありますよね! 今作の場合はひとりひとりの心情が丁寧に描かれていて、読みどころの一つという面もあると思うのですが、次作は主人公一人だけにフォーカスを当ててもっとじっくり書いてほしいなと思いました。

 

N    闘う女性たちがカッコよかったですね。

 

 アクションシーン、カッコよかったです! 特に狼の怪異が校舎を破壊していくシーン。

 

 冒頭から文章に違和感がありました。三点リーダが1字分だったり、「!」「?」のあとの1文字アキがなかったり、こだわりがあるというよりは、勉強不足な印象です。この方は本気で小説に取り組んでいるのだろうか、文体模写や推敲をしたことがないのだろうか、と訝しみながら読んでしまいました。倒置法を多用していたり、心情描写がぎこちなくて長かったりと、読み進めるのに苦労しました。修飾節も多用されています。なんてことのない会話文を、いいセリフだと思わせるために地の文を使っているのですが、あまり効果的ではなく、ページをめくる速度を落としているように感じます。例えば「それで俺は落ちたね、恋に」とは、言わないでしょう。「その言葉は独り言のようでありながら、浩道の返事を待っているようでもあった。」という書き方もいただけない。どう描写するかをもっと考えてほしいです。作品としては、冒頭はだれるものの、展開も多く、海さんが言ったように完成度が高いです。マウスブレイク事件も面白いのですが、人間の欲求が描けていないように思います。怪奇と欲求は本来相性がいいはずなので、勿体無い。いいところもたくさんありますが、物語を構成する肝心の文章が厳しい。もう少し練度を上げてから、また応募していただきたいなと思ってしまいました。今回はもっと推敲してから送ってほしい、と思う作品が多かったです。アイディアはいいのに残念。

 

 残念……ですが、現実とは異なる世界を作ったり、大きいことをするぞ! という気概が何より素晴らしいと感じたので、また送ってきていただきたいです。次の作品に進みまして、『未解明報告書』、甲さんお願いします。

 

 余談ですが、最近うれしかったニュースは、“押切蓮介先生のホラー漫画『サユリ』が実写化”の報です。監督はホラー&バイオレンスの名手・白石晃士氏とのことで期待せずにはいられないッ! さて、こちらはホラー意欲作『未解明報告書』です。

①    未解明報告書 ②識村綜研 ③この記録には不可解な内容が含まれます

この文書は、識村綜研により調査、収集、編集された「未解明報告書」。発端は、2022年4月7日から8日にかけて、「不可能見聞録」という配信番組のために、山形県の廃旅館にて実施された撮影映像である。この映像は撮影されたものの配信されることはなかった。多くの関係者が命を落としてしまったためだ。廃旅館でいったい何が起こったのか。読み解くのは、これを読んでいるあなた……というお話です。光るところもありつつ、惜しい作品だと感じました。ここ10年のホラー・モキュメンタリーの隆盛は目をみはるものがありますが、投稿者さんもその道の者ではないかと、勝手ながら親近感を覚えています。愛が嬉しい! 一方で物足りないポイントもありました。「遺された映像資料」の文字起こしという体裁を取っている作品なので、こと小説技法的な視点では評価が難しいです。一応、小説である理由にも結末で触れられているのですが、演出の根拠としては弱いと思います。先行の傑作ホラーへのオマージュとも取れる演出は見てとれましたが、それ以外でこの作者のオリジナル要素がもっと欲しかった。クライマックスの恐怖描写は世界でスマッシュヒットした某ホラー映画の結末と似通っていて、それもいただけなかったです。体験型のホラー作品の潮流はここ数年でより大きくなってきています。作者もそうですが、読者も育ってきています。目の肥えた読者に、あなたの渾身の作品を届けましょう! 次回作に期待と思っております。

 

 『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』みたいな感じ? 

 

 はい、めっちゃブレア・ウィッチ的です。ブレア・ウィッチとの違いは、本編(お蔵入り心霊番組撮影映像)の合間に、各関係者のインタビュー映像などが挟まっていて、編集者の作為が入っています。 

 

 乙さん、どうだったでしょうか?

 

 ホラー系検証動画が何らかの理由で二度と見ることができないため、文字で記録した体の小説である、という発想が素晴らしいと思いました! ホラーの展開を途切れさせず、読者を飽きさせない工夫に、ハラハラドキドキしました。残念な点として、謎に辿り着くまでが一直線で、(少しずつ明かされていく様子は楽しいのですが)自ら謎解きを楽しめるわけではない点があると思います。 また、モキュメンタリーとして読ませるのであれば、中盤のトンネルでループしてしまうくだりは少しやりすぎかな、と感じます。あくまでも「ありそう」だと感じさせてくれた方が、今回の作品ではよいのかなと思いました(線引きは難しいところですが)。 

 

 この一直線さは課題ですね。

 

N    夜中にホラーを読みはじめてしまったと後悔しながら楽しく読んだのは100ページまで。呪い死にのバリエーションが少な過ぎて、だんだんと怖くなくなってしまうんです。また、人が軽々とたくさん死んでいくので、逆に一つ一つの死の恐怖が軽減されてしまっている印象。実は旧館と新館で、何か大きなトリックがあるかと思いきや、ミステリではなくあくまでオカルトなんだという結末に少しだけ残念な気持ちにも。ただ「●●●」を現代でも信仰していた組織、というアイディアは面白く、もっと活かせそうな気がしました。

 

 文章がかなり厳しいです。「みたいです。」という語尾が10行に3回も出てきます。現代的でリアリティがある文章なのですが、無駄が多く冗長。セリフの情報量も少なく、もう少し推敲をしていただけたらと思いました。会話文の長さが物語のテンポを落としていて、ハラハラドキドキしたいのに、いつ話が先に進むのだろう、ということばかりが気になってしまいました。
例えば、
「何これ……シャンデリア?」
「そうですね。シャンデリアっぽいですね」
エントランスホールの中央ではシャンデリアらしき大型の照明器具が床に落下しており、周囲に破片が飛び散っている。
という感じの文章が多出。「シャンデリアらしき大型の照明器具」は、「シャンデリア」でいいし、その前の会話文はいらない。ここは物語にとってすごく重要な場面でもないので、「シャンデリアが落下し、破片が飛び散っている。」だけで済ませればいいのでは、と思いました。このページ数だと単行本で税込2200〜2420円くらいになりそうです。わずか80分で観終わる『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』と比べて、どうか。推敲を頑張っていただきたいです。話も一本道で意外性がなく、最後の「補記」も驚きがない。同じ内容を半分で書き、道行きに起伏を用意して、読後に感情が大きく動くような仕掛けがあればよかったなと思いました。 いま「メフィスト」で矢樹純さんが連載されているモキュメンタリー『撮ってはいけない家』が抜群におもしろくて怖いので……。 

 

 確かに。矢樹さんの技量と比較すると、どうしても弱含みであります。

 

 私も『近畿地方のある場所について』(背筋)と比較しながら読んでしまいました……! そこで、一本道なのが残念だな、と。映像にしたら面白そうだなと思いました。本末転倒かもしれませんが。

 

 次の作品に進みまして、乙さんよりお願いします!

 

乙 私からのもう一作は歴史(?)ものです!

①信長インペリオ ②稲葉 大樹 ③戦国ビジネスマン、織田信長
1559年、尾張の戦国大名、織田信長は諜報活動と戦略立案を得意とする忍者集団「今猿(コンサル)」と契約をした。今猿は年貢収入である「石高」と港の関税収入である「貫」を独自の単位「円」で統合して今川軍との経済格差を数値と論理で詳らかにし、織田軍の軍議を仕切った。 「今猿」と家臣たちを従えた信長はどのように天下統一を成し遂げるのかーーというあらすじです。まず、忍者集団の「今猿(コンサル)」が信長につき、天下統一の手助けをするという発想が面白いと思いました。「今猿」はその名の通り(?)現代で言う、コンサルタントです。出オチの感がありますが、ストーリーラインはあくまでも史実通りで、それぞれの局面において戦国ビジネスマン・織田信長がどのように家臣たちと事業を拡大していくか、という過程を描き、そこが楽しめるポイントです。キャラクターと会話部分、そして、各局面に対する洞察がめちゃくちゃ面白い、ということで推薦します! 特に信長のビジネスマンっぷりが面白く、「次に何をするのか? 何を言うのか?」と史実を知っていても気になるという魅力があります。会話文も地の文も全て現代調で書かれており(それもかなり読みやすい現代調)、時代小説、というよりはファンタジー小説として読むのが適当かもしれません。ただし、その部分の面白さと歴史を取り扱う上でのバランスは要検討と感じました。いずれにせよ、このディテールで話を書けるのであれば、現代を舞台に書いてもらっても面白いかもしれない! と感じました。

 

 土さん、いかがでしたか?

 

 面白く読みました! アイディアを史実に落とし込み説得力を持たせることができていると思います。漫画『ベルセルク』(三浦建太郎)の名台詞や格闘技にも造詣が深く個人的にツボでした! ただ、欠点もわかりやすくあるなぁと思います。まずはキャラ作りです。本作は歴史上の超有名人ばかりが出てくるので、読み手が勝手にキャラを投影してくれます。けれどもそのキャラ特有の語り口や行動の描写が弱く、脇キャラになればなるほど、「誰が何を言っているのか」がわかりにくいです。キャラの登場のさせ方もおとなしいのでインパクトが弱いです。そしてせっかく「戦国時代にコンサル集団がいたら」という大噓をついているのだからコンサルの裏や、その集団のライバルなどを描いてもよかったのではないでしょうか? コンサルのボスは誰かという種明かしをオチにするために裏側を隠しているという側面があると思いますが、わりと早くに予想がついてしまうため、別の展開を考えてもよかったのではないかなと思いました。

 

 『死んだ山田と教室』を担当した土さんが辛口……。

 

 いや、面白かったのよ。ただ、史実どおりで、逆に「マジメか!?」と。

 

 私は歴史に詳しくないし、経済学を学んでもいないのでこの作品を楽しむ素養に欠けるのですが、不向きゆえに「これは小説なんだろうか?」と感じました。映像でいえば特殊効果がないというか、骨組みだけが書かれているという印象。登場人物も名札をつけている棒人間のようで、歴史上の人物についての知識を読み手が求められていると思いました。登場人物同士の関係性がつかめず、ミツヒデの葛藤や野心が薄い印象を持ちました。一番書きたかったのが黒幕が誰かだとしたら、全体構成を整え出来事の取捨選択をすべきだと思います。「経済で知る歴史」あるいは「信長と学ぶDX」という実用書のような部分が、強みでもあり弱点でもあると感じました。小説としてのジューシーさが欲しい。爆発力というか、エモーショナルさというか外連味というか、もっと演出やセリフにドラマがあれば。カタカナ表記なども面白がれず、読みづらく感じました。 


N    面白さでいうと、一番面白かったかもしれない。ただ、出オチ感は否めずオチはもっと捻ってくれてもよかったかも、と思いつつも史実に基づけばこのラストしかないような気も。出オチ感はありつつですが、中身がきちんと描かれているので楽しく読めます。ぶっとんでいそうで、実は中身は大真面目、という不思議な味わいなので、デビューを狙うなら、ぶっとびのところの突破力がもっと欲しかったかもしれません。これで受賞というのは難しいけれど、歴史アンソロジーみたいなものを編んだ時に一編入っていたら秀逸な作品かもしれない。コンサルを表現する時に「断片的な情報からそれっぽい未来像を構築する」という言葉を使っていたり、「信長フェス」など、滲み出るコンサルのチャラさを自虐的に書いているところもツボでした。気になったのは、この忍者諜報員たちは、普段は何をしているのかということ。専属ではないので。信長なら「自分のところだけじゃないはず」と疑うはずですし、そのあたりを補強してもよかったかもしれません。一番メフィスト賞っぽいです。他の賞での未来は想像できません……!

 

 編集長が好意的!

 

 最後の現代編はありでしょうか? 私はこれにより夢オチのようにまとまっているかと思いましたが。

 

N    ありだと思います!

 

 読者サービスとしては、まぁありなのかも? 読者を楽しませること、がこの著者の目的だと思うので。

 

 夢オチとは違うでしょ。ただ、それならもっと面白がらせてよ、とは思う、オチまで。

 

 天さん、いかがでしたか?

 

 厳しく読むぜ! と思って読みました。一読、はい、素晴らしい。今猿の存在とミツヒデの新説が最後にぴったりくっつくのが堪りません。ユーモアがあり、知識も豊富で、情報も整理されていて、素晴らしい。『家康、江戸を建てる』を思い出しました。欲を言えば、設定や構造に加えて、人物の魅力やシーンの魅力なども出してほしかった。信長の悲哀などをもっともいいシーンで書けば、それだけで受賞したのではないかと思います。そこを描くのが小説なのではないか、と。ずっとテンポが同じでやや脚本的なので、スロウダウンすることも考えていただきたい。素晴らしい脚本があるけれど、役者が演技をしていなくて、カメラワークや演出にも工夫がないような印象を受けました。せっかくメフィスト賞に応募してくださるのだから、もっともっと思い切ってほしかった。でも、この設定できちんとまとめるのも素敵だな、とも思いました。ラストで10倍くらい面白くできそうじゃないですか? 丸の内に今猿ビル建ててほしい。

 

 そうなの、合戦だったりがあるのに盛り上がりが平板なのよ! 本能寺であそこまでしかドラマがないのもなぁ。四畳半的なボケなのかもね。だとするとデカい話にしない方がいいのかも。

 

N   「信長フェス」面白くなかったですか?(笑)

 

 笑いました。(笑)

 

 信長ムーンウォークが最高でした。明るいということが何よりも素敵です! 読んでいて楽しいです!

 

 『パリピ孔明』(四葉タト・小川亮)的な明るさもあっていい。

 

 わかるわかる。続編もすぐ書けますよね。子孫たちの現代編。

 

N    世界史編も読みたい。めちゃくちゃ優秀な、予備校の日本史・世界史の講師になれると思います。 

 

 シンプルに企業小説などもアリかもしれません!

 

 信長フェス、いったい何が!?  めっちゃ読みたくなっています。読みます。

 

 受賞にはもう一歩でしょうか? めちゃくちゃ惜しいのですけれど……。乙さん、連絡をとってみます?

 

 ぜひ連絡とってもらいたい! 

 

N    習作がないかも聞いてみてほしいです! 読んでみたいです。

 

 ご連絡します!

 

 では次の作品、Nさんよりお願いします!

 

N    ①エステート望月 ②鈴木葉月 ③自分以外みんな共犯、という妄想から抜け出せない

小説家志望で大学院生の主人公がある日、アパートの大家の代行を務めることに。アパートの住人と関わる中で、「ひょっとして隣家に何か僕に見られては困るような秘密があるのではないか、僕以外の入居者全員が結託して僕に隠し事をしているのではないか」という疑念が頭から離れなくなり……という物語です。冒頭の入り方も肩に力が入っていなくて、引き込まれました。会話文も上手で魅力的。全体のバランスもよい。夢と現が入り交じる少し酩酊感のある雰囲気もよい。ただオチがない。けれど、気になる書き手です。

 

 拝読しました。とても面白く読みました! この投稿者さん、人物描写に「癖」がありますね。そして僕はこの方の癖が大好きでした。小説なんですが、漫画的な、人物の目や口の部分の表情が浮かんでくる……と申しましょうか。登場人物のことがなんだか好きになります。リドル・ストーリー的なオチだと解釈したのですが、それはしっくり来なかったです。またオチとは別の問題として、全体を貫くストーリーラインがボンヤリしてしまっているとも感じました。ただ、有望な書き手なのは間違いないです。

 

 全体を貫く軸として謎を提示してくださっていると思うのですが、その謎が小さいのが何より気になりました。しかしその他の点では、とにかく細かい描写が素敵でした! 何気ない描写が光る作品で、主人公の設定として、「幸せの前兆が多い」と据えていると思ったら、それに対して「ありふれた幸せを見つけられてない」とグサッとくる名言もよかったです。Tシャツの「I love ●●」のところもニヤッとしてしまい、さりげないけれどアクセントになる描写にセンスを感じました。作中作は、現状の原稿ではややわかりづらく、個人的には読みづらいなと思ってしまったのですが、視点が変わって小説上で事件を分析していること自体はとても面白かったので、もう少し整理されて改善されればよいのかもと思います。冒頭とラストを統一して物語を締めているのも好印象でした!  天さん、いかがでしたか?

 

 文章が作者の中から迸っています。一文が長いのですが、それが面白いのでどんどん読まされます。力の抜けた説明文や会話文が心地よいです。若い学生がひょんなことからこのアパートに、という設定もいいし、主人公ののんびりした性根も愛らしい。毎日生活するのって大変だ、ということをしみじみわからせてくれる素敵な作品……かと思いきや、一人の住人の失踪から思わぬ方向に話が転がり始めて驚きました。シリアスになるほどこの著者ならではの力の抜けた面白さが減り、リアリティが不足していき、どこかで読んだことがあるような展開になっていくのが残念でした。無理に派手なことを起こさなくても、自分の得意なことを突き詰めた方がオリジナリティは出るかと思います。また新作を読ませていただきたいです。全体に気が利いていて、いいなぁ、と。ずっと読んでいたい文章でした。

 

N    文章のセンスは、持って生まれたものですよね。個性があって素敵だと思います。

 

 無理に派手な事件を起こさなくてもいいんです。人物にとって重要なことであれば。今月の携帯代が足りないとか、意中の相手から電話がこないとか、同僚をランチに誘いたいけれどなかなか話しかけられないとか。大切なのは、それがその人にとってどれほど大事なことなのかを描くことで、この作者はそこを描ける書き手だと思います。

 

 アパートの住人の名前がもれなくお餅関係なのが可愛くてよかったです。 

 

 「あべかわ」とか「いそべ」とかかな。望月は餅つきかな。 

 

 かがみ、いそべ、まる、ずんだ、などでした。羽二重さんという人が登場して、「あ、羽二重餅ってお餅があるんだ〜」と予想できて面白かったです。

 

 めっちゃ好きやねんけど。ファンなってまうやん。伊坂幸太郎さんみたい。

 

 気がつけなかった……! ほっこり。

 

N    ぜひ次回も応募していただきたいです。次はラストで捻った驚きのあるものを読んでみたいです!

 

 続いての作品、巳さん、お願いします。

 

 ①物をつくる、謎をとく ②大橋他  ③私たちは、多くの物からできている。

主人公は作業効率を落とさず人件費を削るための工場の人員削減を提案し、現場に大いなる不満と怒りを与え、そのトラブルをきっかけに長期休暇を取ることに。暇を持て余し、母校に助教として勤める大学の同級生のつてを頼って、大学の研究室に潜り込む。研究室でのひと夏、学ぶこと、研究すること、考えることを描くミステリテイストな物語です。冒頭の、効率を重んじるあまり他者の人間性や職場の状況を無視して上から目線で他人とぶつかる視点人物の描写が、とてもリアルでよかったです。悪い人じゃないし優秀だけど、何かが欠けている感じ。きっとこの人がひと夏のうちに成長して、会社の人たちと和解する展開になるのだと期待しました(違いました)。休暇中に別の職を得ることができる点が気になり(会社で許可されるのかどうか、副業規定)、秘書として働くというのはちょっと違和感があります。畑違いの研究室で給料をもらえるような働きができるとも思えず、研究室にもその給料を支払う予算はないのでは。別の形で研究室に潜り込む方がよいと感じました。金属加工についての知識や教授の毎朝のクイズ(とその報酬)、学園祭の空気感なども興味深く、文章や作品の雰囲気がとても好きです。残念なのは作品の本筋がなんなのかがわからず、魅力的なディテールが書かれているにとどまっている点です。筋立ての面白さが欲しいです。助教の外見の美しさなどについて、それが物語に大きく影響していると思えず、むしろルッキズムを払拭できない印象が残りました。口調なども同様に個性付けとするにはややありきたりな印象。キャラクターについては工夫の余地がありそうです。また色覚異常や症候群などを安易に使っている感じがするのはいただけません。ラストに用意されたサプライズも唐突だと思いました。先行作品にシリーズ全体で同様の仕掛けをしたものがあり、それと比較して残念に思いました。この作品でデビューへ強く推すということはできませんが、書き手として魅力のある方だと思います。挑戦を続けていただけたらと考え、座談会に残しました。

 

 こちらは海が読ませていただきました。「日常に潜む化学の謎」を使っていて、親しみやすい内容、だけれど専門的な知識によって読み手の日常の景色が変わるようなお話で面白かったです。ですが謎がどちらも本当に小粒だったので、次は長編ネタの「化学ミステリ」(?)を読みたいです。休暇をもらって大学でお手伝いしているはず(ここ曖昧でしたよね)なので、企業と大学の対比をもっと上手く使えるはずですし、使うべきだと思いました。きちんと構成を整えれば、全体の軸となる箇所だと思います。また、何より冒頭がとっても面白かったです! 理論で「効率的な生産計画」について考えていたけれど、その提案が通らないとなると全力で走って逃げる、理論で戦っていたけれど体力勝負して打ち勝つ、というのが何だかよかったです。本当に「何だかわからない」カタルシスがあり、どこか石田夏穂さんの描写を思い出しつつ、純文学の掌編を読んだ気持ちになりました。

 

N    初めて小説を書かれた方でしたか? いわゆる日常の謎的なお話です。地の文章もセリフもこなれていて、スルスルと読めるセンスの良さが光っています。特に地の文が上手いのは、稀有な才能だと思います。最後が尻切れとんぼで終わってしまったことと、「それは推理しようがない!」という結末なので、驚いたけれどもっと伏線を張ったり、最後にもっと感情に訴えるような物語を膨らませることもできたのではないかと思うともったいないです。そして、障がいを扱ったエピソードはセンシティブなので安易に伏線の一つにすることはおすすめできません。私が好きだと思った点は「製品は製造機を上回ることができない」という専門的な事実と物語のエピソードを重ね合わせる所です。とても素敵だと思いました。他にどんな物をお書きになるのか、とても興味があります。 

 

 文章、良いです。うまいです。「休日にゴルフをしなくては動かせない現場なんてそっちの方がどうかしている」とか、最高ですね。作者と登場人物にいい意味で距離がありました。また機械や工具の描写はわくわくしました。ただリアリティのある会話や描写をされている分、「〜だわ」という語尾には違和感がありました。関西弁の「〜やわ」とはまた違う使い方をされていて。「〜よ」についても同様。「〜なのよ」と「〜だよ」が混在しているのも不自然に感じます。フィクションの登場人物の会話ではなく、周囲にいる実際の人たちの会話を参考にされた方が、著者の筆には合うかもしれない、と思いました。ラストのサプライズは悪くはないのですけれど、もうちょっと物語に関係させてほしい。せっかくいい小説なのに、最後に感動や意外性がなく、心が動かず、そこで終わり? となってしまったのが残念です。色覚異常についても、作品を構成するための道具として使われている気がします。

 

 ポテンシャルを皆が絶賛!

 

 作品の舞台は兵庫だったと思うのですが、関西弁を使っていないのはあえてなのでしょうか?

 

 ほんまや。せやけど関西人的にはあんまり気にならへんかったで。関西舞台にしてても標準語の小説けっこうあるし。 

 

N    構成をしっかり考えた読者サービスへの意欲は素晴らしいですよね!

 

 冒頭のワクワク感が個人的に今回読んだ作品の中で一番でした。また応募してきていただきたいです! 次の作品に進みまして、こちらもNさんよりお願いします。

 

N    ①まやかし ②六平一太 ③殺したのは人間か妖怪か、はたまた、まやかしか——。
「食べ物の美味しさを味わいたい」と願う主人公が、「一番初めに大切だと思えたもの」と引き替えに念願の舌を手に入れ、人間の世界をはなれ「まやかしの世」で生きる決意をする。そのまやかしの世で起きた不可能犯罪。殺人の嫌疑をかけられた主人公は謎を解こうとするが……というあらすじです。これで受賞、というわけではないけれど、座談会で他の部員に読んでもらいたいと思った作品です。雰囲気もたっぷりで引き込むセンスも良い。不可能犯罪に見立てた構造も面白い。ただ、トリック自体は「それがOKならなんでもありでは……」なので、ミステリを書ける人ではないのかもしれません。そこが受賞作として推せないポイントでもあります。講釈師のインサートがやや唐突ですが、一応回収はされるのでOKとしました。

 

 艶っぽい感じがあり、世界観も好きな物語でした。ただ、読みやすいのにわかりにくいという不思議な出来です。その場には誰がいて、何をしているのか。そのセリフは誰のものなのかをもう少しわかりやすくしてくれたらさらによかったのにと思いました。「誰がお藤を殺したか」が物語の一番の謎ですが、早い段階でオチが読めてしまう作りになっているので、それ以外の部分のミステリをもう少し丁寧に描いてくれたら、さらに評価は上がったと思います。ラストの部分ですが、いまいちわからなかったのですよね。誰と誰が同一人物だったのか。文章を素直に読むと時空を超えた自己愛ということになってしまい、物語の魅力が下がってしまうと思うのですが、これは自分の読み方が間違っているのでしょうか?

 

 間違っていないと思います! 海さん、どうでした?

 

 「まやかし」の世界の雰囲気の表現がとてもお上手で引き込まれました。こういう舞台や雰囲気が好きな方には堪らない作品だと思います! やや短めかも? と思ったので、もっと文字数を尽くして書いても、面白く読めるのでよいと思います。キョウが舌を得る部分の描写や、人間の世界を離れてまやかしの世で生きる決意をするところまでは、とても面白かったのですが、そこから事件が起こるまでがとても長く、作品の半分まで来たところでお藤が殺されるので、読者としては「何を目的に読めばいいのだろう」という気持ちになりかけてしまいました。また講釈師の挿入がある構成にしているからにはラストに何かあるのだろう、と思いつつ読んでいましたが、ラストに至るまでの挿入に何も伏線的なことはなく、この挿入のある構成が読みやすくはないだけに作者都合に思えてもったいないと思いました。回収されるラスト自体は面白かったので、調整していただけたらより面白くなると思います。

 

 キャラクター紹介と設定の説明に時間をかけすぎているのが惜しいです。もう少し説明を説明らしくなく隠す(物語を読ませる中で自然と読者に伝える)ことができれば、さらによかったように思います。キスケについての説明が少なく、著者が読者に何かを隠していることが伝わり、隠しすぎて逆に目立ってしまって読み進めにくくなっている。隠したいことがある場合、偽の設定を用意して、それを先に伝えておく方が読者はもやもやせずに済みます。キョウが話さない(話せない)理由についても、同様です。また魅力的な妖怪たちの外見の描写も、もう少しあった方がいい。みな会話文が似ていてどれが誰だかがわかりにくいので、会話でも個性を出してほしい。お藤の現実世界の最期については、こうはしてほしくなかった。安直だと思います。ただ! ミステリとして、真相は素晴らしい!! メフィストっぽいラストでした。高みを目指して描き切った、その志は最高でした。骨格はそのままでよいので、加筆したらめちゃくちゃ面白くなる気がします。

 

 おお、天さん激賞、ですね!

 

 風森章羽さんに読んでいただきたいなとちょっと思った。

 

 風森さん、とてもお好きそうな設定ですよね!

 

 文章と同じく世界観も作家固有のものだから、才能ですよね。ぜひ次回も応募していただきたいと思いました! 最後に読者の前に広がる光景が、今回読んだ中で一番魅力的でした。

 

 では今回最後の作品、土さんよりお願いいたします。

 

 ①彼女の終幕 ②九能式 尚 ③密室で鳴り響く音楽。探偵はたった一人で起きている
メフィスト賞らしい応募作が来ました。40字×40行で392枚! 上限を撤廃して久々の「鈍器本」になりうる作品です。人生で最も影響を受けた小説3作が綾辻行人さんの『十角館の殺人』、ディクスン・カーの『三つの棺』、エラリー・クイーンの『レーン最後の事件』というのもミステリ好き、メフィスト賞への意気込みの高さを感じました。孤島・巡島で行われる催眠実験モニターに参加する主人公たちが殺人事件に巻き込まれる、というストーリーです。参加者の一人が聴覚障がいを持っていて、音を使った催眠実験には不向きだということで実験対象から外れるのですが、彼女が探偵役となります。主人公はワトソン役の小説家志望の男子大学生なのですが、彼自身にも秘密があり、そこも明らかになっていくというものです。大長編ミステリを書き上げ、かつそれが一定レベル以上に達していると思いました。さらに読みやすさなども作品として丁寧に仕上げてくださっているので、それを評価しました。ただ、長い、長いのです……。ここまで長くする必要があるのかが疑問なのと、ミステリの鬼たちに、ミステリとしてのクオリティについて聞いてみたいと思いました。また「当事者性」についても悩むところではあります。当事者だから書けること、当事者だから言える意見というものがあると思うのですが、それをどこまでエンタメとして昇華できているかが難しいところだなぁと……。

 

 こちらは甲さん、いかがでしたでしょうか?


  〽︎孤島に 館 名探偵
〽︎嵐の夜に 事件発生
〽︎最高 最高

楽しく読ませていただきました。孤島で館で特殊設定のミステリです。作中で登場人物自身が、クイーンのドルリー・レーンシリーズを取り上げ、探偵論が探偵を縛る、というテーマを扱っています。著者ご自身の境遇・体験も踏まえて執筆されたと思われる聴覚障がいにまつわる描写は、込められた思いの強さがヒシヒシと感じられました。かなり「型」を意識した長編なのですが、トリックやロジックについてはあまり新奇性は感じられなかったです。また、催眠が重要なファクターとして登場するのですが、都合のいいマジックアイテムになってしまっていて、作中でのリアリティラインの急降下が激しかった。聴覚障がいにまつわる徹底的なリアリティを保持して描かれた作品にもかかわらず、“それ以外”の要素の考証・洗練に手が回っていないように感じられました。 総評としては「この人にしか書けないけれど、まだ練度が足りない!」となります。惜しい……僕からは以上です。

 

 甲さんがうたっている……! Nさん、どうだったでしょうか?

 

N    魅力的な設定、この方オリジナルで意味のある構造に興味を持ち、引き込まれるように読みました。聞こえないから催眠術にかからない、というある種の特殊設定を、使いきれていないところが非常に残念。作者のドルリー・レーン4部作への並々ならぬ愛や、それ以外の本格ミステリへの愛もビシビシと伝わってきました。ただ詰め込まれているアイディア一つ一つは面白いのですが、アイディアの繋げ方の強引さが気になります。有栖川有栖さんの言葉を借りるなら、骨はあるけど関節がない生き物のよう。大仰な本格ミステリの装飾と、中で起きている人々の動きが不釣り合いなんです。●と●の入れ替えトリックも強引かつ後出し感は否めず、追加の「隠された殺人」も、後出しが強引すぎではないでしょうか。語り手が献身的にこの作品を閉じることにも、作者がやりたい「美しい結末」があるのだと思いましたが、読み手としては納得、理解が追いつかず残念でした。語り手の過去の聾者との出会いはエピソードとしては魅力的ですが、物語には特に必然性はないかもしれません。魅力的な場は用意できるものの、ミステリが書ける人だとは結果的に思えなかった、というのが正直な感想です。

 

 あまりにもオマージュがすぎるというか、借りてきた設定と事件で作りすぎているというか……。メフィスト賞は一作家一ジャンルなので、著者の内側から出てきたオリジナリティを大事にしていただきたいのです。著者がこれまで読んできたたくさんのミステリを寄せ集めてコラージュ作品にしたような内容と文体に思えました。ライオンと蛇とヤギを集めてキメラを作っても、それはそのまますぎる。どうせならゴジラを作ってほしかったです。聴覚障がいが各要素の接着剤としてあるのですが、通奏低音的テーマには至っていない。『オルファクトグラム』のように、このテーマであれば、この設定しかありえない、というところまで突き詰めて書いていただきたかったな、と……。また会話は現代的で読みやすいものの、やや品性が足りないように感じました。筆と作品が合っていない印象です。もしくは、筆の選択を間違えたということになります。本格は品格だ、とよく言います。こういったミステリを描かれるのであれば、品格も大事にしていただきたいです。誇り高さ、気高さ、孤独、哀切、狂気を、もっと書いてほしい。

 

 こちらで9作品、すべて議論し終わりました! 今回は受賞作は出ませんでしたが、『アシェフの日記と魔法使いヴォイジャに関する考察』の松舘峻さん、『信長インペリオ』の稲葉大樹さんに編集部よりご連絡させていただこうと思います。

 

N 今回もたくさんの投稿作を送っていただきありがとうございました! 本当に9作品それぞれ、個性が光る作品ばかりでした。受賞にはいたりませんでしたが「この方の次の作品を読んでみたい」と思うことも多かったです。ぜひ次回のメフィスト賞にもお送りいただけたら嬉しいです!

 

 応募総数が増えた分、規定枚数に足りないものや40字×40行のフォーマットになっていないものも散見されました。梗概も参考にしています。あらすじやキャッチコピーまで記載をお願いします。

 

 今回読ませてもらった作品、一文目から誤字脱字がある原稿も多かったです。応募する前に一度自分の作品を読み返していただきたいですね。 その他、応募フォームの原稿規定をご確認の上、応募をお願いいたします。そして最後に、第65回メフィスト賞受賞作が、先月5月15日に発売となりました! 担当の土さんから一言お願いいたします。

 

 ちょうど1年ですねぇ(しみじみ)。では宣伝を。『死んだ山田と教室』が絶賛発売中です! 歴代のメフィスト賞先輩方に激アツの帯コメントをいただくことができて嬉しかったなぁ。『山田』は受賞の時点で最高に面白かったのですが、1年の改稿を経て、さらに魅力的な物語になりました。著者の金子玲介さんの努力に報いるべく、多くの人に届けようとプロモーションにはこれでもかというくらい力を入れました。2週間かけて書店さん訪問をしたのですが、皆さんとても好意的で、本当にありがたかったです。「日本一注目される、日本一受賞作が売れる新人賞はメフィスト賞です!」と声を大にしていいたいですね。次回の座談会でまた素晴らしい作品に出会えること楽しみにしています!

メフィスト賞2024年下期座談会は、8月末日受付までのものが対象になります。

どうぞよろしくお願いいたします!

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