第3話「恋愛も情も3密下で生まれるから」
文字数 4,315文字

一年の休学を経てようやく社会人になったものの、会社に出勤したのは4月1日だけだった。
そそくさとした数時間のうちにマスク姿で軽く挨拶を交わしただけの同期たちと、連日Googleのハングアウトを繋ぎ、実家で黙々と研修をこなしている。いわゆるリモートワークだ。
編集者になりたかったわたしにとって、今の会社の仕事はやりたいことかと言われるとそうでもなく、面接官の人柄で選んだだけの場所だった。
しかも些細なことで軽んじられたと激昂し消耗するわたしにとっては到底向かないであろう営業。
だからこそ先輩の人柄に期待してる部分は大きく、彼らの普段の振る舞いを見習い、ガンガンに稼いでやろうと思っていたのに、まさかのこのザマだ。
コロナでろくに外出もできず、稼いでいるらしい先輩たちの仕事の仕方や人となりを知ることもほぼできない。肩と腰を痛めながらすっぴんでパソコンに向かうだけの日々だ。
液晶越しに並ぶ同期の顔をかれこれ3週間ほど見ていれば、彼らに対しせめてもの好意が湧き、この無味乾燥な日々も多少ましになるだろうと思っていたけれど、想像以上にだめだった。またこの顔か、としか思えない。
連日ともに課題をこなすメンバーはわたしを含めた6人で固定されているのだけれど、5つの四角に区切られた液晶のなかで動いたり喋ったりする彼らを見ていると、なんだか水族館の魚を見ている気分になってきて、この人たちは本当に存在しているんだろうかと思ってしまう。
存在してるに決まってんだろ、失礼だな、と思いつつも、なんでか液晶越しというだけで彼らが血の通ったひとりの人間であるという事実がすんなり入ってこない。
彼らに対する好意がなぜか一定のラインを超えられない。
仕方ないので、課題が終わってからの空き時間はぬるっとした会話をしながら、微妙に画質の悪いハングアウトのおかげで眉毛を描いただけでも妙に盛れてる自分の顔を見て、自分のポテンシャルの高さを褒めている。
ナルシストではなく画面上に見ていたいと思える人が誰もいないから自分を見るしかないのである。
8kのテレビに映るのを恐れる芸能人の気持ちも、今ならわかりそうだ。まさか令和にもなって画質が悪いことに感謝する日が来るとは。
こないだはオンライン飲み会もした。
浅く楽しく笑え、同期ともそれなりに打ち解けたものの、今以上に彼らを好きになることはなさそうだと、その数時間でこれまでよりも強く思い知らされて、悲しくて仕方なかった。
画面越しで新たに出会う人たちをわたしは決して嫌いにならない代わりに、誰ひとりとして好きにもなれない。
液晶を挟むだけでなぜか好意が平均化されてしまう。芸能人相手なら液晶越しでも見れば見るほど好きになるのに。
いつもだったらわたしは集団のなかの数人だけに強い好意を抱いて、その人たちとだけ飲みに行ったりお昼を食べたりして時間を共にしていたと思う。
生理的に無理な人、なんとなく苦手な人も一定数いて、どうでもいい人が大半のはずだった。
割合で言えば、1:2:7。
その1割を見つけるために集団に属する意味はあると思っていたのに、それが今や、全員がどうでもいい。0:0:10。
誰に対しても強い感情が抱けず、よって彼らを差別化できず、おまけに会社そのものに対しても親近感が湧かない。超他人事。
リモートワークにしてくれる会社の決断に対する、ヨッ!あっぱれ! という気持ちはあれど、頑張ってガンガン稼ぐぞ……! という入社前の心持ちは消え失せてしまった。
朝礼や夕礼時にもらえる上司や先輩からのありがたいお言葉や日報へのコメントも、知らない人間からのありきたりな言葉としてしか見れず、へーーまあそれもそうやな、ぐらいの軽さで流してしまう。
コロナが猛威を奮っている今、研修が終わればこのままリモートワークで先輩の営業に同伴したりするらしい。なんだそれ。超いやだ。
新卒一年目が大事、行動量がモノをいう、みたいなのをわりと信じているため、その分出鼻を挫かれた感が半端ない。
外出自粛にリモートワークのままだと、わたしの人脈はこれ以上広がらない、間違いなく止まる。
リモートワークの必需品となるハングアウトやzoomなどのビデオ通話は、人間関係を構築するにおいて本当に使い物にならない。
相槌のタイミングも難しいし、画面の情報量が多すぎるわりに肝心の鼻は効かないし、全然快適じゃない。その人の匂いも雰囲気も本心もわからない。
ただ、お互いの部屋が物理的に回線でくっついてるだけで、それ以上でも以下でもない。これなら通話だけの方が幾分かましだ。
リモートワークが続く限り、おそらく恋愛もできない。
コロナがある程度落ち着いたら、居酒屋やバーに飲みにいく文化も復活するのかもしれないけど、この人と今夜過ごすことでコロナにかかるかもしれない…! という死の不安を恋愛のときめきと同居させながら飲める? 無理では?
ある種の吊り橋効果になったりするのかもしれないけど、大抵はそのハードルを乗り越えられず、これから生まれるはずだったいくつもの恋が死んでいくはずだ。恋愛なんて3密下で生まれるようなもんだし。
コロナで自粛中の今、既にピリオドを打つことになってしまった恋愛がいくつもあるみたいだし、この人からなら感染してもいい、なんなら万が一死ぬことになってもいい、と思える相手としかもう飲めない。
しかしそれはそれで、無駄のないもの、本気のものしか残らないので、逆にいい気がするけど、でもやっぱ軽率に恋愛したい、軽率に人を好きになりたいし、影響を与え合いたい。
ハーバード大の研究者が言うように2022年まで現状のような社会的距離政策が必要になるとするのならば、わたしの人生はあと2年は停滞することが確定している。
家族以外の生身の人間ともろくに会えず、会えるはずだった魅力的な人間たちとの時間も失われ、他者と触れ合い傷つけ合ってきたことで移り変わってきたわたしの思考回路は、このコロナ期間の間におそらく劇的な変化を遂げず、貴重なこの時期から、一時停止で歳だけ重ねる。
失われた2年。地獄だ。緩やかに続く地獄。
なんのために仕事を頑張ればいいんだろう。国にもがっかりしてばかりで、まじでなんなんだ。
新しい文明なんて望んでなかったのに、コロナのせいで強制的に次の世界に行かされてしまう感覚。そんな異世界転生ものみたいな展開は望んでいない。
落合陽一の動画で(社会人になるわけだしと思い、最近NewsPicksを見始めた)、慶應大学の宮田裕章教授が、「コロナが来る前に見ていた未来とはもう違う世界が来てしまった」と言っていた。
正直今の打撃はすごくても、世界はきっと緩やかに少しずつ元に戻れるはずだと期待していたから、落合陽一を始めとした先見性の塊みたいな人たちがそう言うことが、ものすごくショックだった。
その教授はこうも言っていた、「諦めるわけではないけど踏み出す覚悟を決める」。
その動画に出演してた他の人たちも、前よりも希望を感じる、素敵な感じがする、と言っていた。確かに素敵なことだとは思う。
これまで以上にオンラインでのやりとりが増えていくなかで、オンライン診療や教育の発展とか、仕事ができないくせにのさばってる上司や無駄な会議の消滅とか、地方の活性化とか、いいこともめちゃくちゃあると思う。
でもそれは情報社会で正しい最先端の情報を意欲的に掴むことができる生活基盤の整った余裕のある人たちだけが持てる大きな視点であって、これまで目の前の生活にしがみついてなんとか生きてきた人たちはふるい落とされてしまうんじゃないか。
わたしはそこまで先見性もないし賢くもないからわからないけど、親にクレジットカードを勝手に作られてブラックリストに入れられてしまったフリーターの友人や、これまでのバイト先の居酒屋やパチンコ屋で出会った朝も夜もなく働いているシングルマザーの彼女たちはこの先どうなっていくんだろう。
クレジットカードを作れない友人は、あの便利なモバイルSuicaですら使えないのだ。
わたしだって他人事じゃない。
AIとかロボティクスとか、すげえ、となるものがわんさか出てきたとき、わたしはその流れに乗れるんだろうか、生き残れるんだろうか。
落合陽一は文化を発展させればいい、みたいなことも言っていたけど、今後人とのリアルな触れ合いが過少になってしまったとして、その子どもたちが人の心を動かすようななにかを生み出せるのだろうか。
これからの下の世代はどうなっていくんだろう。
そのときわたしは、若者たちがつくる世界から取り残されてしまわないだろうか。わたしが一番嫌いな、昔だけを見つめ現状に文句を言うばかりのカチコチの頭の老害になってしまわないだろうか。
怖い。
楽しみとか以前に、やべー時代に生きてしまっているな、という震えがある。こんな激動の世の中を生で見れるのは、ある意味ついてるのかもしれない。というかそう考えないとやってられない。
現実は、たいした金もなく、素敵な店が営業難になっていくのを見つめることしかできないし、医療従事者たちの悲痛な声をネットで見てなるべく家から出ないようにすることしかできないし、一人暮らしだったら精神的に死んでいるような日々の繰り返しだ。
だけど、銀髪がイケてたあの教授の言うとおりだ、「諦めるわけではないけど踏み出す覚悟を決める」。
これから先ビデオ通話で契約をゲットできるかわからないし、好きな人たちと次いつ会えるかもわからないし、大切だった場所や娯楽が軒並み消えてしまうかもしれないし、ていうかそもそもコロナにかかるかもしれないけど、それでも踏み出す覚悟を決めなきゃいけないんだな。
今はただ引きこもって沈みゆく泥舟みたいな国で黙々と未知の生活をするしかない。
★次回は5月22日(金)に公開予定です!
こみやまよも
春から営業として働くこじらせ女子。
好きな人は、いくえみ綾とoyumi。
就活でことごとく出版社に落ちたのを根に持っている。