第8話  男がまつげビューラー使う話で露呈した、私の多様性の器

文字数 3,327文字




男の友人が、「ビューラーしてみよっかな」と電話越しに言ってきたとき、えっビューラー? と叫んでしまって、後悔した。
まつげ、上げんの? とか、一瞬でもそう思ってしまった自分が嫌だった。

あ、いや俺ほら目一重やから。あ、そうかなるほどね。
このやりとりだけなのに、明らかにアーーーー違和感じゃんこれ、と感じるようなぎこちなさが生まれ、知り合ってから5年目にして、久々に取り返しのつかない反応をしてしまったんだと、悲しくなった。
そして所詮わたしの「多様性」なんてこんなもんなんだとちょっと呆然とした。

近年のジェンダーや外見その他諸々にまつわる世間の思考のアップデート。
その流れに違和感を感じる世代でもないし、男女問わず恋愛観や外見なんて好きなものでいいのでは? というのがわたしの基本スタンスだった。
化粧もそのうちのひとつで、女の化粧と同じように男性も楽しめればいいのにね、という意見だった。

大学生の頃、身近で化粧をしている男もいたのだ。
書店でバイトしていたときに知り合った同い年で、ものすごくお洒落とか美形とかでもなく、文房具とカードゲームが好きな普通の人だった。

気持ちの悪い褒め方ではなく、女の友人のように、今日の化粧いいね!可愛いね! と褒めてくれる人でもあった。

ある日寝不足で肌の調子が悪いんだよねえとかなんとか話してたら、彼がさらっと言ったのだ。
「わかる、俺も調子悪い日コンシーラーとかファンデ塗るで」
感動。この一言に尽きる。
インフルエンサーでもモデルでもない一般の男子大学生も、コンシーラーやファンデーションをつけるんだということを初めて知った。
男性の美容については、「化粧水や乳液をしっかり付けるようになった」ぐらいしか身近では聞いていなかったけど、こうして自分のコンディションをベストに近づけようとする男の子もいるのか。
いやもう仲間じゃん! という気持ちが溢れて、嬉しかった。

そのときは、過剰反応しないように感動を臆面に出さず、あ、そうなんだやっぱいいよね化粧、と返した。
特別なことでもなんでもない、という反応をした方が彼としても気が楽かなと思ったのだ。
自分の気分を上げるために化粧を施すのは男女関係なく素晴らしいことだし、強要するわけではないが化粧したい人はしたらいいよね、とふたりして頷き合った。

さらに近年は所謂デパコスと呼ばれるようなブランドが男性モデルを起用し始めていて、なんて素敵なのか、ブラボー!と拍手したい気分だった。
男なのに、とか、男のくせに、とかしょーもないことを言う人たちも世の中にはいるけど、わたしはそんなつまらないことを言うような人間じゃない。だから何事においてもジェンダーレスになっていくのは素敵なことだ。
本気でそういう姿勢でいたつもりだった。

しかし実際のところ、わたしの意見は単なるSNS越しでの感想とわずかな経験からのものに過ぎなかった。
SNSに流れてくる化粧を施された綺麗な顔の男性モデルたちを見て、安易に心のなかでいいね! を連発していたけど、「化粧をする男性」のことを実のところ、身近な男性に置き換えて想像できていなかったと見える。

「男性の化粧? いいじゃん素敵じゃん!(ただしベースメイクやワンポイントメイクに限る)」
「男性も化粧を楽しんで何が悪いの?(ただし芸能人やモデルばりの美形に限る)」

情けねーー。
こういう自分勝手なルールに則っていると判断した男性の化粧だけに、いいね! 最高だね! と思っていたんですねわたしは。
なんて浅はかなんだろう。
書いてて情けなさすぎて恥ずかしくなってきた。でも戒めとして書きます。

そのルールには、実はまつげが上がってるか否かも含まれていることが今回判明した。
これがカラーマスカラ(ビューラーなし)なら問答無用で、イケてる! 装苑みたい! いいね! と背中を押していたに決まってるのだ。容易に想像ができる。
ただのマスカラで黒く伸びたまつげでもグリッターで光り輝くまつげでもべつに構わない。
まつげへの化粧という部類でも、基本的にビューラーを使っていなければ素敵と思うのだ。

で、それはどうやら「まつげを上げる=可愛らしさの強調、女らしさの強調」という思い込みからきているらしい。
どこかで勝手に、あのくるんとしたカーブは女の特権、ないしは女性性の誇示だとか無意識に思ってるんだろう。
男性型の美形ドールのまつげが上がっていると、素晴らしすぎる…… なんて美しいんだ……となるけど、結局それは現実の男性とはかけ離れた芸術品としての評価だ。

長いまつげの人間は男女問わずセクシーだし素敵だと思うくせに、一般男性のまつげが上がってるか否かで受け入れられるか否かの一見細いようで強固な線引きがわたしのなかにあるのだ。
そんなの、男性陣は男らしさを保ちながらわたしが気に入る範囲での化粧を楽しんでね、と言ってるのと変わらない。何様だよ。女のまつげが上がっていても下がっていてもなんとも思わないくせに。

彼はいつもわたしの突拍子もない欲求や告白に平温で、いいやん面白いやん、やってみいや、とか言ってくれるのに、わたしは自分の無意識のルール下にないものに過剰反応してしまった。まあわたしのような反応が人としては普通なのかもしれないけど。

それでもやはり後悔と自己嫌悪は肥大化してしまい、通話を終えてから己の愚かさに頭を掻きむしった。
女の友人がビューラー使おうかな、と言っても、使いな買っちゃいなビューラーはいいぞ、と布教するだけなのに、相手が男になった途端、理由を求めてしまうのはださすぎる。
せめて、どういう心境の変化?とか、そういう聞き方ができればよかった。
えっなんで男なのにビューラー使うの? という文脈だった、あれは。

彼を傷つけてしまったかもしれないことも申し訳なかったけど、なによりも自分の器の小ささがショックだった。
わたしの持ってる「多様性」なんて、経験してきたなかでの返答、予測のつく範囲、液晶越しでの肯定でしかないことはなんとなくわかっていたけど、想像よりもずっと底は浅く、キャパは小さめだった。
そんな莫大な大きさを誇っているとは思っていなかったけど、せめてサラダボウルぐらいのサイズ感はあると思ってた。実際は茶碗とお猪口の間ぐらいだと思う。小鉢とか。

次の日におすすめのビューラーとまつげ下地を紹介し、そこからさらに一週間ぐらいして謝罪の電話をした。
全然気にしてなかったねんけど、と友人は笑っていて、だけどあの一言があの反応がしこりになる人もいるだろうし、新しい選択を奪ってしまいかねないと思うと、怖い。

そもそもなんで彼がビューラーを使ってみようかと思ったかというと、職場の40代女性にまつげが長くて羨ましい、ビューラーとかしてみないの? と言われたことがきっかけらしい。
世代なんて一切関係なかった。素敵なことを言える人だ。
それに比べてわたしは…… とまた軽く落ち込んだ。

自分の予想範囲外の欲求や告白に対して、えっなんで、とかいう不躾なくそワードはなるべく使わないようにするというのが今回の自省である。
まあ実際いろんな人を目の当たりにしないと自分の心がどう反応するかなんてわからないけれど。

それでも液晶越しに都合のいいところばかり見ていいね!と思うだけじゃなく、身近な人間のどんな告白や呟きもなるべくフラットに受け止めたい。
そしてゆくゆくは小鉢からサラダボウルぐらいのキャパにしていきたい。

自分の持っている「多様性」なんてめちゃくちゃ限られていて本当にあてにならないということを胸に、明日からも生きていこうと思います。完!


★次回は12月22日(火)に公開予定です!

こみやまよも
 春から営業として働くこじらせ女子。
  好きな人は、いくえみ綾とoyumi。
  就活でことごとく出版社に落ちたのを根に持っている。

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