Season 2 第6話「ニュース」

文字数 7,413文字

矢部嵩さんによるホラー掌編『未来図と蜘蛛の巣』。挿絵は唯鬼さんです。

 *

 シュガーとテッサは十三歳でお互いのことが好きだった。代わりばんこに告白をして付き合うことになったんだ。
 恋というのはありふれているね、ありふれていても恋は恋だね。テッサを家まで送り届けて帰って寝て朝目を覚ましてから、自分がテッサの恋人であることを布団の中で何度もシュガーは確認した。頭がおかしくなったんじゃなきゃ(可能性はあった)テッサの方でもシュガーを好いてくれているみたいで、今すぐ死んでも構わない気も、全てがこれからなんだという気もした。
 外に出ると町並みも人もまるで違って見えた。苦手な体育も午後の授業もみんなテッサと関係がある気がした。放課になってテッサと話すと似たようなことを彼女の方でも考えていたみたいで、それだけのことで嬉しくなってシュガーは両手が温かくなった。気付かれないことが不思議だと真っ赤な顔のテッサはいっていた。「こんなに昨日と違ってるのに私たちなぜニュースになってないんだろう?」
 周囲の人間は二人の変化に気付かないみたいだった。二人は二人のことを家族や友人に打ち明けないでおくことにした。学校での二人もそれほどに目立つ人間ではなかったし、知られることで聞こえる声より一つでも多くの秘密を二人の間に作りたいと思った。テッサを家に呼んで両親に紹介したいと考えたこともあったけれど、人見知りのテッサが抵抗感を示したのでシュガーもそれで諦めることにした。
 休みの日にはスパイになって田舎の道の角で落ち合い、誰もいない道を歩いて学校では出来ない話をした。知らない自転車が通るとそっぽ向いて距離を取り、川沿いに出ると近寄ってわざと大声を出した。秘密のなかった二人にとってばれないように生きていくことは新鮮なことだった。「熊に会いたい」岩場で素足を乾かしながらそういうことテッサが口にし、それを聞いてシュガーは思わず唸らされてしまった。今までそんなこと考えもしなかったはずなのに彼女の口から聞くとなるほど自分も会いたいかも知れないと思えることが不思議だった。「でもテッサ、熊には勝てないかもよ?」
 テッサと出会う前のシュガーはソファで読書するのが好きな少年だった。買い物も好きだし山や川を歩いて鳥や虫を見ることも好きだった。好き嫌いもあまりなく出された物なら何でも食べた。苦手なのは物事に順番をつけることぐらいだった。だいたいのものがうっすらと好きで色んなものが大切であるように思われて、持てるものなら全てのものを損なわないままに抱え続けていたいという風に感じていた。捨てるべきものとそうでないもの、守るべきものと踏みつけて構わないものとの区別を自分の中で上手く引きかねてしまい、それで人から怒られることもあった。テッサと会ってからシュガーはとてつもなくシンプルだった。テッサのことを何より一番に考えることが出来たし、彼女の喜ぶことなら何でもやろうという風に考えていた。色んなものが好きな気持ちにも折り合いをつけられるようになっていた。テッサといるとシュガーは花も虫も平気で踏んで歩くことが出来たし、彼女と付き合ってからシュガーは本を読んでも面白く感じなくなった。
 穏やかな気分でシュガーは自転車を漕いだ。新品の空、青移りした雲、日差しを見る度赤く目が焼け、休日にハイキングに出た二人は少しずつ少しずつ人のいない領域に近付いていた。山のふもとで自転車を脱いで競走しながら二人は丘の上を目指した。レジャーシートをシュガーが広げて二人して倒れ込み、下にいたバッタや蛙や芋虫をぐちゃぐちゃに押し潰した。
 二人で野鳥を観察しながらテッサといればどこで何をしていても楽しいということをシュガーが告げると、双眼鏡を覗くテッサの横顔が少しだけ沈んだように見えた。
「うーん」頬杖つくテッサの額やはねる毛先をシュガーは見つめていた。「私も今とても楽しいよ。でも本当はちゃんとあるの。二人で出来たら楽しいんだろうなってこと」
 学校でのテッサはオーラのある利発な女の子だったが、二人で会うと物思いに沈んだり時折何かで挙動不審になるようなことがあった。本当の彼女という概念について打ち明けたい何かがテッサにはあるらしく、一方でそれを知られるよりも克服してしまいたいとも思っているみたいだった。テッサはシュガーと違い二人でいると複雑になるものがあるみたいだった。そういうことを考えながら自転車を押しつつシュガーは家路を辿り、帰宅すると待ち構えていた両親に破った門限について怒られてしまった。
「あなたあの子のことが好きなの?」テッサといるところを誰かに見られたらしくそういうことを母親が訊ねてきて、二人の秘密が失われてしまったと知り少しだけシュガーは胸が痛くなった。興味津々な弟妹を子供部屋に放り込んだ後、両親はシュガーを挟んでソファに座り話し合いを求めてきた。二人の語るテッサの家についての評判はシュガーにはよく理解出来なかったけれど、秘密はいいが噓は吐かないで欲しいという母の言葉には素直に反省を覚え、謝罪の言葉を自分から口にしていた。体重を掛けて母親の首を折り父親の頭をゴムハンマーで砕いたのもなるべく苦しまないようにしようと思ってのことで、両親の死を知ったら悲しむと思ったので寝ている弟妹もクッションで窒息させた。
 殺した四人を毛布に包みガレージに運びその夜はいったん寝た。起きてからシュガーは死体の排泄物を処理し、やることを探してからテッサにメッセージを送った。「両親を殺しちゃった」
「すぐ行くね」テッサから返信があり、三時間後テッサは実際にボストンバッグを抱えてシュガーの家の玄関の前に立っていた。おしゃ着のテッサは案内されたガレージで死体と対面し、毛布の数に気付いて大きい声を上げた。「弟も妹も!?」
「そうなんだ」生きている時は嫌がられたが相手が死体だとテッサは人見知りせずに済むみたいだった。こうなった理由を訊かれたので簡潔にシュガーは事の次第を聞かせた。
「私のためにしてくれたのね。ご家族のこと好きだったのに」「死んでても好きだよ」「フーム」「テッサが一番好きだよ」「ありがとう」テッサは照れた。「これからどうする警察とか行く?」
「うん」頷きつつテッサにもう会えなくなることは嫌だなとシュガーは思った。「裏の畑に埋めちゃおうかな」
「駄目だって!」強い語気でテッサは反対し今後の選択肢を増やすため死体を解体することを訴えてきた。道具ならあるといって実際にボストンバッグからどでかい工具箱を取り出してみせた。「まず町まで買い出しに行こう。先に二食分くらい食べ物を作っておこう!」
 ガレージにはシンクがあり小さい頃遊んだビニールプールも転がっていて、円いプールをポンプで膨らませその中で二人は両親を解体した。おしゃれを脱ぎ捨てるとその下にテッサは水着を着込んでいて、彼女の準備に驚かされながらシュガーは父親の腹にナイフを入れた。腹圧に押されはらわたが飛び出して子供プールが一瞬ではらわた一杯になり、ほかほかの湯気と油膜の血の海の中シュガーが内臓を引き出し、テッサは母親の血抜きを行った。
「医者志望なの?」テッサに訊ねると血まみれのテッサが笑って否定した。「そんなわけないじゃん!」テッサは何だか楽しそうだった。
 死体は骨と肉とに分けて細かくした肉は畑に撒くことにした。鳥が来たけれど雨になったのでひとまずその日は目立たなかった。骨はチップにした後増水した裏の川に流した。大人二人の分別が終わる頃にはシュガーもテッサもくたくたになっていた。
「死体の解体とかが好きなの?」夕食の時にそういうことを訊くとテッサは笑って恥ずかしそうにした。「悪趣味なの私。幻滅した?」シュガーにとっては思いもよらないことだった。死体の処理に恋人が興味を持っていたお陰で自分は今両親を遺棄することが出来たのだと思うと、テッサがいてくれてよかったという思いしかなかった。「死体が好きなの? 解体が好きなの?」
「どっちもかな」
「どういうとこがいいの?」
「あんまりちゃんと考えたことない」テッサは笑って肩を竦めた。「私自分のこと嫌いなの。好きだから好きでいられたら最高じゃない?」
 弟妹の整理が終わる頃には一週間ほど経過していて、テッサと二人でこんなに長く過ごしたことはなかったのでいつか彼女と結婚したらこんな風だろうかということを心の中でシュガーは思った。かばんに詰めた骨を放流し手をつないで二人は帰った。「お疲れテッサ本当にありがとう」
「もうずっと家に帰ってない私」テッサが目を細めシュガーを見て微笑んできた。「怒られちゃうかも知れない。一緒に家までついてきてくれる?」
 道中寄り道して郵便配達の老人を殺したのでテッサの家に着く頃にはすっかり辺りが闇に沈んでいた。自分たちとは違うということをシュガーの両親はいっていたけれど、どちらの家の両親も体組成的には似ているものがあった。
 キッチンに倒れて動かなくなった両親を見てもバスルームに溢れる血と内臓を見てもテッサの反応は淡泊だった。シュガーの家族を解体していた時ほど楽しそうにはシュガーには見えなかった。楽しくないのか気になってテッサの横顔ばかりシュガーは見ていたけれど、テッサの方でもシュガーの様子をちらちら横目で見ていることに気付いた。付き合わされるシュガーが本当に楽しんでいるか気になってはめを外せないでいるみたいだった。反省しシュガーはテッサに質問をぶつけた。「眼球っておいしい?」
「病気なるよ」
 テッサがそういうのでシュガーは彼女の父の右目を口に吸い込んだ。「馬鹿馬鹿!」叫んでテッサがシュガーの顔を掴み、シュガーが真顔でとぼけていると堪え切れなくなってけらけら笑い始めた。「何で?」
 テッサに出会う前のシュガーは殺生の経験がほとんどなかったし、テッサも犬猫くらいで人間を殺すのは初めてだといっていた。テッサの趣味のことはそれまでは知らなかったので、二人はそれと知らず互いを好きになりたまたま相手の性質を受け入れることが出来たみたいだった。ただのまぐれなのかもしれないけれど、過ちや秘密を受け入れ合える相手とこうして巡り会うことはどれほどの確率なのだろうと思った。「君を好きでよかったよ」シュガーがそういうとテッサは無反応に寝たふりをして、しばらくしてからバタ足でシュガーの脛を蹴ってきた。
 二人は殺人鬼ではなかったので目撃者を消してからは一緒にいる時間を大切にした。家を訪ねた者や二人を見た者、誰かに秘密を知られた時だけ殺しや証拠の隠蔽を行っていた。警官はなるべく夜道で闇討ちするようにした。
 殺した先生を血抜きしているとガレージの外で落ち葉を踏む足音がして、窓から覗くと目が合ったので相手の顔めがけてシュガーは持っていたハンマーを投げつけた。顔面が陥没し男の子がばったりと倒れ、残りの二人が一目散に畑の向こうへ駆けだしていった。男の子三人組の内一人はテッサが追いついて喉をかき切ることが出来たが、最後の一人の眼鏡の少年には川向こうに逃げ切られてしまった。「近所とは思うけれど」とテッサがいった。二人とも相手の素性を知らないみたいだった。
「今ならまだ引き返せる」男子の頭蓋をハンマーで砕きながらシュガーはテッサに語った。「僕は自首するから君は知らんぷりしたら?」
「あなただけずるい!」芋ひくシュガーをテッサが叱ってくれて、そんな風にいってくれるのなら頑張ろうとシュガーの方でも思うことができた。
 テッサの家の小さい納屋には鹿撃ちの猟銃とか散弾銃、護身の拳銃や自動小銃などがコンテナ一杯に蓄えられていて、それらをリュックやバッグに敷き詰め箱の銃弾をマガジンに詰め換える作業に二人でいそしんだ。今日パーティーがあるのだとテッサが口にした。テッサと二人でパーティーに出かけるなんてとシュガーは思った。
 ばらした死体に石灰をかけてピックアップトラックに乗り込み二人は夜の道を駆けた。森をえぐる暗い夜道には轢かれた犬の脳みそがぶちまけられていた。分厚い雲の夜の底を走り住宅区の入り口でシュガーは車を停めた。チャイムを鳴らすと同じクラスのオリビアがぼうっとした目で二人を出迎えた。「テッサじゃん。どうしたの?」
「誕生日おめでとう」テッサが喋った。「あなたの弟に会いに来たの」
「弟って?」「眼鏡の彼よ」「弟いないよ。サンディと間違えてない?」サンディなら来てるよといいオリビアはけらけらと笑った。佳境のパーティーではドラッグが提供されているみたいだった。「あなたたち付き合ってるの?」
 二人が否定しないとオリビアは目を見開き祝福をしてくれた。「おめでとう。ついにいったのね! ずっとやきもきしてたんだから」テッサが散弾銃を撃つとオリビアの顎から上が吹き飛んで、吹き抜けにある吊り照明に引っかかった。
 シュガーとテッサがリビングに行くとオリビアの家族やパーティーの参加メンバーが手に本を持ってソファに重なったり床の上で蕩けたりしていた。読むドラッグの影響で全員がトリップしているみたいだった。
「テッサじゃん」「久し振り」「後ろはシュガー?」「付き合ってるの?」「ワーオ」「よかったねテッサ」「ついに行ったか」「学校来なかったけど駆け落ちって本当?」
 祝福を口にするクラスメイトの頭部をテッサは吹き飛ばし、ソファの上で一人がひっくり返り後ろの壁に血の花が咲いた。全員が大笑いし拍手をしたり指笛を吹いたりし、ドラッグの影響で恐怖は感じていないみたいだった。シュガーが質問をしたがどの子も弟も二人の家には来ていないみたいだった。「行くわけないじゃん!」
「皆ずっと応援してたんだよ!」ぽろぽろ泣きながらサンディはいった。「クラスで協力して何度も二人っきりにさせてたの気付いてなかったでしょ!」サンディの涙を見ながら二人だけの秘密は最初からばれていたんだと知り、シュガーはちょっとやりきれない気分になった。テッサが押し黙ってショットガンを下ろしてしまったのでシュガーがクラスメイトの頭を打ち抜いていった。シャンパンのように泡を吹く者、痙攣し脳を撒き散らす者、皆がおめでとうと口にしながら撃ち抜かれていった。オリビアの家族も順番を待って笑いながら読書を続けていた。
 パーティーメンバーを仕留めた後区画の家を一つずつ訪問したが眼鏡の少年は結局発見出来ず、仕方ないので山に火を放り役場を襲って放送設備をジャックし学校に避難してきた近隣住民を体育館に閉じ込めて二人は蒸し焼きにした。泣き叫ぶ住民の中に件の少年を見つけられないかと思い、双眼鏡で探したけれどシュガーの能力では見つけられなかった。
 脱走者を掃討するうちに夜が明け体育館も焼け落ち、焼死体を検める内に二人ともくたくたになってしまった。二人きりいる時は何をしていても楽しかったけれど、二人で他人と関わる時は同じようには行かないみたいだった。
「肩痛い」助手席でテッサが呟いた。「耳も籠もる。イヤホンつけて撃てばよかった」
「悪趣味っていうの嘘なんでしょ」笑うテッサに思いつきでシュガーは訊いてみた。「殺しも死体も好きじゃないでしょ。全部僕のためにやってくれたんだろ」
 シュガーがいうとテッサは黙りこみ、しばらくすると涙を流し始めた。「家族は大事にしなきゃ駄目だよ」泣きながらテッサはそういった。
 もしかしたら君は彼らが嫌いになったかも知れないね。
 シュガーに味方がいなくなるならそちら側に行きたいと思ったというテッサの言葉はシュガーには重く苦しいものだった。二人の車の頭上をヘリコプターがすれ違っていった。
「誰にも知られずいられたらよかったのに」助手席でテッサが呟いた。「何百人も殺してしまった」
「二人で祈ろう」いってシュガーがハンドルから手を離すとテッサが隣で大騒ぎし始めた。シュガーがとぼけてアクセルを踏むとつられてテッサもげらげら笑った。二人して笑い合っているとヘッドライトに眼鏡の少年が飛び込んではね飛ばされた。バウンドした少年は一瞬で暗闇に消え、二人が車を降りると少年の死体が路肩の落ち葉の上にぺたぐろになって転がっていた。
「体育館には来なかったのね」二人は黙祷してから車に戻った。
「ねえテッサ不謹慎かな」運転しながらシュガーはいった。「君と付き合うことになったあの夜、僕たちのことは自然に周囲にばれたらいいなと僕は思ってたよ」
 シュガーの言葉を受けてテッサは怖い顔をした。「いっちゃ駄目だと思ってたのならどうしてわざわざ今それをいうの?」
 初めて彼女に叱られたことでシュガーは落ち込んだが、ハンバーガー食べたいとテッサが口にした時、自分もそうだという風に思えたので、彼女といられたら幸せなのだと思った。「警官隊には勝てないからね?」シュガーがそういうとテッサは頷いた。
 二人は街まで車を走らせ、大通り沿いのバーガーキングを占拠するとその店舗の中で生活を始めた。駆けつけた警察やテレビ局、住民達が店舗を囲み、厨房や座席で仲良く暮らす二人の様子はあっという間にニュースになった。二人の映像はテレビで一週間近く放映された。閃光弾と銃弾で警官隊に蜂の巣にされた後、二人の秘密はネットに載って世界中の人に読まれる記事になった。
 シュガーとテッサはあの世に行った。何もない空と一面の砂の山、他には何もない空間に着の身着のままの二人だけがいた。再会した二人は強く抱き合って、その後は白い砂の上を歩き始めた。不安そうにテッサが周囲を見回した。「ここは地獄?」
「天国じゃないかな」シュガーは笑った。「君がいて他に誰もいないし、誰も傷つけないでいられる」
「いいのかな」テッサは眉をひそめたが、競走だといってシュガーは走り出すとわあわあいってテッサも駆け出して、シュガーの後を追いかけてくれた。「靴に砂がすごい入る!」
 競走しながら二人は遠くの丘の上を目指した。



本文:矢部嵩
挿絵:唯鬼

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