今月の平台/『娘が巣立つ朝』

文字数 2,240文字

ひら-だい【平台】…書店で、書籍や雑誌を平積みする台のこと。


書店の一等地といっても過言ではない「平台」は、今最も注目のオススメ本&新刊本が集まる読書好き要チェックの胸アツスポット!

毎月刊行される多くの文芸書の中から、現役書店員が月替わりで「これは平台で仕掛けたい!」と思うオススメ書目1冊をPick Up!&読みどころをご紹介します!

「今月の平台」出張書店員、

内田剛さんの仕掛けたい一冊は――

娘が巣立つ朝

 入学、卒業、就職、結婚、転勤……人生にはいったいいくつの曲がり角があるのだろうか。物語は就職でいったん家を出た娘の結婚話から始まる。初めて東京近郊の自宅に彼を迎える緊張の日、ぎこちないあいさつ。父親と婚約相手、不器用な男二人の初対面のシーンにハラハラしてしまう。微笑ましいホームドラマかと思いきや、一筋縄ではいかない問題が次々と巻き起こっていく。


 喜ばしいはずの娘の門出なのだが、相手の両親はSNSの世界で活躍するセレブの有名人であった。とりわけ経済的な価値観の違いが明らかになり、目には見えない衝突が続く。互いに優しい心根を持つ若い二人も、子どもの数など人生設計の考え方にズレがあり、距離をとるようになっていく。希望に満ちた未来に暗雲が垂れこめていくのだ。


 その一方で仕事に行き詰まり、老後の不安にため息をついてばかりの夫に浮気疑惑が発覚する。趣味で始めたギター教室の講師に想いを寄せているようなのだ。夫婦間の禁断の秘密に心が騒めく。瑞々しくときめいていた愛情はいつしか乾いて潤いを失っていたのだ。中盤は緊迫のサスペンスのように不穏な空気に包まれる。


 明るくて幸せだった家庭は何処へ行ってしまったのか。美しく手入れされていた庭も荒れ果てていく。このままでいいのか。一度きりしかない人生をどう生きるのか。母であり妻でもあるひとりの女性。家族の転機に揺らめく心模様を細やかに描き出しながら、はかり知れない孤独を抱え、悩み抜いた果てにたどり着いた決意が身に迫る。「娘が巣立つ朝」は母にとっても新たな旅立ちの日なのである。


 20代と50代の男女。それぞれの事情にかかわらず、人には等しく時間が流れる。体力の衰え、老後の不安、介護問題など、年齢を重ねればそれだけ悩みもまた深くなる。本書を読めば誰もが自分自身の過ぎ去った年月を振り返り、改めて生きる意味を問い直すことができるだろう。まさに他人事ではない、いま読んでおくべき一冊なのだ。


現役書店員が今月「仕掛けたい!」と思う一冊は――

丸善名古屋本店 竹腰香里さんの一冊


なんどでも生まれる

彩瀬まる ポプラ社


仕事と人間関係に疲れた茂と、チャボの桜。一人と一羽が寄り添い共に生きていく様子が、とても優しくて愛おしい。チャボの桜さんがとても可愛くて。生きるのが大変な毎日だけれど、そばに希望の光があるのを気付かせてくれる物語です。

丸善博多店 徳永圭子さんの一冊


愚か者の石』

河﨑秋子 小学館


明治時代半ば、国事犯として北海道の監獄に収監された巽。同房になった大二郎は囚人とは思えぬ大口を叩く男で、共に硫黄採掘の役に従事した。光明のない監獄にも社会の陰影は存在する。冷酷とも思える看守中田の視線が交差し、最後まで読者の心を揺さぶり続ける小説。

高坂書店 井上哲也さんの一冊


戦国快盗 嵐丸 今川家を狙え

山本巧次 講談社


時代小説って、こんなにワクワクはらはら手に汗握るもんだっけ? 強きをくじき弱きを助ける、男気溢れて女に弱い嵐丸。妖艶で男をたぶらかすスペックの高い女盗賊麻耶。そして、寡黙で腕が立ち抜け目のない牢人沢木。ん、この組み合わせ、どっかで見た様な……そうだ、ルパン・不二子・次元の黄金トリオじゃないか! いやぁ、とっつぁん、これは一本取られたぜ。

佐賀之書店 本間悠さんの一冊


なんで死体がスタジオに!?』

森バジル 文藝春秋


生放送直前、出演者が死んでいる。死体を出演させつつ、なんとか生放送を成功させようと奮闘する幸良。カメラも読む手もとまらない、一気読み不可避の超エンタメ小説。

丸善丸の内本店 高頭佐和子さんの一冊


惣十郎浮世始末』

木内昇 中央公論新社


読み始めて数ページで、江戸の世界に誘い込まれました。ままならないことばかりの世の中で、自分の信念を持って生きる登場人物たちの息遣いが聞こえてくるようです。心の中に大切に持っておきたい小説が増えました。

紀伊國屋書店梅田本店 小泉真規子さんの一冊


カフネ』

阿部暁子 講談社


「食べること」は「生きること」。でもただ食べるだけでは本当の意味での「生きること」は出来ていないのかもしれない。この本がたくさんのしんどい人に届いて欲しい。

ときわ書房本店 宇田川拓也さんの一冊


六色の蛹』

櫻田智也 東京創元社


2024年上半期、国内本格ミステリのベスト! 心優しき昆虫好きの青年による見事な謎解き、そして明らかになる真相に、一度ならず心が震え、目頭が熱くなった。『サーチライトと誘蛾灯』『蟬かえる』に続く極上の連作集だ。

紀伊國屋書店横浜店 川俣めぐみさんの一冊


明智恭介の奔走』

今村昌弘 東京創元社


『屍人荘の殺人』で主人公でもないのに強烈な印象を残した明智先輩こと、明智恭介が帰ってきた!? いえ、これは『屍人荘』よりも前のお話。やっぱり明智さんは愛すべきキャラクターだと改めて思いました。『屍人荘』を読んでなくても楽しめます!

この書評は、「小説現代」2024年8,9月合併号に掲載されました。

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