◆No.3 史実と二人の主人公について

文字数 1,501文字

戦国時代、九州の大国・大友家を揺るがしたお家騒動「二階崩れの変」を、ドラマチックに描いた日経小説大賞受賞作『大友二階崩れ』。その制作秘話を、著者・赤神 諒氏が語ります!

本作では、吉弘鑑理鑑広の兄弟を登場させました。



が、実は副主人公とも言える吉弘鑑広が実在したという確証はありません。兄の鑑理は「左近」とも呼ばれましたが、鑑広の「右近」という通称も、私の創作です。その人となりについて史実は残っていませんので、ほぼ私のオリキャラですね。

吉弘鑑理の父氏直は、若くして(一説には19歳で)戦死しましたので、鑑理には、いたとしてもごく少数の兄弟姉妹しかいなかったようです。

吉弘家は、400年以上前に滅んだ大友家の、そのまた家臣にすぎませんから、史料があまり残っていないんです。最も有名なのは、吉弘鑑理・鎮信・統幸の吉弘直系の当主三代ですが、大友の歴史には、吉弘家の本拠である国東半島を中心に、吉弘姓の人物が他にもちらほら登場していますし、地元郷土史家の方も、鑑理には弟がいたとの説があると仰っていました。歴史の敗者である大友家を記した史書に、若くして戦死した弟が残らなかったとしても、むしろ当たり前の話かも知れません。

真実は永遠にわからないでしょうが、私がこの小説で描きたかったのは、鑑理の立場からいえば、主君への忠義と兄弟愛の相剋でした。仮に鑑理に弟がいなかったとしても、戦国日本の他の場所で、別の名前で、似たような立場の人間がいて、同じような苦悩をしたのではないかと思っています。

ところで日本史では、当時何と発音されていたのかが、今となってはよくわからない固有名詞はいくらでもあります。特に名前がそうで、今川義元の軍師・太原崇孚は、「すうふ」とひらがなで書かれている文献が見つかって、わりと最近読み方がわかったようです。

鑑理」の読み方なのですが、「あきまさ」とも読まれ、そちらの方が正しいのかも知れませんが、私は登場人物の名前は<見た目>と<>にこだわっています。



たとえば私の別の作品では、大原「雪斎」ですと、何となく画家みたいですし、「崇孚」のほうが見た目がかっこいいと考え、後者で統一しました。



本作品で義に一途な鑑理の生き方を描くとするなら、さらりと聞こえてしまう「あきまさ」ではなく、音が重なりながら濁って終わる「あきただ」のほうが、断然頑固で力強いイメージが湧くと感じたので、こちらを選んだわけです。

戦国時代ではどこでも見られますが、特に大友家では、盛んに偏諱(主君が家臣に自分の名前を一文字与えること)がされます。

そのため、似た名前の登場人物が多くなり、「誰が誰か、わからん」と、しばしばお叱りを受けます。ふだん歴史小説を読まない人から、「ひろしとか、あきらに変えられないのか」と叱られたことも……。

あだ名で呼ばせたり、登場人物関係図をつけたり、あたう限りの工夫でわかりやすくしておりますので、どうぞ末永いお付き合いのほど、お願い申し上げます。

★吉弘家の居館、筧城跡(都甲)

赤神 諒(アカガミ リョウ)

1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、上智大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。私立大学教授、法学博士、弁護士。2017年、「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞し作家デビュー。他の著書に『大友の聖将(ヘラクレス)』『大友落月記『神遊の城』酔象の流儀 朝倉盛衰記『戦神』妙麟』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』がある。

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