◆No.5 愛に生きようとする弟――吉弘鑑広

文字数 1,486文字

戦国時代、九州の大国・大友家を揺るがしたお家騒動「二階崩れの変」を、ドラマチックに描いた日経小説大賞受賞作『大友二階崩れ』。その制作秘話を、著者・赤神 諒氏が語ります!

現代では、愛に生きる人は普通にいると思います。



でも、戦国時代に「愛」は現代の意味では使われていない、そんな人間はいなかったはずだ……など、いろいろ言われてしまいそうですね。

エジプトの古文書に「最近の若い者は……」という愚痴が記されているように、たかだか400年で、同じ島国に住む同じ民族の人間は、大きく変わらないのではないでしょうか。今も昔も、人間には色々なタイプがいますし、人類には男と女しかいないわけで、私は愛に生きた戦国武将がいたと信じています。

実際、黒田官兵衛や直江兼続など、戦国武将にも愛妻家がいたという話はいくつも伝わっていますね。たくさんの側室を抱え、女性を政略の道具として使う戦国武将も多い中で、側室を置かず、一人の女性を愛し抜いた武将の姿は、現代人からは共感されるでしょう。

側室を持ちやすい有力武将でも愛妻家がいるのなら、無名の武将の中に愛妻家がいても、おかしくはないはず。

頑ななまでに、義に生きる兄。

これに対置する形で、徹底的に愛に生きる弟をぶつけることにしました。

今の時代、義に殉ずる人は稀ですから、鑑理の生き方に共感できる人は少数派でしょう。

一昔前までいた「会社のために一生を捧げる」生き方に似ているかもしれません。

物語では、現代人に近い感覚を持った人間として、鑑広を設定しました。

順調すぎる恋愛など何も面白くないので、セオリー通り、障害を設けた上で相思相愛のヒロインを配置。多くの場合、女性については何も資料が残っていないため、好き放題に書けます。

、と名付けました。命名には由来があります。

大友二階崩れのテーマ曲は、スピッツの名曲『楓』です。

あまりにも名曲であるために、様々なアーティストがカバーしていますね。

私は執筆時に必ず聴く組曲を、小説ごとに選定するのですが、『楓』の場合、ピアノソロやオルゴールなども含めて、全部で18曲、約一時間半のバリエーションにしてあります。

中でもクリス・ハートさんのカバーを気に入っていて、執筆中、大げさでなく二千回以上、繰り返し聴いたはずです。

ヒロインの楓は、もちろんこのテーマ曲から来ています。

ちなみに、時どき不思議がられるのですが、私は音楽からイメージをいただいているだけで、歌詞として聞いていないため、それだけ聞いても歌詞を覚えていないんです。

それでも曲へのオマージュとして、可能な場合は小説に歌詞のイメージなどを盛り込むようにしています。

鑑広戦死の場面は、特に力を入れて何度も推敲したお気に入りの場面で、『楓』の歌詞からも少しヒント頂いています。

本作は創作ですが、歴史書には記されていないだけで、きっと彼のような死に方をした名もなき武将が、戦国時代のどこかに、それも何人も、いたのではないでしょうか。

※物語に登場する白河稲荷

赤神 諒(アカガミ リョウ)

1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、上智大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。私立大学教授、法学博士、弁護士。2017年、「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞し作家デビュー。他の著書に『大友の聖将(ヘラクレス)』『大友落月記『神遊の城』酔象の流儀 朝倉盛衰記『戦神』妙麟』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』がある。

こちらもオススメ!

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色