還暦記念百物語 第8話/嶺里俊介

文字数 1,676文字

『だいたい本当の奇妙な話』『ちょっと奇妙な怖い話』など、ちょっと不思議で奇妙な日常の謎や、読んだ後にじわじわと怖くなる話で人気の嶺里俊介さんによる、tree書下ろし連載第3弾スタート!

今回は還暦を迎えた主人公と学生時代からの仲間が挑む、実録(?)『還暦記念百物語』です!

   第8話 民宿の女の子


 80話を終えたところで5時を回った。蝋燭が燃え尽きる6時半までに残り20話を終えなければならない。

 終盤を迎えて、談話室で休息していた者たちも席に戻ってきた。なんとしても最後は会場で迎えたい気概を抑えることはできない。

 冷えてきたせいで談話室から石油ストーブを持ち込んだ者がいる。さらに増えて、部屋に3台のストーブが入った。

もう若くないのに、長時間座ったまま話を聴くのは身体に障る。マスクをかけつつ、上半身を丸めはじめた者もいる。

「では」席に就いた泰丸は居住まいを正した。

「話の81、『民宿の女の子』」


ある年の初夏のことだ。

夏休みシーズンに入る前に山を楽しみたいと思い、休みをとって山歩きと洒落込んだ。

緑多い空気を味わいつつ山里をのんびり歩いていたら、豪雨に見回れてしまった。近くに人家を見つけたので、雨宿りを求めて軒先を借りることにした。

「災難でしたねえ」

奥さんが熱いお茶を出してくれた。柱の影から女の子がこちらを覗いている。小学校へ上がるくらいの子だ。軽く手を振ったら、彼女もはにかみながら手を振り返してきた。

時間を確かめたら、バスの最終が終わっている。さてどうしたものかと困惑顔をつくっていたら、ご主人が帰ってきた。

「ウチは民宿もやっているから、よかったらどうだい」

雨は上がる気配がない。断る理由もないので、俺は「お世話になります」と告げて頭を下げた。

翌日もあいにくの雨だった。

特に予定もないし、前日まできつめのスケジュールで山歩きをしたので、連泊することにした。骨休みだ。

朝食を終えて部屋で外の雨を眺めていたら、女の子が飛び込んできた。

「おじちゃん、遊ぼ」

来年は小学校という5歳の女の子で、名前は『みほ』。

「ここにいたの。駄目よ、お客さんに迷惑じゃないの」

奥さんが飛び込んできてみほを連れて行こうとする。

「いやいや構いませんよ。むしろ子ども好きですから、こっちからお願いしたいくらいです」

特になにかやることもないので、日がな一日みほと遊ぶことにした。

小さな村なので普段は遊ぶ相手がいないようだ。みほは人なつこく抱きついてくる。

おんぶにだっこ、肩車。みほを両腕に載せて、振り子のように大きく動かしてやるとすごく喜んだ。

「わーい、飛行機ー」

「飛行機ー」

馬乗りにさせて遊ぶ。歳のせいか、やけに重く感じてしまう。ときおり声がぶれて二重に聞こえてしまうのは幻聴だろう。久しぶりの運動になった。

昼食や夕食の際に、みほは片づけを手伝った。なかなかの親孝行だ。後ろを向いている間に、あっという間に片づいていたので驚いた。なかなか機敏だ。まるで2人分の動きをしているようだ。

翌日。

山の天気は変わりやすい。朝のうちに村を出ることにした。ご主人に、作業用の軽トラックで村はずれにあるバス停へ送ってもらうことになった。

奥さんとみほが、見送りに玄関先まで出てきた。俺の左手に、みほが名残惜しげにしがみついてくる。

「この子、仲がよかった双子の妹を去年なくしたので寂しいんです。まおと言いまして、いつも2人で遊んでいたんですよ」

そのとき、右手にも誰かが手を繋いでくる感触があった。

軽トラックに乗り込んだ俺に、みほは元気よく手を振った。

「おじさん、また遊んでねー」

「またねー」

みほとまお、2人の声に送られて軽トラックは砂利道を走り出した。

嶺里俊介(みねさと・しゅんすけ)

1964年、東京都生まれ。学習院大学法学部法学科卒業。NTT(現NTT東日本)入社。退社後、執筆活動に入る。2015年、『星宿る虫』で第19回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞し、翌16年にデビュー。その他の著書に『走馬灯症候群』『地棲魚』『地霊都市 東京第24特別区』『霊能者たち』『昭和怪談』などがある。

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