『猫は抱くもの』文庫版あとがき 特別掲載!

文字数 1,987文字

「猫弁」シリーズの大山淳子さんが描く猫と人間の″つながり”の物語、『猫は抱くもの』が講談社文庫より刊行です!

刊行を記念して、文庫版あとがきの『崖下の猫』を特別掲載!

崖下の猫 / 大山淳子


 作家になる数年前の出来事です。

 ある日、娘から電話がありました。「子猫を拾った」と。わたしは言いました。「捨てておきなさい」と。


 外猫は外で生きるものと思っていました。そもそもわたしは猫を飼ったことがなく、馴染みがありません。子どもが「コウモリを拾った」と言ったら「手を離しなさい」と言いますよね? それくらいの認識でした。


 結局その子猫はわがやにやってきて、17歳で息を引き取るまで一緒に暮らしました。娘がつけた名前は「いなもと」。わたしに嫌というほど猫というものを教えてくれました。シャムのような上品な見た目とは真逆の在野精神で、障子を引き裂き、ソファで爪を研ぎ、人を引っ搔き、時には嚙み付き(わたしにだけ)、深夜に騒いで家族の睡眠を奪いました。


 あくび、のび、寝姿、ジャンプ、排泄物。すべてが珍しかったわたしは夢中で彼を観察し、『猫弁』という小説を書いて作家デビューとなりました。


 猫好き作家と誤認され、猫をモチーフにした作品の依頼が重なりました。「いなもとしか知らないんだけどな」と思いつつも、不思議と書けるんです。子どもの頃から猫と暮らしていたら珍しくもないことが、わたしにはいちいち驚くべき発見で、それが創作のエンジンとなりました。


 猫好きではなく、ただのご縁です。娘が犬を拾っていたら『犬弁』、蛇を拾っていたら『蛇弁』になっていたでしょう。


『猫は抱くもの』は、「猫の集会のお話はどうでしょう」という依頼から生まれました。集会と聞いて「あ、時々開いているよね。見たことあるし!」と思ったのです。


 わがやの近所に黒目川という一級河川があり、そこにかかるよしきり橋には夕刻になると猫が集まります。地域猫を世話するボランティアのかたたちが決まった時刻に橋でご飯をあげるのです。ここがねこすて橋のモデルです。


 物語は刊行され、映画化もされました。時を経てこのたび講談社さんのお声かけにより、再び世に出られることに。新しい顔(牧野千穂さんの装画)もいただいて、感謝の気持ちで一杯です。


 現在、猫の集会は見かけなくなりました。地域猫は一代限りの命で子孫を残せません。「人の手で管理したらいずれ外猫はいなくなる」と危惧していたら、ほんとうにきれいさっぱりいなくなりました。よしきり橋では現在若者たちがスケボーに興じています。


 いなもともいなくなりました。命のカウントダウンに逆らって複数の病院に連れ回し、息を引き取る寸前までわあわあ騒いでしまった。さぞかしうるさかったことでしょう。あれはないな。ごめんね、いなもと。

 縁で育てただけなので、次はありません。服に毛が付かないし、旅行にだって行けるし、猫なし生活も悪くはないはず。


 ところがです。


 いなもとの死から2年半経ったある日突然「猫を抱きたい」と思ったんです。酸欠にも似た苦しさを伴う急性猫欠乏症候群。いてもたってもいられず市内を歩き回りましたが猫は落ちていません。市外まで足を延ばしましたが落ち猫ゼロ。そこで保護猫サイトにアクセスすると、衝撃の事実に直面。


 年齢その他の条件でわたしには猫を引き取る資格がないと。複数の団体にアクセスしましたが全部ダメでした。人生百年時代と言われていますが、還暦過ぎると犬猫を飼っちゃダメ。というのが動物愛護の基準だそうです。


 崖下に突き落とされました。


 しかくねーしかくねーしかくねーと幻聴カラスが鳴いています。

 崖下は慣れています。長く生きてますからね。「またここ?」ってつぶやきながらわたしは納得しました。「了解。二度と猫と暮らしません」

 そしてわたしは酸素を得る方法を思いつきました。


「禁断の地へ行ってナマ猫を眺めて暮らそう」


※この続きは『猫は抱くもの』巻末 文庫版あとがき「崖下の猫」でお楽しみください!

夜に開かれる猫たちの集会。沙織と朝まで一緒にいたい良男、ゴッホに自分を描いてほしかったキイロ、名前にあこがれる三毛の子猫らが集まり何を話し合っているのか覗いてみるとーー。つまらなく見えて大切なもの、自由としがらみ、生き方を選ぶということ。猫と人の幸せを巡る、せつなく温かい連作短編集。

大山 淳子(オオヤマ ジュンコ)

東京都出身。2006年、『三日月夜話』で城戸賞。2008年、『通夜女』で函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞グランプリ。2011年、『猫弁~死体の身代金~』にて第三回TBS・講談社ドラマ原作大賞を受賞しデビュー、TBSでドラマ化もされた。著書に「猫弁」シリーズ、「あずかりやさん」シリーズ、『犬小屋アットホーム!』などがある。

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