愛猫たちから生まれた「毛玉堂」/泉ゆたか

文字数 2,151文字

江戸の動物専門療養所で奮闘する夫婦と動物たちを描いた、ほっこりもふもふシリーズ「お江戸けもの医 毛玉堂」。

『お江戸けもの医 毛玉堂』

『玉の輿猫 お江戸けもの医 毛玉堂』

と2か月連続刊行の泉ゆたかさんが、シリーズ誕生のきっかけとなった愛猫3匹との愛あふれる生活を描いたエッセイを書下ろししてくださいました!

愛猫たちから生まれた「毛玉堂」

 我が家には三匹の個性豊かな猫たちがいる。


 一匹目は片眼のキジトラ猫。彼はかつて野良猫だった頃に事故に遭い片眼を失った。大手術と長期の入院を経て、命があること、そして事故をきっかけに我が家の猫になった喜びを常に全身で表してくれる、世界一良い猫だ。


 二匹目はがりがりに痩せた三毛猫だ。彼女は持病で常にお腹を壊しているので、食事に全力で気を配り、少しでも異変があればすぐに病院に連れて行かなくてはいけない。気まぐれな性格で、いつもつんつんしている稀に見る美猫だ。


 三匹目はこの秋に我が家に迎えたばかりの白黒柄の仔猫だ。非常に過酷な飼育環境の中から救出された仔猫だが、いつも明るく天真爛漫な笑顔を振り撒いてくれるこの家の宝だ。


 猫たちの存在は私の人生の喜びだ。


 ただそこにいるだけでかわいい。目が合うだけで頬が緩む。どこまでも甘やかしたくなる。孫の可愛さというのはきっとこんな感じなのだろうと想像できる。


 おまけに彼らは、私の気持ちを驚くほど敏感に察する。


 悲しいときは、続々と連なって私の部屋に入ってきてぴたりと寄り添ってくれる。イライラしているときは、くわばらくわばら、と呟きが聞こえてくるような仕草で、なるべく目を合わさず素知らぬ顔で姿を消してしまう。


 愛する猫たちに見放されてひとりぽつんとイライラしていると、すごく虚しくなる。彼らの愛を取り戻すためには、善い人でいなくてはいけないと思う。笑顔でいなくては、家族みんなと仲良くしなくてはいけないと思う。


 猫たちは私の良心でもあるのだ。


 だが私は猫たちのことを本当に理解することができているのだろうか。


 そう思うと、急に落ち着かなくなる。


 私はきっと彼らの気持ちの半分も理解せずに、勝手な思い込みでわかったつもりになっていることが多々あるに違いない。


 もしも何か困ったことがあったら、身体の具合に異変を感じたら、一言でいいのですぐに言葉で伝えてください。そうしてくれさえすれば、私はあなたたちのために何でもすると誓います。暖かい毛並みを撫でながら、いつもそんなふうに思う。


 けれどもそれは決して叶わない夢だ。


『お江戸けもの医 毛玉堂』は、そんな動物と飼い主との間に漂い続けるもどかしさを描きたくて書き出した作品だ。


 谷中感応寺近くにある動物専門の医院《毛玉堂》の医者である凌雲は、動物の異変を通して、飼い主と動物との繋がりを見つめ直すきっかけを作る。


 お化け犬、そろばん馬、禿げ兎、婿さま猫、お漏らし犬――。さまざまな問題を抱えた動物たちと、その飼い主たちが登場する。


 続巻『玉の輿猫 お江戸けもの医 毛玉堂』では、表題となった玉の輿猫を始めとする動物と飼い主の物語に、トラブル続きの仔犬のブリーダー《けんけん堂》の秘密が絡む。


 言葉を持たない「人生の大事なパートナー」と、私たちはどうすれば通じ合うことができるのだろうか。

 本作の執筆の間じゅう、私の膝の上には入れ替わり立ち代わり愛猫たちが座って、ただひたすらそこにいてくれた。


 皆さまももふもふした仔を膝に抱いた気分で、のんびりお楽しみいただけると嬉しいです。


泉 ゆたか(いずみ・ゆたか)

1982年神奈川県逗子市生まれ。早稲田大学、同大学院修士課程卒。2016年に『お師匠さま、整いました!』で第11回小説現代長編新人賞を受賞しデビュー。『髪結百花』で第8回日本歴史時代作家協会賞、第2回細谷正充賞を受賞。他の著作に『おっぱい先生』『江戸のおんな大工』『れんげ出合茶屋』や、『雨あがり』『幼なじみ』『恋ごろも』と続く「お江戸縁切り帖」シリーズ、『猫まくら』『朝の茶柱』と続く「眠り医者ぐっすり庵」シリーズなどがある。

動物たちとの触れ合いを通じ、私たちを究極の感動へと誘う激アツの一巻!
――縄田一男(文芸評論家)

江戸の世に、夫婦で営む動物専門の養生所があるという――。
日本歴史時代作家協会新人賞、細谷正充賞受賞の気鋭がおくる、心温まる時代小説の傑作。

谷中感応寺の境内に居を構える「毛玉堂」は、けもの専門の養生所。腕は確かだが不愛想な医者の凌雲と、しっかりもので動物好きなお美津を頼りに、今日も問題を抱えた動物たちがやってくる。治療を通して浮かびあがる、人と動物の温かな絆は、悩める飼い主たちの心も癒していき――。
谷中感応寺の境内に居を構える「毛玉堂」。
動物好きでしっかりもののお美津と、腕は確かだが不愛想な医師・凌雲が営む、動物専門の療養所だ。
近頃、とってもお利口さんなのに、足腰に問題を抱える犬たちが頻繁に運ばれてくる。
その犬たちは全て、浅草寺の犬屋「賢犬堂」から買われていた。
何か原因があるのかしら? 美津は不穏な思いを抱くが――。

江戸の世でも、ペットを思う気持ちは今と変わらない――。
お江戸のドクター・ドリトル、もふっと可愛くほっこり温かい傑作時代小説第2弾!

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