第23回 SATーlight 警視庁特殊班/矢月秀作
文字数 2,753文字
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SITやSAT(警視庁特殊部隊)よりも小回りが利く「SATーlight(警視庁特殊班)」の面々の活躍を描く警察アクション・ミステリー。
地下アイドルの闇に迫るSATメンバーたちの活躍を描きます!
メンバーの一人、芽衣はバーに通い常連となって……。
毎週水曜日17時に更新しますので、お楽しみに!
《警視庁特殊班=SAT-lightメンバー》
真田一徹 40歳で班のチーフ。元SATの隊員で、事故で部下を死なせてSATを辞めたところを警視庁副総監にスカウトされた。
浅倉圭吾 28歳の巡査部長。常に冷静で、判断も的確で速い。元機動捜査隊所属(以下2名も)
八木沢芽衣 25歳の巡査部長。格闘技に心得があり、巨漢にも怯まない。
平間秋介 27歳の巡査。鍛え上げられた肉体で、凶悪犯に立ち向かう。
「なぜです?」
「年取りすぎだって。失礼ですよね」
頬を膨らませる。
「それは失礼ですね」
谷が笑った。芽衣が睨む。
「いや、失敬。でも、かおりさんはアイドルというタイプではないかもしれないですね」
谷が言う。芽衣は、この店では畑中かおりと名乗っていた。
「やっぱり、年ですか?」
「いえいえ。かおりさんは、どちらかというと大人っぽい雰囲気ですからね。シンガーソングライターの方が向いているかもしれません。もう一度、ギターを練習されてはどうですか?」
「どうしてもFを押さえられないし。今から練習しても、そんなにうまくならないでしょ?」
「Fコードはがんばるしかないですけど、弾き語りはそんな細かいテクニックはいりませんよ。8ビートでかき鳴らせれば、あとは歌うだけでいい。弾き語りの場合は、ギターはあくまでも補助。歌を引き立たせるためのアイテムでしかないですから」
「へえ、そうなんですか。マスター、詳しいですね。ひょっとして、昔何かやってたとか?」
「ちょっとだけですけど、歌を歌っていたことはあります」
「歌手だったんですか!」
芽衣はそらとぼけて大仰に驚いて見せた。
「少しだけね。売れなかったですが」
谷が自嘲する。
「ボイストレーニングとかしてたんですか? 楽器も弾けるんですか?」
矢継ぎ早に質問する。
「かおりさんと一緒で、どれもモノになりませんでした。けれど、今思えば、地道に努力していれば、もう少し何か違う展開はあったのかもしれませんね。だから、かおりさんにはあきらめず、ギターを練習してもらいたい。人より歩みは遅くていいんですよ。他人が一年でできることを五年、十年かけてできるようになってもいいんです。あきらめないことが大事なのかもしれないですね」
話していると、店のドアが開いた。
「いらっしゃい……」
谷の顔から一瞬笑みが消える。
芽衣はドアの方を見た。その目がすっと据わる。
浜岡だった。険しい表情をしている。とてもバーへ息抜きに来た者はと思えない顔つきだった。
「お久しぶりです」
谷が笑顔を作り直す。浜岡はにこりともせず、谷を見やった。
「マスター、ちょっといいかな」
浜岡が言った。
「ええ、奥へ」
谷が言うと、浜岡は店の奥へ進んだ。トイレへの通路に入っていく。そこには従業員用の事務所もある。
「すみませんね。ちょっと失礼します」
谷は芽衣に声をかけ、カウンターを出た。
芽衣は席を立ち、トイレに向かった。浜岡と谷が事務所へ入っていくのを目視する。
何を話すのか聞きたいところだったが、そのまま事務所前を素通りして、トイレに入った。
浜岡の表情を見る限り、何かあったのは間違いなさそうだ。
芽衣は今後の動きが変わる予感がし、気持ちを入れ替えていた。
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3
浅倉はりんに来ていた。
連日通っていたせいか、すっかり店の常連さんとも顔なじみとなり、L字型ソファーの方へ呼ばれるようにもなった。
ママのサクラもそれを止めなかった。
「いやあ、ほんと気持ちのいい青年だねえ、コンちゃんは」
髪の毛のない老年男性が隣に座った浅倉の肩を抱いて、笑う。
「ほんと。コンちゃんのような若い人がここに来てくれれば、またこのあたりも賑やかになっていいんだけどねえ」
白髪頭を紫色に染めた上品な老女が微笑みかけてくる。
「そりゃ、あんた。若い女の子がいないと、若い男も居ついてくれないわよ。こんなジジババばっかじゃねえ」
大柄ででっぷりとした壮年の女性が大声で言い、笑う。
「あら、ここにいるじゃない。ぴちぴちの若いのが」
ユウカは立ち上がって、腰に手を当て尻を揺らした。常連さんが大笑いする。
まとまりのないカオスな状態になっているが、このバカ騒ぎを老男老女が楽しんでいる。みな、元気に笑っている。
錆びれた街でよく見かける一風景だ。
若者から見れば、いい年をした老人たちがはしゃいでいる姿はみっともなく見えることもあるようだが、余生を目いっぱい元気に楽しめること自体、本当はすごいことなのだと、浅倉はどこかで感じる。
それぞれの常連さんたちには、それぞれの人生があっただろう。しかし、誰もがみな、長い人生を生き抜いてきて、今、こうして笑い合っている。
警察官として事件に関わっていく中で、望まない死を遂げたり、まっとうな人生を送ることができなくなったりして人々を間近で見てきた。
何があったにせよ、老齢になって親しい人々と笑え合える人生がどれほど貴重か、浅倉には実感しないまでも感じ入るものがあった。
ひとしきり歌い終えると、常連さんたちは井戸端会議を始めた。
どこそこの誰誰さんちは孫ができた。山の上に住む○○さんが近々息子さんと同居するらしい。畑を荒らすイノシシを退治する新兵器が登場した。あの温泉旅館が閉まるそう。などなど。
話題は多岐にわたる。
田舎暮らしに憧れる人たちが最も嫌がるのが、こうした近所の目だ。何かにつけ監視されているような気がするそうだった。
が、その土地に生きてきた人たちからすれば、それは自分たちの住処を守るための大事な情報交換でもある。
そして、ただの噂話に聞こえている中に、肝の情報も紛れ込む。
矢月 秀作(やづき・しゅうさく)
1964年、兵庫県生まれ。文芸誌の編集を経て、1994年に『冗舌な死者』で作家デビュー。ハードアクションを中心にさまざまな作品を手掛ける。シリーズ作品でも知られ「もぐら」シリーズ、「D1」シリーズ、「リンクス」シリーズなどを発表しいてる。2014年には『ACT 警視庁特別潜入捜査班』を刊行。本作へと続く作品として話題となった。その他の著書に『カミカゼ ―警視庁公安0課―』『スティングス 特例捜査班』『光芒』『フィードバック』『刑事学校』『ESP』などがある。