『モモ』(ミヒャエル・エンデ)
文字数 2,025文字
本は友だち、人生の伴走者――。
本の森セルバBRANCH岡山店に勤務する現役書店員・横田かおりさんが、「あなたに届けたい!」と強く願う一冊をご紹介!
(ミヒャエル・エンデ)
誰しも大人になっても忘れない、幼少期の幸せな読書体験があるのではないでしょうか。
私にとって、そのうちのひとつは『モモ』を読んでいるときでした。
あたたかな光が差し込む日曜日の昼下がりでした。
小学生の私は「モモ」という名の少女と一緒に旅をしていました。
あのときの幸福な気持ちを今でもはっきりと覚えています。
芝居を観劇することが最大の楽しみだった時代は終焉を迎え、廃墟となった円形劇場に不思議な女の子が住みついたことから物語は始まります。
くしゃくしゃにもつれた髪も肌も真っ黒でいて、その瞳は漆黒に輝いています。
年齢の見当はつかず、つぎはぎだらけのスカートとぶかぶかの上衣を身に纏う異様な風貌の彼女を不審に思い、施設へ連れていこうとする者もいました。
けれど、モモがそこにいるだけで穏やかな気持ちになれることに、みなは気づいていきました。
モモは何か特別なことをしたのではありません。
目の前にいるひとの言葉にじっと耳を傾け、心に寄り添っただけです。
モモに話を聞いてもらうと素晴らしいアイデアが浮かびました。
胸いっぱいに希望が広がり、自分自身であることを誇らしく思えました。
誰もが自分だけを見つめてくれる存在を欲する世界で、モモに出会えたことはギフトそのものでした。
しかし、モモと友人たちのかけがえのない時間を奪い去ろうとする影が、ひたひたと忍び寄っていたのです。
灰色の男たちに気づくひとはほとんどいませんでした。
彼ら――時間どろぼうは灰色の葉巻をふかしながら、人間につけ入るタイミングを見計らっています。彼らが近づくと震えるような寒気がしましたが、その存在を知ったときにはすでに逃げ道が絶たれた後でした。
心を置き去りにして作り出した時間を、時間貯蓄銀行に預けさせることが彼らの仕事でした。ひとから奪った時間なしには、生きながらえることができない哀れな存在にもかかわらず、その勢力はどんどん広がっていきました。
彼らは私たちよりもずっと、時間の大切さを理解していました。
時間とは、生きることそのもの、そしていのちは心をすみかにしているものなのだと知っていました。
時間どろぼうはモモが憎くてたまりません。
彼らが綿密に張り巡らした罠を解く魔法をやどした、たったひとりの人間がモモなのです。
モモと話すほどに、ひとびとは大切なことを思いだしました。
時間の貯蓄が増えることは本当に豊かなことだったのだろうか。
やりくりの上で生み出した時間にもういのちは宿っていないのです。
愛するひとと心を通わせる時間さえあれば、どんな困難があろうと生きていけると、なぜ忘れてしまったのでしょう。
目覚めるひとが多くなれば、時間どろぼうには死が迫ります。
彼らは、モモ本人に手出しをするのではなく、モモの大切なひとに近づきました。
友人たちは脅されそそのかされ、心の声を聴くことをやめました。
何よりも大切だったモモと過ごす時間を手放してしまいました。
モモはひとりぼっちになりました。
しかし、カシオペイアという亀が使者のように現れ、モモを“時間の国”へと誘います。
星の時間という奇跡の最中、幾千種類もの時計が時を刻むこの場所で、モモはこの世のものとは思えないあまりにうつくしい光景を目にします。
この景色を友人たちに伝えなければと強く思いました。
賢者から渡された知恵と勇気を灯し、モモの傷ついた心は息を吹き返しました。
そして、モモは捕らえられたいのちの解放と、愛する友との時間を取り戻すのです。
『モモ』には真実の言葉と、この世の真理ともいえる情景が散りばめられています。
これが、物語に夢中になった理由であり、大人になっても繰り返し読んでしまう要因であるでしょう。
物語がもたらしてくれたものは、それだけではありません。
モモのような友人がほしいと願ったかつての少女は、モモのように心の声に耳を傾けられるひとになりたいと思うようになりました。
自分が自分の時間どろぼうになり果ててしまったと悟り、その事実に打ちのめされたこともありました。
けれど、こうありたいと願う存在を知り、気づく過ちがあるたびに、羅針盤の針は進むべき方角を指すのです。
私の中に咲き誇るうつくしい花。
あなたの内側に流れるきらびやかな旋律。
奇跡の“とき”を私は受け取りました。
チクタクと変わらぬ秒針を刻む物語は、あなたにも紐解かれる日をきっと待っています。
横田かおり(よこた・かおり)
1986年岡山県生まれの水瓶座。本の森セルバBRANCH岡山店勤務。担当は文芸書、児童書、学習参考書。1万円選書サービス「ブックカルテ」に参画中。