第2話 玉鬘十帖 夏イベントで期間限定ヒロイン玉鬘がもらえる!

文字数 5,508文字

帰ってきたファスト源氏物語!

このコンテンツは、『探偵は御簾の中』の汀こるもの先生の独断と偏見でお送りします。
ちゃんと知りたい人は9月のNHK『100分de名著』のウェイリー版源氏物語とか見てください。

 ここで改めて『源氏物語』のイカレたレギュラーメンバーを紹介するぜ!


 光源氏!

 その正妻・紫の上!

 親友の頭中将!

 光源氏の息子・夕霧!

 頭中将の息子・柏木!

 光源氏の息子だが公表できない冷泉帝! 物語に登場する帝としては三代目!

 光源氏の仲のいい弟・蛍兵部卿宮!

 以上だ!


 ……前にやったメンバー紹介と結構違うな?(1st第6話

 蛍兵部卿宮?

 ファストだからずっと省略されてただけで、「頭中将の次に仲がいい」。

 光源氏の母はさっさと死んでしまったので光源氏とは腹違い。

「藤壺中宮の兄で紫の上の父・兵部卿宮」とは別人です。

 ちなみに「紫の上の父・兵部卿宮」はこのとき「式部卿宮」。

 ちょっと出世した。

「蛍」とつく方が光源氏の異母弟。

 光源氏の兄弟は男だけで8人いて、妹の人数は不明。

 光源氏と蛍は非常に仲がよく、「さっきやった女、蛍の妻だったらどうしような。それもまた一興」とかやってる。

 それって仲がいいのか?

 ちなみに最愛の藤壺中宮は?

 死にました。来週やります。


 今回の舞台は、四町四方(通常の貴族邸宅の4倍)の平安ハイパーハーレム〝六条院〟です!

 これまでに口説いた女を全員収容するのにこの広さが必要だった。

 紫式部は異世界チートハーレムなんか大嫌いだったが、気づいたらシリーズが長期化していて余っているヒロインを全員殺すわけにもいかず、行くあてのないヒロインを収容する施設が必要になっていて、結局ハーレムを結成するしかなかった。

 死んでしまった夕顔、葵の上、六条御息所が入っていない代わりに、六条御息所の娘・秋好中宮、夕霧の義母・花散里、末摘花、明石親子、なぜか空蝉などが住んでいる。

 ……行くあてのない末摘花はともかく空蝉は夫が死んで出家して、特に何の義理もないのに……


 平安シェアハウスブームというのがあって、清少納言も書いている。


「宮仕えの女ばっかりのシェアハウスを作ったらいいと思う。夜は皆でお喋りして、勿論各人の夫を迎えて、わたしが大家で皆の世話を焼いてお客を招いて、それで同居の皆から高貴な方々の台所事情を聞き出すの」

『枕草子』二八八段「宮仕へする人々の出で集りて」


 恐らくこれの流れを汲む巨大ハーレム六条院である。

 そこに登場する頭中将の娘・玉鬘というのが今回の話。


第二十二帖『玉鬘』あらすじ


 六条院が造営され、一人、夕顔の侍女で乳母子である右近は夕顔の忘れ形見・玉鬘を思って鬱々としていた。

 玉鬘は四歳のときに、夕顔が頭中将の正妻に暗殺されたと思い込んだ乳母一家とともに九州太宰府に避難していた。それから15年ほど経って、美しい姫に育った玉鬘のもとには九州の小役人からの求婚話がひっきりなしに来る。頑張って断っていたがついに断りきれないとなって、頭中将を頼って上京することになった玉鬘。しかし今や内大臣となっていた頭中将に会う伝手はない。神頼みで神社仏閣を巡っていた玉鬘は、長谷寺で偶然にも参籠中の右近と出会った。

 こうして頭中将の娘・玉鬘は数奇な運命の果てに光源氏の養女として六条院に入ることになり、帝を含む京の男たちから求婚される身に……


 はい。

 この話は「ソシャゲのメインシナリオが一段落した後の夏休み期間限定イベントが、その後、恒常化していつでも読めるようにずっと置いてあるやつ」です。

 あるいは「東映ジャンプアニメ映画・原作にない全く新しいオリジナル脚本・ここだけのオリジナルヒロイン玉鬘」です。

 おわかりいただけるだろうか。

『源氏物語』の本筋ではない外伝お祭りシナリオ。

 このレギュラーキャラ陣営にちょいちょい毛色の違う新ヒロインを投入して無限に話を回せるのではないか。

 そういう試みです。

『鬼滅の刃・柱稽古編』、あんなにアニメオリジナルを入れるなら、アニメオリジナル十二鬼月「上弦でも下弦でもない、いるはずのない十三番目の新月」とかデッチ上げて戦えばよかったのに、という話。

 俺は長らく玉鬘十帖を「ドラゴンボールで言えば孫悟空から悟飯に代替わりさせ損ねた辺り」だと思っていたが実際の玉鬘はどっちかというとブロリーで、紫式部も鳥山明も息子に代替わりさせる気は全然なくてアニメスタッフが勝手にグレートサイヤマンとか言ってただけだった、という話(伝わるのか?)


 なので玉鬘は夕顔の娘なのだが、誰も「お母様の仇!」「あのときは悪かった」とか言い出さない。

 その辺は「まあ悲しいこともあった」とさらっと流す程度。

 玉鬘十帖に惟光、いたっけ?(若いときの付き人は歳を取ると受領国司になって地方を飛び回っていたりする)

 この話で重要なのは。


「何てことない田舎育ちで平凡なわたしがあの光源氏様の義理の娘になってまさかの溺愛、イケメンたちからの求婚ラッシュ、もしかして帝のお妃、どうなっちゃうの!? わたしはイケメンにモテたいなんて少しも思ってないのに、実のお父様にはいつ会えるの!?」


 ベタベタコテコテのプロットです!

『夕顔』ではトリッキーなサイコサスペンスとかやってた紫式部、ここに来て王道中の王道ラブコメに挑戦。

 横綱相撲というやつだ。


 ということで光源氏は玉鬘を自分で喰っちゃうか、冷泉帝のお妃にするか、弟の蛍にやるか、やっぱり自分で喰っちゃうか……十帖使って延々とやる。

 すっかりプロットの犠牲になって性格が悪くなった頭中将は、玉鬘が実の娘とも知らず、「冷泉帝のお妃候補が! うちにはそれっぽい娘とか誰もいないのか!」と走り回って近江の君にブチ当たったりする(1st第4話参照

 玉鬘はベタコテのキャラだが、平安時代には現代っぽい努力家の一生懸命内政チートヒロインとかウケないので、ひたすら光源氏にいいように翻弄されてずっと「ああ、どうすればいいの」と言ってる。


 ラブコメとしては光源氏が玉鬘を蛍兵部卿宮に引き合わせるのに、真っ暗なら顔が見えなくて大丈夫だろう、と玉鬘を油断させて部屋に蛍を放ってライトアップする二十五帖『蛍』とかが見どころ。

 正直、現実的に蛍の光で女の顔が見えるもんなのか疑問だが、この辺まるっと『宇津保物語』のパクリだったりする。

 オマージュ?

 物語で内侍になる女は蛍の光でライトアップするのが法律で決まった?らしい。


 ところで光源氏はギリギリまで自分で喰っちゃう選択肢を残していて、20の玉鬘を膝に座らせてイチャついているのを息子の夕霧に見られる。

 てっきり玉鬘を光源氏の隠し子だと思っている夕霧は、


「おっさん、実の娘でもやっちまうのかよ!」


 と大いに誤解する(が、割り込んで止めたりはしない)。

 その後、玉鬘が頭中将の娘だったと知った夕霧。


「姉だと思って遠慮してたのに! おれも皆と一緒にプロポーズラッシュに参加しとけばよかった! 何だよ親父、早く言えよ! 何でおれだけ!」


 ……こいつ、全然堅物ではない……

 ちなみに柏木(1st6話参照)はバッチリプロポーズラッシュに参加していた。

 お前らなあ。


 さて。光源氏はいろいろあって冷泉帝をバックアップして即位させ、大臣になっていた。

 詳しくは次回。

 ここに秋好中宮、六条御息所と故・東宮の娘、母を亡くして斎宮の務めを終えて伊勢から帰郷した寄る辺のない姫君がいた。

 光源氏はその義理の父となっていた。

 秋好中宮はかつて玉鬘と全く同じ状況にいて、光源氏は「これ自分で喰ってもいいやつじゃない?」と思いながら、兄の朱雀帝からも「かわいい。くれ」と言われていた。

 しかし光源氏はこのときはぐっとこらえて冷泉帝のお妃にした。

 別に六条御息所の怨念が怖いからではない。なかったと思う。

 頭中将もここで娘を妃にしていたのだが、競り負けて地団駄を踏んでいた。


 この状況で玉鬘が冷泉帝の妃になると、頭中将有利になってしまうので実のところ光源氏は冷泉帝のリクエストを聞きたくない。

 既に光源氏は秋好中宮を妃として出しているのに、玉鬘が秋好中宮の足を引っ張ったら何してるんだか。

 なので本能では自分のものにしたい、理性では蛍兵部卿宮の嫁にしちゃえばいいんじゃないの、と考えてネチャネチャネチャネチャつかず離れず玉鬘を弄んでいた。

 しかしそんなことがいつまでも続くはずはないのだ。


第三十一帖『真木柱』あらすじ


 玉鬘を得たのは髭黒大将だった。

「あなたを背負って三途の川を渡るのはわたしだと思っていたのに」

 光源氏も惜しみ、玉鬘もこんなつもりではなかったと嘆きながら髭黒大将を婿として迎える。髭黒大将はてっきり玉鬘が光源氏のものになっていると思っていたが、そうではなかったのでこの若妻に夢中になった。

 ところで髭黒大将には既に妻子がいた。式部卿宮の姫、紫の上の腹違いの姉妹である。元々情緒不安定なこの人は物の怪に憑かれて乱心し、玉鬘のもとに行こうとする髭黒に香炉の灰を浴びせかけ、よそ行きの衣を台なしにしてしまう。

 見かねた式部卿宮は髭黒の妻に実家に帰るよう勧めた。髭黒の娘・真木柱は父が恋しいと泣きながら、柱に父あての和歌を書いて母とともに式部卿宮の邸に移る。髭黒は慌てて息子二人だけ手許に取り戻し、妻のいなくなった邸に玉鬘を迎えることになった。


 サプライズ髭黒大将!

 いきなり虚無から生えてきた髭黒のアンブッシュが全てを台なしにする!

 ……いやまあ、シリーズレギュラーじゃないだけで玉鬘十帖ではわりと早い段階で出てくるよ。

「まあ、婿としてはアリなんだけど決め手がないんだよね。華がないっていうか。やっぱり蛍は弟だし」程度の候補として。

 玉鬘と髭黒大将がどのように結ばれたのか、原作にはまっっっっっっっっったく書いてなくていきなり


「玉鬘は髭黒と結婚することになりました!」

「玉鬘は不本意で、光源氏にも冷泉帝にも未練アリアリ(光源氏に未練あるのすごいなお前)」

「髭黒はこれで長年の結婚生活が台なしになったが、玉鬘の方は気の毒とも何とも思っておらず、髭黒が灰まみれになって今夜は会えそうもないと言い出しても特に残念とも言わない」


 という状況証拠だけが並べられていて、「もしかしてこれは何か髭黒側からご無体が……?」と読者に想像させる。

 凄まじい行間の空白である。


 そして髭黒の正妻。

 髭黒はこの人を「媼(おばあさん)」と呼んでいる。

 ひどい。

 そこからの香炉の灰アタック。

 衣装が焦げくさくなって着られなくなる。

 大河でもあったやつだが、髭黒妻は怒ったのではなく何らかの精神疾患の発作。

 紫式部の世界観では高貴な人は怒ったりしない。

 怒るのは髭黒の同居の愛人。

 この時代は夫は妻の付き人に手を出していいことになっていた。

 しかし愛人がキレても、髭黒は

「うわー、しょうもない女に手ぇ出すんじゃなかった」

 と思うだけだった。

 曲がりなりにもパーフェクトイケメンの光源氏はしない粗雑な最悪モラハラ夫仕草を高速で次々叩き出す髭黒。

 このモラハラ野郎がいかにして玉鬘を手に入れたかというとやはり胸糞手段しかないではないか、となる。


 かわいそうなのは娘。

 平安時代、離婚すると親権は男の子は父親、女の子は母親になりがち。

(※男児は父親の縁故がないと就職が不利になるため)


 玉鬘十帖で1番重要な存在は、この髭黒の娘の真木柱の姫だったりする。

 大将の髭黒。つまりその上は大臣。

 真木柱は式部卿宮の孫、皇族の血を引く姫君で髭黒大将に野心があったらここを冷泉帝か東宮(朱雀帝の子)の妃にするべきなのだ。

 お前がばあさん呼びした嫁は皇孫の姫君。

 それが皆で式部卿宮の家に帰ったらもうおじゃんになってしまう。

 何と頭中将の妃候補・玉鬘と髭黒の妃候補・真木柱が同時に潰れ、光源氏が擁立する養女・秋好中宮と実子・明石中宮が有利になった。

 別に光源氏の陰謀でも何でもない。

 ぽっと出の髭黒、女に血迷ったせいで光源氏を押しのけて国母の父として位人臣を極めるチャンスを永遠に失う。


 レイプはよくない、という教訓だった。

 レイプなんですか!?

 わかりません! 書いてないので!

 頭中将、巻き込みで損しかしてない!

 式部卿宮は紫の上の親なので巻き込みで紫の上の継母にもダメージ!


 何かすごいコテコテの始まり方をしたのに、最後は急に何!?

 いや、平安プロポーズラッシュ物でファンが推すようなイケメンは全員フラレるの、この時代の流行りのパターンなんだけどさ……

汀こるもの(みぎわ・こるもの)

 1977年生まれ。大阪府出身。追手門学院大学文学部卒。

『パラダイス・クローズド』で第37回メフィスト賞を受賞し、2008年にデビュー。以来、「THANATOS」「完全犯罪研究部」「レベル99」「探偵は御簾の中」「煮売屋なびきの謎解き仕度」シリーズのほか、ドラマCDのシナリオも数多く手がける。

X:@korumono

夫はヘタレな警察トップ、
妻は隠れた名探偵。
夫にかわって謎解きよ!

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