第3話 藤壺中宮 最も誤解された女

文字数 6,578文字

帰ってきたファスト源氏物語!

このコンテンツは、『探偵は御簾の中』の汀こるもの先生の独断と偏見でお送りします。
ちゃんと知りたい人は9月のNHK『100分de名著』のウェイリー版源氏物語とか見てください。

 ということで最終回も迫ってきました!

 これ最終回に取っておかなくていいのか!?

 大河的には来週の方がオイシイんで!


第一帖『桐壺』あらすじ


 昔々、帝の后妃が数多く集っている中に、身分では劣っているものの一際ご寵愛の深い方がいらっしゃった。桐壺更衣と呼ばれるこの方は玉のような美しい男の子を産んだものの、他の后妃からの嫌がらせを苦にして死んでしまった。帝は遺された皇子を宮中に呼び寄せたが、高麗人の占いなどがあって、この子を親王ではなく賜姓源氏にすることにした。

 さて帝は桐壺更衣を忘れられないでいると、先帝の皇女がよく似ているという噂があった。この皇女は母后も亡くして頼りない身の上だというので妃にして手許に置くことになったが、娘のように扱うことに。藤壺女御である。

 幼い源氏の君は藤壺女御を慕って藤壺に出入りしていたが、十二歳で元服することになり、藤壺に会うことができなくなった。彼自身も見も知らぬ左大臣家の姫・葵の上を妻とすることに。長い物語の始まりだった。


 このタイミングで桐壺のあらすじを書くことになるとはな……


 藤壺中宮について世間一般の人が誤解していること。


・光源氏との逢瀬は1回ではない

・嫌がったことはない

・根性がすごい


 藤壺との逢瀬は『若紫』の帖だと思われてるが、『帚木』時点でもうやってるっぽいので2回あるいはそれ以上。

 平安の恋は「女は基本、ツンデレ」なので嫌だひどいと泣きくれながら和歌を詠むのは

「また来てほしいと思っている」

 気の利いた和歌を思いつく時点でかなり余裕がある。

 本当に嫌なら黙っているのがこの時代の作法。

 いちいち泣きながら歌を詠む藤壺は、お姫様の作法として泣き真似をしているだけで別に本当に光源氏の無体に苦しんではいない。

 これ以上ノリノリに喜んでみせるのは「はしたない」ので。

 近年、アダルトビデオの「やめて」は拒絶ではないと問題になっているが、千年続いているので……

 そんな古代の伝統を令和までやるなという話はある。


 また、世間一般での源氏物語の認識。

「ロリコンでマザコンの光源氏が~」

 他の人が「お母さんに似てるからね」と言ってるだけで光源氏自身は5つ上の藤壺を母だとは恐らく全然思っていない。

 5歳しか違わないのに母呼ばわりされる藤壺の方が不服ではないか。


 ここで『栄花物語』を。

 これは実際の藤原道長一族の史実を、『紫式部日記』や『源氏物語』のバズフレーズをコピペしてキラキラに飾って政治利用しまくった道長一派のプロパガンダ二次創作文学!

 著者は一般的に赤染衛門・他ということになっているが恐らく、道長の息子・頼通の息がかかった人物が全体的に後から書き直している。

『源氏物語』とは相互に影響がある。

 一次資料としてはまっっっっっったく意味がないが、当時の道長一門が世間に何をアピールしたかったかはわかる。

『栄花物語』に書いてあること。


「対の御方は兼家(道長の父)と道隆(道長の兄)、両方の子を産んだ。恐らく父親に甘やかされて奔放な女に育ったのだろう」

「橘典侍という人が道隆との間に子を産み、更に道頼(道隆の息子)との間に子を産んだ。道隆は道頼に見向きもしなかったが兼家はかわいがっていた」(『女たちの平安宮廷 『栄花物語』によむ権力と性』より)


 ちなみにこの道頼は伊周の異母兄弟で大河ドラマには出てきておらず、流行り病で道兼と同じくらいのタイミングで死んだ。

 ……『栄花物語』は道長に都合のいいように書かれているプロパガンダ文学だが、実の父、そして早死にした兄・道隆の悪口は書いてない。

 伊周よりずっと早くに死んで邪魔にすらならなかった道頼のことは美男子だったと褒めている。


 つまりこれらは悪口ではない。


道長「イケメンは父親の愛人を奪うくらいしようよ! かっこいいじゃん! うちの家族もやってるし!」


 藤原道長は「お前の兄ちゃん、マザーファッカー」などと言われたことは一度もなかった。


 紫式部には義母息子萌え性癖など全くなく、スポンサーのリクエストに淡々と応じただけではないのか?

 花山天皇は母と娘の両方をこまして子を産ませたと言うが、道長の父と兄と甥は何?

 俺たちが思う以上に千年の時は長く、平安時代のおおらかな倫理観を現代人がマザコンだの父殺しだのエディプスコンプレックスだのと雑に安易でわかりやすい類型に当てはめてはいけないのではないか?


 また妃と臣下という例では、花山天皇が出家したどさくさで女御・婉子が藤原実資の妻となり、実資はその後、大臣になっているという問題がある。

 花山院、生きてるのに実資の出世の邪魔にすらなってないが?

 確かに中宮が再婚するのは大変だが、帝の妃が離婚して再婚する程度だとありえるので、「絶対に許されない、禁断の愛」と言われると「?????」となる。


 NTRで脳破壊というのは軟弱な令和人のたわごとで、平安人はNTRごときで不気味に脳を破壊されたりしないのではないか?

 光源氏は多少罪悪感を抱いていたが、桐壺帝本人は

「推しと推しが朕を挟んで苦しんでいる! ああ何ていい眺めだろう! キミたちの葛藤でメシがウマい!」

 と愉悦エンジョイしていた可能性がミリないか?

 冷泉帝が不義の子でも桐壺帝の息子は10人くらいいるらしいぞ?

(※娘は数えていないので全部で20人くらいの可能性がある)


 そして不義密通から皇子を産む藤壺だが。


藤壺「ここで死んだら弘徽殿太后(桐壺帝の妃で朱雀帝の母)に呪われたともの笑いの種になる!(※原文通り)」


 謎の根性で難産を乗り越える。

 子供なんか産むことになって、恥ずかしい、死にたい、とかない。

(※平安の妊婦の死は大変罪深い)

 光源氏や我が子のために頑張る、とかでもない。

 そして朱雀帝(光源氏の兄)の次の東宮がこの子だとなった。


第十帖『賢木』あらすじ


 桐壺帝は朱雀帝に譲位して院となり、崩御。藤壺中宮は東宮となった皇子のためにも、これ以上の悪名が立たないよう祈祷などしていたが、光源氏はかまわずに寝所に潜り込んでくる。藤壺はショックで胸の病の発作を起こし、邸中が大騒ぎに。兄・兵部卿宮も見舞いにやって来て、光源氏は塗籠に押し込められ、丸一日放置されることに。それでも光源氏はかき口説いてくる。

 やっと彼が帰った後、藤壺は出家を決意。内裏に上がって東宮に別れを告げる。

 その後、法華八講を執り行った藤壺はその最終日に出家。遺された光源氏は悲しみに暮れる。


〝塗籠〟は物置です。

 ウォークインクローゼット?

 平安ラブコメではよく塗籠に貴公子が閉じ込められたり、お姫様が逃げ込んだりします。


 ……丸一日ってトイレどうするんだ?

 まあ多分神のごとき光源氏様はオシッコもウンコもしないのだろうが……


 ものすごい平安衣装だが、トイレのたびに脱いだりしない。

 女は袴の下をガバッと開いて衣装の中におまるを突っ込んで座って用を足す。

 衣装をオープンにするためにおまるは和式トイレで言う金隠しの部分が大きくて、そこに裾を引っかけて広げていたともいう。

 お姫様は自分で衣装の中の下半身が見えないので樋洗という召使いに拭いてもらう。

 男はオシッコなら衣装の隙間から竹筒を突っ込んで済ませる。

 つまりペットボトルである。

 基本的におまるを使うと認識されているが、トイレ専用の建物もあったようだ。


 ここはわりとシチュエーションコメディです。

 藤壺は「具合が悪いっつってるねん!」と光源氏を拒んでいるが、しっかり和歌は作る。

 和歌を作るのは余裕と愛情の表れなんだってば。


藤壺「いい大人がこんな古畑任三郎の風間杜夫回や玉置浩二回みたいなみっともないことを何度もしてはいけない。もし我が子が桐壺帝の皇子でないことがバレたら、呂后が戚夫人を人豚にしたように弘徽殿太后がわたしを責め苛むかも(※後半、原文通り)」


 古代中国で劉邦の妻・呂后は夫の愛人を四肢切断して便所に閉じ込めたらしい。

 藤壺さん、あなた、ライバルとはいえ平安の姫君を何だと思ってるんですか。

 光源氏への感情より弘徽殿太后への対抗意識の方が強くないか?


 もしかしてこれ、桐壺更衣がいじめ殺された逆で何としてでも弘徽殿太后に勝って生き延びるのが彼女の「光源氏への母性愛」なのか?

 何か……母性愛の表現、独特っすね。


 こうして、見た目は桐壺帝の菩提を弔うために出家する藤壺だったが。


藤壺「こうなったら……光源氏由来のDNAで三種の神器を起動させて、冷泉帝を即位させるしかないわ! 現役の天皇になってしまえば多少の不備があっても皆、黙るはず!」


 俺はこの辺の藤壺中宮の情緒が長らくわからんと思っていたのだが、紫式部がはっきり書いてないだけなのでは?

 母として覚醒した藤壺、メチャ強い。

 ちなみに「冷泉天皇」の名が史実とかぶっているのは、紫式部よりも後にこの辺にあだ名をつけて読みやすくした人が別にいて、その人が史実の天皇の諡号とうっかりカブって玉突き事故を起こしただけで、特に紫式部自身の意図は何もない。

 昔は「今上」「院」でいちいち天皇の諡号を呼んだりしないからフツーの人は知らない。

 承久の乱の頃なんか天皇は仲恭天皇なのに上皇は後鳥羽、土御門、順徳と3人いて全員「院」だったが頑張って諡号を使わずに呼び分けていた。

 昭和と平成と令和をいちいち諡号で呼んでいる俺たちに根性がないだけだ。


 その後、『須磨』『明石』と明石編が始まると流石に光源氏も藤壺をかまわなくなった。

 尼には手を出さない光源氏。

 メタ的に見れば若紫から若が取れて紫の上が実戦戦力になり、新ヒロイン明石が登場してキャットファイトを始めるにあたり、藤壺までいらんようになったので冷泉帝の母に専念することになった。

 出崎統監督『源氏物語千年紀 Genji』では最終回で藤壺が尼姿でどこかに旅立ってしまうので、

「いやいや! あなた! やること山盛りあるのに消えちゃダメ!」

 と見ている俺が慌てた。


 さて明石から京に戻ってきた光源氏。

 六条御息所の子・秋好中宮が御代代わりで伊勢斎宮を辞めて京に帰ってきた。

 これが朱雀院と光源氏の間で取り合いになり、


光源氏「ここは間を取って冷泉帝の妃にしたい」

藤壺中宮「幼くて頼りないと思ってたから丁度いいわ」


 即決する藤壺中宮。

 幼くて後ろ盾のない天皇は2年とかで廃位されてしまうので、形だけでも光源氏の娘婿になってスポンサーになってもらうのだ。

 秋好中宮は光源氏の実子でないのが藤壺にだけプラスの効果がある。


 そして第十九帖『薄雲』

 太政大臣(葵の上の父)が死んだ後、天に見慣れない凶星が輝くなどの天変地異があって、藤壺は倒れる。

 六条御息所のユニークスキルではない。

 女の厄年で。


 一見意味がわからんが、冷泉帝即位はやっぱり高御座と三種の神器が密かにエラーを出していたらしいと光源氏一人だけがビビる。

 即位直後に雷に打たれたりしないんすね、と現代人の俺は不思議に思う。


 紫の上が死ぬ前は法華八講で謎の美麗情景描写が入ったりするが、藤壺はそこまでではなく「灯火が消えるように」死ぬ。

 光源氏は悲しみにかきくれる。


『源氏物語』において女の死は光源氏の尊厳陵辱ボーナスタイムで紫式部の筆が冴え渡るのが、「最愛の藤壺中宮の死」は意外にもそこまでではない。

 結構拍子抜けする。

 あっさりしているのは、この後が大変だから。


 ぽっと出の何もかもを知っている夜居の僧が冷泉帝に全てを打ち明ける。


 何でそんなこと知ってるやつがおるねん……

「夜居」=天皇の御寝中、徹夜で横でずっと祈祷する僧。

 寝てる横でそんなことされて熟睡できるのかどうなのか知らんが。

 俺は『ブラタモリ』を見てるとコテンと寝ることがあるので、穏やかなじいさんやおっさんが難しそうなことを言っている声は睡眠導入ASMRとして優れているのかもしれない。


 藤壺中宮はずっと密かにこの僧に特殊な祈祷を命じていて、その祈祷の内容からしてどう考えても冷泉帝の父親は光源氏なのだ。

 昨今の天変地異はこのせいだ、と冷泉帝は説明を受ける。


 そんなん聞いている間にも桃園式部卿宮が死んだりする。

 誰?

 ファスト源氏物語で1回も取り上げたことがない朝顔斎院の父、つまり本当に皆さんが全然知らない人です!

 全然知らなくても冷泉帝の親戚です!


 冷泉帝、大慌てで光源氏を親として遇するように太政大臣の位を与えようとしたり、親王の地位に戻そうとしたりする。

 皇子が源氏や平家になれば皇位継承権を返上することになるのだが、よっぽど天皇に跡継ぎがいなければ、源氏を辞めてまた親王になって皇位継承権が復活し、次の天皇に即位したりする。

 宇多天皇など。


 昔の俺、「そんなんしたら不義密通がバレバレやん」と思っていた。


 が、これは冷泉帝からすると【養父の光源氏をエコヒイキするフリをして】【少しでも天皇の父に相応しい身分にして】これ以上、世間に神罰が下らないようにする皇位ハッキング術だった。


 天皇に直系の跡継ぎがいない場合、親王を親に持つ若い従兄弟やはとこに即位していただくという技はいつの時代もあった。

 その場合、いきなり天皇の養子にするのではなく、即位してほしい本命の皇子の父を二年くらい帝位に即けて筋を通すという決まりになっていた。

 これを冷泉帝は「子が親より偉くなってはいけない」と解釈した。

 多少なりとも光源氏に帝位に近い位を授けて、世間の天変地異を止める魔術的努力だった。

 だってこれって『十二国記』で言えば偽王状態の冷泉帝は麒麟に失道症状が出始めてるんじゃん。

 メッチャヤバい。

 現代の俺はハラハラする。

 冷泉帝は退位まで視野に入っている。


 しかし光源氏。


光源氏「えー。太政大臣って偉そうに見えて実権ないからイヤ。今更即位とか何言ってんの? あなた若いんだから退位とか思い詰めないで朱雀帝の皇子が育つまでもうちょっと頑張って」


 冷泉帝が必死なのも知らずに、断って秋好中宮にコナをかけたり新ヒロイン・明石に手紙を書いたりしていた。

 正常性バイアスが強く、『十二国記』未読の光源氏。

「親より偉くなってはいけない」という解釈なのでこいつが「気にしてないよ」と言えばそれで解決する。

 何て光源氏に甘い世界観なんだ!(最初からそうだ)


 光源氏が冷泉帝の要請を受けて異例の准太上天皇になったのは三十三帖『藤裏葉』。三十九歳。

『薄雲』は十九帖。光源氏三十二歳、冷泉帝十四歳。


 この後、藤壺の供養を自前でしているが、そんなことをしているとはわざわざ冷泉帝に知らせていない。

 藤壺だけか!?

 あんなに世話になった葵の上の父・太政大臣(1st3話参照)と親戚の桃園式部卿宮は!?

 娘を口説くのは供養じゃないだろ!?


『藤裏葉』で第一部完グランドフィナーレにするためとはいえ、十四歳の少年帝王の悩みを7年も超放置する無責任不倫野郎。

 マザコンでなくても桐壺帝が何とも思ってなくてもアカンやろこいつ……

汀こるもの(みぎわ・こるもの)

 1977年生まれ。大阪府出身。追手門学院大学文学部卒。

『パラダイス・クローズド』で第37回メフィスト賞を受賞し、2008年にデビュー。以来、「THANATOS」「完全犯罪研究部」「レベル99」「探偵は御簾の中」「煮売屋なびきの謎解き仕度」シリーズのほか、ドラマCDのシナリオも数多く手がける。

X:@korumono

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