第18回小説現代長編新人賞 2次選考通過作&1次選考通過作講評 発表

文字数 15,002文字

第18回小説現代長編新人賞は、138編が1次選考を通過し、2次選考の結果、下記の14編が3次選考に進むことになりました。
■2次選考通過作品


「最後の観覧車」

秋野佳月 


「蜜育」

天音月那 


「夏の終」

飯島西諺 


「あなたは光、あなたは夕日」

木月紺 


「エメラルドの国」

九重結 


「恋愛サービス」

紺藤いえり 


「転びて神は、眼の中に」

桜井真城 


「その鳥のヒナは鳴かない」 

鰆木明 


「蛹、まばたく」

宙 


「勅使河原檸檬、檸檬に関する一考察」

藤乃 


「糾うがごとく」

十嶋明 


「その音を、奏でる色彩」

なし 


「季節はいつも春だった」

なし 


「湯気を分かち合う」

峯尾ゆき

■1次選考通過作講評


「愛多憎至」亜衣藍(宮城県)

現代的なテーマを小説にうまくとりこみ、会話のテンポも良く、面白かった。ちりばめられたユーモアやアイロニーも、とても良い。ストーリーにさらに起伏があるような、スリラー的な小説をこの文体で描くと、よりオリジナリティあふれる作品が生まれるような気がする。


「ふゆせみ」逢坂蓮(青森県)

文章は読みやすく筆力は感じられる。ただヒロインの設定に既視感があり、全体を通して都合よく展開してしまうのがもったいなかった。話を展開させるだけではなく、シーンごとの描写を書き足していくと良くなるはず。


「思いは夏草に消える」藍原小夜(神奈川県)

歴史物とブロマンスという組み合わせは魅力的だが、ターゲット層が大きく異なるものを無理やり一つにまとめようとした感があり、結局どちらも中途半端に終わってしまったように感じた。


「千年先を願って描く」青位征龍(石川県)

登場人物たちがとても魅力的で、江戸時代を舞台にした小説にもかかわらず、いまここで起きている出来事を目撃しているような気持ちになった。ストーリー展開が良く、「意外な事実」を上手に物語に取り込んでいるところも素晴らしい。だが時代小説である必然性がないため、あまり驚きがない。これからどんな小説が書かれるのか、とても楽しみ。


「無邪気なシンフォニー」青木陵(愛知県)

とてもセンスが感じられ、引き込まれるようにして読んだ。話を展開させるための説明や、山田という人物の謎めいたキャラクターについて、地の文ではなく、会話や描写で表現できると雰囲気が際立つと思う。


「Intersection」青崎はぐれ(埼玉県)

テーマについて丁寧に考えられている印象を受けた。重たい話が続くが、「先生」とのやりとりで読者が一息つけるようにする工夫は好印象。ただ、降りかかる出来事に主人公が翻弄されるばかりで、終始受動的な立ち位置にいるのが気になる。主人公が主体的に動けるよう、キャラクターについてしっかり考えてほしい。


「雪原の白鷺 闇夜の鳥」明石朝霧(兵庫県)

時代がかった文章がテーマや時代設定とマッチしており、読み心地としては悪くない。ただ地の文の固さと台詞の柔らかさのマッチングが良くないのと、内容的に中盤が少々中だるみしてしまっておりストーリーで引っ張り切れていないのは残念。


「リセット・ワールド・リセット」朱月碧(東京都)

獣人という兵士がいる世界観の設定自体は面白いが、結末にたどり着くまでのストーリーが陳腐。筆力はあるので、もう少し丁寧に、自分にしか書けないものを書いてほしい。


「ダイヴィング・インサイド」秋谷りんこ(神奈川県)

記憶を題材に扱った新人賞応募作は実はとても多い。修正したり復元したりという一連の流れは、まだまだ定型の域を抜け出せていない。ただ、時々ハッとさせられる文章もあるので、そこをさらに磨きつつ「自分にしか提示できない世界」を模索してほしい。


「真夜中のアサガオ」浅葱夕(愛知県)

ベトナム戦争を舞台に、主人公のアンが果敢に敵陣に攻めていくシーンは読んでいて圧巻。エピローグで現代に移るが、なぜ今そのテーマで執筆するのか、作中からその意図を感じ取れないのがもったいない。文章にセンスは感じられた。


「十干より出づる鳳凰」芦屋知千(静岡県)

処刑のシーンなど時代背景を感じさせるリアリティがある描写がよい。ただ全体を通して主人公に感情移入しづらかったのと、ラストの紂王との一戦にあまりページが割かれておらずもったいない。世界観は書けていると思う。


「ビートランナー」 明日香友貴(東京都)

駅伝小説として優しくまとめられているように見えたが、アスリートの厳しさや焦燥感が感じられない。主人公は、何事も中途半端でしょうがなくコーチになったというけれど、全体的にそんなゆるさが漂っていてもったいない。もう少し筆者が登場人物に厳しくなるべきでは。


「パパパン・パパパン・パパパン・パン!」熱川博文(神奈川県)

クレーマー対天才ディベート家という構図はとても面白くユニーク。ただ、クレーマーが最後の最後まで嚙ませ犬ポジションから脱せなかったのがもったいない。


「風に懐かしまれた男・大友」アツ(神奈川県)

大友やその周辺の人物について史実に基づいてよく調べられており好感をもって読み進めていった。一方で物語の起伏があまり感じられなかった。緩急がつけられると、さらにリーダビリティを高められると思う。


「紫月操の怪異禄」天宮月都(三重県)

中二病的な設定は悪くはない。既視感がないわけではないが、それが心地よいこともある。しかし謎の提示が行き当たりばったりでキャラや設定の熟考のあとに、エンタメとして読者を楽しませる手順の検討が必要に思う。


「物語旗手」飯島西諺(神奈川県)

物語の導入役として語り手を設定したり、一つのテーマを定めて登場人物たちを不自然なく事件に関わらせたりする技術はある。ただ巧いがゆえにか、新鮮さを感じなかった。


「キョンシー娼婦を拾いました」いかずち木の実(茨城県)

上海が舞台の中華ラノベなら、それ相応の雰囲気づくりにも気を配りたい。たとえばサイバーパンク的なものとか? また、キョンシーにもキャラクターらしい魅力を与えたい。


「旅は鬼連れ」伊川颯太(大阪府)

キャラクターがかわいらしく描かれていて、良かった。小説の中の「世界」がどういうところなのかがわかっていくまでも、そのあとも楽しく読む事ができた。もう少し、強引な、想像を超えるようなストーリー展開があると、さらに強力な物語になったのかもしれない。


「はずれのきつね」いけだ白(東京都)

主人公の心の動きや周囲の人々との関わり、舞台設定など、前半はかなり魅力的な世界を作り上げていたが、後半はその流れのままダラダラ続いてしまった。登場人物も多すぎる。


「風船に針」伊鈴千里(神奈川県)

警察のこと、警察小説のことをすごくよく研究して書いている。記述も淡々と積み上げる感じで誠実な筆運びが良かった。ただ、ストーリー全体の盛り上がりを考えると、読者の心を動かすポイントが少ないように感じる。端的にいうと「よくできた習作」の域を出ていない。どんなジャンルの小説であれ、読み手の心を揺さぶることを第一にしてもらいたい。


「Diabetes Stigma」伊月サエ(大阪府)

糖尿病患者が立たされている苦境はよく描けていると思うが、筆者の言いたいことが先行してストーリーがなおざりになっている。起承転結やキャラクターの役割をよく考えてほしい。


「存在しない者たちの主張」井上寛(大阪府)

冒頭に示された謎はとても魅力的で、「どうなるんだ!」と先が楽しみになる導入だった。オチが弱いので、二転三転させることができたらガラッと印象が変わったのでは。


「ダブル・マザー」井原有(京都府)

みずみずしい感性で、とらえがたい性のリアリティを描いていて、素晴らしかった。一方で、同じような表現や誤字脱字が散見され、全体として物語が冗長な印象を受ける。小説としての盛り上がりを作るためにも、今後は書き上げた後の推敲に時間をかけたほうがいいかも。


「己惚れ鏡」猪村勢司(大阪府)

筆者の知識が豊富で、それをひけらかさずに小説に落とし込めているのは素晴らしい。ただ、そちらにばかり意識がいっているのかくどい部分が多く、テンポも悪い。シーンごとの読者の反応を意識しながら書いてほしい。


「彼岸の刹那と四人の死者」岩月すみか(愛知県)

あらゆる作品には似た設定の既存作品がある。自死というかなりネガティヴな設定を用いたことはオリジナリティかもしれないが、他の設定、構成、オチに既視感があり新鮮味を感じない。王道設定を扱う場合は既存作品の研究を。


「夏の香りの向こう側」植野ハルイ(愛媛県)

キャラクターそれぞれに個性があり魅力を感じた。世界観にも説得力があり、主人公が何を目指す物語なのかが明確で楽しくページを捲ることができる。ただ、最も重要な要素である夏野の正体が序盤から予想できてしまうのが残念。もっと驚かせてほしい。


「プレイ」魚躬エイミ(埼玉県)

世界観の作り込みが丁寧。だが主要人物たちがそれぞれ何を目的に動いているのかが伝わってこない。終わり方も唐突で、主人公が責任を放棄してしまったように感じた。


「ホントにいい旦那さんね」衿野エリ(東京都)

事象をそのまま書くのではなく、エンタメに昇華させることが必要。プロットを立てるときに、このイベントが物語の中でどんな意味を持つかを考えて。


「バベル 本の舟」押絵春泥(愛知県)

力量ある堅実な筆運びでファンタジーの世界を作り上げたのは素晴らしいが、その世界で展開される物語は小さくまとまってしまっていて残念。作り上げた世界は舞台に過ぎない。それを凌駕するようなスケールの大きいストーリー展開を期待。


「手足の心」奥鳥羽功一(東京都)

作者がすごく楽しんで書いていることが伝わってきて好印象。ただ、小説の眼目は文章世界によって読者の心を揺さぶることにあると思うので、読者への仕掛けを常に忘れず書いてもらいたい。また、SF小説を描くならば、人間ドラマを主軸に、SFでしか書けないテーマをしっかり意識して設定したほうが良いと思う。


「スピリチュアル・ナリッシュメント」尾崎修平(北海道)

文章もストーリーも安定感があり、リアリティも担保され、筆力があると思った。次作は想像を超える出来事があったり、場面のつなぎ方に捻りを利かせたり、情報の提示をぐっと省略する箇所を設けたりと、もう少し「遊び」の要素があっても面白いかもしれない。


「空に沈む」越智なすか(北海道)

方向性を見失いがちな思春期の少年たちの心情を、主人公自らが突き放すように切々と語る。でもそれは物語のきっかけとし、そこからお話を膨らませてほしい。


「雪になった殺し屋」乙女塚タイソン(兵庫県)

文章はうまい。しかし一体どんな小説を読ませたいのかという読者への提示がうまくない。ハードボイルドとして確立はしているのかもしれないが、少々読者が置いてきぼりである。


「世界の終わりと世界の始まり」風乃音羽(京都府)

タイムリープとそれに伴う諸状況はうまくまとめているが、この宇宙スケールの背景を有機的に作品に落とし込むのは至難の業。1行空きの多用、段落の頭を1字下げにしないなど表面的なことからもわかるが、小説の文章を書こうとしていないのでは。書き方を意識してほしい。


「果ての先」嘉村秋希(埼玉県)

「復讐」というハードな設定を、誠実な文章(地の文をしっかりと書いている点に、魅力を感じた)と、登場人物の思いとできちんと支えていて、面白く読む事ができた。だが100%で結末に向けて突き進んでしまうため息苦しさもある。次は、少し緩いところをあえて残す作品を書くのもまた、面白いかもしれない。


「トラスト・アンド・ミッション」川濱祐(東京都)

生育環境に問題のある子供たちが互いの存在を支えに生きていく姿は胸を打つが、一人一人が薄くならないように5人の生い立ちを描くのは技術が要る。3人くらいに絞った方が良かったかもしれない。


「ドクトル長英伝」木村竜雄(岩手県)

シーボルトとその時代は非常に魅力的な題材だからこそ、多くの物語で描かれている。それら既存作品を超える面白さを出してほしい。


「酒とバラの迷路」桐島裕(愛媛県)

出来事の詳細を台詞で語らせる場面が多く、エピソードの描写力に欠ける印象。6つのマルチエンディングという仕掛けは挑戦的だが、内容が似通っており、あえて結末を読者に選ばせる意義が感じられない。


「マダラ猫」桐畑恭太郎(長野県)

作品全体に厭世的な統一感はあるが、登場人物の抱えている悩みに新鮮味がなく、また出来事も少ない。もっと読者を意識して書いてみては。


「折り紙たちのちいさなお芝居」九重路あき(千葉県)

大した言葉でない小見出しが頻出する構成がうまくいっていない。独自の世界観に読者が没入するのを阻害している。読者を置いていかないよう留意すべき。


「だくりゅう」鯨良えま(愛知県)

ところどころでハッとさせられる文章があり好感を抱く。しかし、ストーリーには常に既視感が漂っている。心情でも、人物の置かれた状況でも、書き手にしか出せない価値観の表出があればもう一段上がれるはず。


「オーマイデッド!」九月十愛(東京都)

途中の展開が結末にあまり有機的に繫がっているとは思えず、冗長に感じられた。結末のために何が必要かを意識してみては。


「レンズで君を覗いて」鞍馬寛太(山形県)

思春期ならではの感情の描き方は、やや語りすぎな部分はあるものの卓越している。だがストーリーに起伏がない。物語の着地点を目指して書いてみてほしい。


「アイドル」繰言まいか(東京都)

結末はそれしかないだろう、と冒頭で気がついてしまう。ミステリに仕立てるならプロットをよりしっかり立てて、ワンアイディアだけではなく企みを持って。


「彼女は忘却請負人」けむすけ(埼玉県)

登場人物が魅力的に描かれていて一定の共感を得ることに成功していると思う。一方で、主人公の一人称語りが少しライトノベルテイストに寄りすぎているように思った。小説の文章は会話文を中心として物語を進める描写や人物の感情表現の他にもいろんな要素がある。そうした要素を使って立体的に物語を作り上げてほしい。また、忘却請負人という設定が全編であまり効果的に使われているようには思えない。もっとそれを引き立てるシーンに焦点を当てるなど、緩急を交えた書き方をしてみてもいいかも。


「幻日」小糸(東京都)

登場人物それぞれの複雑な立場や心理が巧みに描かれ、最後はそれらが10点満点という感じで見事に着地する。惜しむらくは描かれているのが心理の説明止まりで、その先の情念、情感までは伝わってこず読後に残るものがない。


「藩医の野望」小椿九郎(広島県)

確かに面白い時代ではあるのだが、ということはつまり既存作品が多い。新人賞の受賞作となるためには、既存作品を超えてこの物語を読みたい、と読者が思ってくれるポイントが必要。


「蒹葭蒼々」西園寺恭介(宮城県)

誠実な時代小説。しかし冒頭から文章の軽さが感じられ、それがもったいない。時代小説ではあまり用いない表現なども見受けられた。


「ただ君と星に願う」犀川奈子(東京都)

憧れの小説家が実は……という設定が良く、視点のチェンジもとても効果的で感激。主要登場人物が少ないにもかかわらずこれだけの長さを読ませる力はすごい。オリジナリティのある道具立てが組み込まれていたら、ひとまわりスケールの大きい小説になったのかもしれない。


「屍」坂梨福朗(大阪府)

人物関係やストーリーはしっかり作れているが、各登場人物の内面や背景に人間臭さがなく書き割りのよう。またゾンビやいじめのグロテスクな描写は読者に嫌悪感を抱かせ、「この作家の作品を読みたい」という気持ちを損ないかねない。グロテスクな描写がいけないわけではなく、その描写が読者をなんらかの意味で魅了するかどうかを考えてほしい。それから語句の変換ミスが多すぎる。しっかり推敲を。


「サンクチュアリ」佐々木涼(埼玉県)

冒頭から引き込む文章、その後も確かな手触りで主人公・滝谷の世界と心理が読み取れて素晴らしい。ただ、物語の展開が少ないように思われる。一人称に引きずられて、主観的な世界の解説にとどまらず、人と人が交差することで生まれるドラマを意識して構築できれば、さらに素晴らしい作品を描けるだろう。


「握りこぶしをどうぞ」真田霙(神奈川県)

任俠の世界を扱うには情報がひと世代古いように感じられる。彼らの困窮とか、貧乏ぶりを書いた方が現代的で面白かったのでは。その意味ではリサーチ不足の感が強い。設定ももう一捻り欲しいところ。


「砂の魔法使い」山東圭(千葉県)

この物語世界にしかない死生観を見事に設定できている。しかしキャラクターの造形がどこか類型的で直情的。この世界だからいそうな人々をさらに突き詰められるとより良くなりそう。


「人間のための学校」山東圭(千葉県)

描写に小説らしい品格があり、SF的趣向も楽しく読んだ。しかし、ロボットや人工知能などのテーマを扱うにおいて意外性がない。


「終焉に出づる月」重松丈太郎(広島県)

現代社会の暗喩のようなスケールの大きい物語世界の設定が面白いが、その設定を説明するのに紙幅が費やされ、小説の文章としてのふくらみ、生命力に欠ける結果になってしまった。登場人物にももっと深みがほしい。


「紺、歌うべからず」七福まどか(神奈川県)

ダジャレや言葉遊びのようなものが出発点のファンタジーだが、丁寧に描けている。ただ、テーマ性や盛り上がりが弱いのが欠点。


「古山古書店のてんとう虫」城山勇吾(北海道)

書店を舞台にした温かい雰囲気で読み心地はよいが、個々の話に統一感がない。軸をしっかり立て、それに沿ったプロット作りを。


「最果てのちょうちょたち」深海リョウビ(大阪府)

文章がとても達者でするする入ってくるものの、物語がもっと早く立ち上がってきたら印象が変わるのに、と思った。主題がどこにあるのかを序盤に提示できたら良かった。またそうしたことを風景描写と重ねられたらとても良くなるはず。


「デスカレータータワー」眞道直美(東京都)

パニックものとしてのアイディアは面白かったのだが、危機が一本調子でメリハリが少なく感じた。また流石にこの日数、救助がこないことがあり得るのか?


「琥珀糖のコンサート」住田楓(香川県)

セリフ、地の文ともによく書けているが、大掛かりな設定の割に引き込まれないのは、冒頭からして、もっと盛り上げるべきところで感情、言動含めあまり書き込まれていないからかも。読者は作者が思っているよりもベタな展開、記述を望んでいる。


「ガラスの時代」寿美伶奈(東京都)

個人の体験談や学術理論を継ぎ接ぎしたようで、主人公の個性や感情が伝わりにくい印象。葛藤やコンプレックス、そして成長を、具体的なエピソードを通して読者に伝えることを意識してほしい。


「静寂に佇む真実と噓」苑田澪(佐賀県)

現代的設定での母と娘の書簡小説形式で、人生の生きづらさや両者の気持ちのすれ違いを露わにしていく過程は読ませる。ただ筋立ての意外性がなく主人公の倫理観も社会迎合的。


「うちの庭で勇者が戦っていたけれど異星人の味方をすることにした」高橋末(群馬県)

書き出しもディテイルも魅力的だった。とんでもない事が起こっているのに、描写が淡々としているのはとても好みで、完成度も高い作品だと感じた。だが、非現実的な要素は本当に必要だったのだろうか。次は、リアルな題材を扱った小説を読んでみたい。


「今夜も月明かりは寝室を照らさない」立花千草(東京都)

メンズエステや女性向け風俗という題材は現代の読者の興味を引きやすいと思う。しかしそれらの描写にページを割き過ぎた印象があり、物語の主軸がぼやけているように感じた。主人公の最大の悩みである夫婦関係をもっと掘り下げるべきだったのではないか。


「不正(INJYUSTICE)」多摩川健(東京都)

序盤で登場人物や場面についての説明が不十分なまま物語が進み、読み手が置いてきぼりにされる印象。題材についての知識や馴染み方も読者によって大きく異なるので、エンタメとして扱う際は幅広い読み手が理解しやすいような説明を心がけてほしい。


「壺中の蠱女」千葉栄(岐阜県)

中華ファンタジーにミステリー風味を掛け合わせ本格的な味わいになっている。主人公の特性(小説家)を話の中で生かしていきたい。他キャラクターたちの思惑や駆け引きもわかりやすく示していければなおいい。


「理由」鶴永大也(岐阜県)

いかにも「俺たちの戦いはこれからだ」という漫画の打ち切りのような尻切れトンボな終わり方になっているのが残念。きちんと結末は書ききってほしい。時折地の文の視点にブレがあるのも気になる。


「終宴」長月秋道(神奈川県)

主人公の個性が光っており、冒頭から惹きつけられたが展開が冗長。描写の一つ一つが作品全体の中でどのような意味を持つのか意識して。


「六人は自殺神殿に行く」なかやまじゅんこ(静岡県)

テンポ良くストーリーが転がっていき、最後まで面白く読んだ。登場人物の書き分けに注意を払って、より魅力的なキャラクターを作り上げることができれば、違う題材でももっと面白い作品を生み出せる可能性を感じた。「ミステリー」にこだわらなくても良いかもしれない。


「竜王記士記」中山泰(千葉県)

世界観、登場人物共によく作り上げていてオリジナリティはあるが、掘り下げが足りず小説としての深みが感じられない。映画やアニメなら表情や声で表現できる部分を、小説の場合は文章で表現しなければならない。


「ネバーランド」なし(千葉県)

文章は書けているが、ファンタジックな世界とキャラクターのバランスが悪い。読者にどう読んでもらいたいのかを意識して。


「今宵、都内某所で。」なし(埼玉県)

若く繊細な感性が魅力的な作品だが、登場人物が多いのに未整理で読んでいて混乱する。小説の文章は1行空きを多用せず、むしろその1行空きで表現したいことを行を空けずに文章で読者に伝わるように書くべき。


「紫月の花」なし(東京都)

設定やテーマに対する掘り下げが丁寧で、確信を持って筆を運んでいるように思った。一方で、重いテーマを重く伝えるだけでは読んでいる読者が苦しくなるので、ユーモアや救いを感じさせるキャラクター、意外な仕掛けなどが欲しい。長編小説は、テーマの重さだけで勝負するものではなく、いろんな趣向で読者を惹き込み、心をゆさぶるもの。ともするとテーマの重さは作者をもそちらに引き込んでしまいがちだが、作者には題材や展開からできるだけ距離をとって物語全体をコントロールしてほしい。


「イタいヤツのまま死ぬことにした。」なし(埼玉県)

芸能界の描写が「想像の範囲」から出ていない。謎としては面白いが視点が交互に進む構成に工夫が足りない。謎を魅力的に見せる方法を模索して。また感情や補足を( )で記すのは小説の文章として幼稚なので注意してほしい。


「うらぶれ長屋の松竹梅」なし(埼玉県)

人情ものとしてはよく書けている。3人組で困りごとを解決するというキャラクターのバランス感覚もいいが、時代ものなのに現代らしい言葉遣いをしていたり、説明がくどかったり、視点がぶれたりするのが残念。


「このハゲ~って罵倒したくなる神様にとりつかれたんだけど」なし(徳島県)

タイトルがキャッチーで、髪の毛の増減を操れるキャラクターも独特で面白く読んだ。だが連作短編形式にはなっているものの、各章の展開が似通ったものになってしまっているので、視点人物を固定した作品を読んでみたい。


「ロビンソンたちの祝祭」なし(大阪府)

話が一体どこに向かうのか予測不能。途中でかなり柄の大きな話に発展しそうになるが、ひとところに落ちつくため、少々肩透かし感が。詰め込むネタの精査が必要では。文章のテンションが不安定のため読みにくい箇所が多数ある。推敲を重ねてほしい。


「パンダ」なし(神奈川県)

物語自体はとても良く、登場人物もキャラ立ちしているが、一つ一つの文章が漫画のように読めてしまって「小説的な描写」があればいいのに! と強く思った。特に緩急がないのが気になる。急だけではなく引いたりするのも小説の深みに繫がるのでぜひ研究してほしい。


「失われやすく、壊れやすく、そして尊い」なし(東京都)

伝えたいメッセージが先行しすぎている。物語の軸となる謎も最後まで引き付ける力がなく残念。文章力は素晴らしいので、もう少し大きな視点で物語を考えてみてほしい。


「×2」なし(栃木県)

幽体離脱という案が面白く、不動産に関しての知識がなくてもスムーズに読み進められた。ただ作品全体を通してこの物語で提示したいことがわかりづらく、その点を整理して書くと読みやすくなる。


「組紐」なし(神奈川県)

お話としては悪くないのだが、起伏が少なく盛り上がりに欠ける。ストーリーテリングの力を強めてほしい。また、特殊能力をそのまま使うのではなく、それをどう使うかのアイディアもほしい。


「『刃文のゆくえ』会津和泉守兼定」なし(神奈川県)

よく調べて書けているが、主人公の着地点が見えずエンタメとしての力が弱い。物語を通してどんなメッセージを伝えたいのか、筆者の中でも整理がついていないのではないか。


「カタツムリの声」夏岡博司(大阪府)

青春小説として読んだが、キャラクターの描写や会話がライト過ぎ、テーマ性や深掘りするべきところが流されているように感じた。読まれるべき理由が欲しかった。


「フレグマティック」夏果和なまり(新潟県)

ところどころに良い表現を使った光る文章があるが、物語としては独りよがり。また、名著の引用を多数用いて状況や心情の描写の補助をしているが、他者のではなく作者自身の言葉や物語で表現すべきことである。


「浮多新十郎名刀控」夏帆淳(神奈川県)

良い剣豪物だが、長編にしては物語の駆動力がやや弱い。キャラの魅力が映える舞台設定を練り上げてほしい。


「アーニムスの心鏡」七沢滸(東京都)

心に傷を負った異世界に住む者同士が、鏡を通じて心を通わせ合う過程は心温まる。親友の関わらせ方も効いている。だが主要登場人物の片割れである異世界の王子の人物造形が他愛なく、単行本1冊分を費やす必要はない内容と思えてしまった。


「最初で最後の一夜」馬刺しの良し悪し(愛知県)

言葉選びやユーモアのセンスがとても好みで(「十万」という言葉に「円」ではなく「石高」や「ポケモン」でボケるところなど)、好感を持った。だがファンタジー要素が物語にとって必要なのかについては疑問が残る。筆力はもう申し分ないので、次はファンタジー要素のない、リアルで現代的な題材の小説を読んでみたい。


「クジラ夜想曲」蓮見仁(千葉県)

作中に登場するクジラ、魚といったモチーフが不思議な世界観を構築するのに上手く用いられている。ただ縦軸が弱いので、読後にどのような感情になってもらいたいかを意識して書くとさらに良くなるのでは。


「めとま」八月翼(東京都)

視点人物の現状の説明がだらだらと長く続き、物語の立ち上がりが遅い。筆者が主人公に甘いため、物語の切れ味も悪い。読みやすい文章なので、起伏を意識したら随分変わると思う。


「リスポンシビリティの所在」馬場悠光(福岡県)

第二部の真の解決への伏線が足りないのではないか。キャラ同士の関係をもっと序盤から書き込まないと感情移入ができない。


「もず」早川直樹(神奈川県)

文章はとても達者で読みやすい。一方、終始すべての事象が大人の都合で動いていくのが気になった。暴力的な子供やシングルマザーの子供の行動がすべて大人からみたものでしかなく、リアリティが低かった。


「名のない光が結ばれる」ばやしせいず(大阪府)

書きたいテーマに誠実に向き合っているところがとても好感を持てた。一方で、テンポが一定で意外性のない展開が続くような印象を受ける。ミクロな世界を描く際は、ストレートにその世界を書くだけでなく、対比的に広い世界や設定、事件を用意して、読者を飽きさせない工夫をするとさらに良くなる。


「世も末通り」引合千美(青森県)

筆歴が長いこともあり、文章が非常に安定している。キャラクターに関してもそれぞれ書き分けはできているものの、後半に進むに連れて冗長になるのがもったいない。終章のアレックスを中心に構成面でもう一工夫ほしい。


「ワカモノたちはみな逃げたい ~Boys and Girls Just Want to Have Way Out~」不二井司真(東京都)

「現代」をアイロニカルにとらえた題材選びにとてもセンスを感じた。ロックの名曲の鏤められ方にも好感を持つ。リーダビリティも素晴らしい。最後に、より大きなカタルシスを感じられるような出来事やシーン、事実が置かれていたら、もっと強い作品になったのでは。


「信じるもの」藤上緑郎(福岡県)

歪んだ愛憎の描写は卓越していて、筆力もあり読まされる。だが題材が長編向きではない。現在軸で物語が進まず回想が多いのは構成力が足りないからではないか。それらが身についたらすごいものが書けると思う。


「名を知らぬ君へ」ふじかわ宙(東京都)

プロットはまとまりが良いが、全体的に話の都合が良すぎる。自然な展開作りを。


「冬のダイヤモンド」藤原えりか(福岡県)

小説っぽい感じはあるが、結局「よく書けている」以上ではない。書き続けてほしいが、このままでは難しい。物語の作り方について筆者の中で何か強烈なブレイクスルーが必要。


「永久の世界」藤原えりか(福岡県)

何よりもまず文体の厳つさが気になる。堅苦しい言葉をつなぎ合わせることは作者にとっては楽しいのかもしれないが、読者にはただ読みにくいだけ。ストーリーも昨年の作品に比べて盛り上がりに欠ける。超能力を出すなら、もっと序盤から物語の軸としてしっかり演出すべきではないか。行方不明事件との食い合わせが悪く、唐突にリアリティラインが下がるため読んでいて置いてきぼりにされてしまう印象。人を惹きつける作品力はあるのだから、エンタメとしての読者との向き合い方を再考してほしい。


「そして誤算は解けた」冬野ヒイラギ(三重県)

中年男性、女子高生、警察、そして事件。全てステレオタイプをなぞっている印象。何か突出した設定を作って読者を引っ張ってほしい。


「Days」古川散途(神奈川県)

淡々とした語り口ながら、時折ふと目にとまるフレーズが登場して印象に残る。しかし扱うテーマが重たく、一貫して暗い雰囲気が続くため息苦しさを感じる。読者が一息つけるような場面を作ると、さらに読者を引き込むことができるのではないか。


「会社でサンバ」放生充(北海道)

物語として非常に楽しく読ませてもらった。ブラジルならではの魅力が感じられたが、テーマと物語運びにチグハグさを感じた。


「リセットハーモニー」穂倉瑞歌(大阪府)

HSP的な主人公やリリカのようなアイデンティティを持つ人物、ルリユール、美味しいご飯など、配置されている素材は良いがそれをストーリーに乗せられていない。現代的なテーマを選ぶのは良いことだが、テーマ設定で満足してはならない。それらのテーマを仮に抜いたとしても楽しめるストーリー構築が必要。


「メディックスターの独り舞踏」星合知大(東京都)

テーマの重みと展開の軽さのアンバランスさが気になり、全体的に踏み込みが浅い印象。また、誤字脱字も散見されたので気をつけてほしい。


「川越取」蒔田董子(東京都)

作中で起こる出来事がいまいち有機的につながっていない。主題のために何を書くべきかの吟味をもう少し重ねてほしい。


「人間嫌いの生きる道」真白明奈(神奈川県)

何気ないお仕事小説からどんでん返しへチャレンジした気概は素晴らしい。だが叙述トリックを使うときは、そうしなければならない必然性がないと、ただ読者を驚かせるための装置になってしまう。もったいない!


「鬼医者と請負酒屋の主」益田昌(大阪府)

時代が変わり役割を失ったあやかしたち、日本で性を違えて生きる異人、時代小説としてワクワクする設定。彼らの酒造りに焦点があてられるが、痛快な活劇も欲しかった。


「伊賀侍の意地」松橋真平(秋田県)

侍たちがなぜ戦うのか、命を賭けるのか、モチベーションの部分からも物語のうねりを作ってほしい。文章のリズムは秀でているので、もっと間口の広い話で。


「ただいま、エデン」水里花緒(その他)

独特な世界観や、〈ぼく〉が〈姉さん〉に向ける無垢な愛着が印象的。その反面〈姉さん〉の内面や行動理由が明確に伝わってこず、話の畳み方が急だったのが残念。印象的な描写は所々に見られたので、主要人物の行動原理が読者に伝わりやすくなるとさらに魅力的な小説になる。


「思託」水之美濃(岐阜県)

会話と思弁中心でお話が具体的に動いていかない。視点が不安定なところがあり、登場人物に感情移入できない。キャラクター造形だけではなく、ストーリーの骨子をまずしっかり作ってほしい。


「快晴のアメフラシ」三ツ石れい(千葉県)

性自認や性的指向、思春期のアイデンティティの揺らぎについて作者なりに考えて書かれている印象だったが、帰着点がありきたりに感じた。通説的な結論で終わらせず、作者だからこその視点や一捻りを見せてほしい。


「あなたの未来、上映します。」三十年不要(東京都)

良い話ではあるのだが、よくある展開でオリジナリティに乏しい。せっかくの映画、映写機などの道具立てをもっと活かした展開や、未来を知ることで何が変わるのかが必要。


「龍の山から」MiYa(愛知県)

非常に読みやすい文章で、舞台が異国にもかかわらず、情景や人と人との関係がくっきりと浮かび上がってくる作品。オーソドックスな「恋愛小説」的な筋立てで、安心して読み進めることができた。(時系列的に)構成に変化を加えたり、より「悪」をもった人物が作中に出てきたりすると、さらに強い物語になるかもしれない。


「ライフ・イズ・ビューティフル」本山さつか(大阪府)

既視感のある登場人物と既視感のある事件。読者がどんなことを楽しむか、よりもストーリーを考えることが優先されてしまっている。オーソドックスなストーリーを構成する力はあるのでオリジナリティを模索してほしい。


「カタツムリの憂鬱」杜あを(福島県)

推しを語るときの自然な会話は読ませるが、並行して進むBLドラマと主人公のストーリーが有機的に絡まないのがもったいない。もう少し物語を膨らませてみてほしい。


「透明モラトリアム」森つぐみ(秋田県)

タイトル通りのお話というか日常についての作文になってしまっている。絵に描いたような「普通」のお話では小説になりづらい。


「緑とアンブレラ」モリオカハヤト(京都府)

序盤のフックと独特な文体は素晴らしいが、日常のやり取りに終始して物語が膨らまなかった印象。誤字脱字や改行ミスが多かったのでそれも気をつけて。


「月のグラスに銃痕を」谷田部八宵(千葉県)

この著者の感性でしか描けないものを感じられて、光と闇というファンタジー的な世界観が独特でありながらも凄く読みやすかった。言葉を操る主人公・柾高の葛藤なども細やかに描かれて好感をもてた一方で、たとえば殺しのシーンなど、ところどころリアリティが感じられず、惜しかった。


「リバーバンク」山本瓜(神奈川県)

同情につけこんで勧誘する宗教の手口など、読ませるシーンがいくつもあった。中盤までは主人公と母親の関係が描かれているのだが、宗教と対峙するのか、母親を巡る話なのか。縦軸のブラッシュアップができるとよい。


「この手を動かすもの」柚槻佳希(大阪府)

時代小説に奇術師を配するなど、読者を喜ばせようというサービス精神に満ちていた。ただ、真犯人がそもそも事件の解決を依頼しなければ犯罪も露見しなかったのではないか、という点は気になった。


「冬春夏春」よし(神奈川県)

一般人の常識的な日常ってこういうものかもしれない。対象との距離感が好ましい。さて小説にするために、もっと大きな事件を起こすか、大きな噓をつきましょう。


「イザールの光」吉川哲生(東京都)

江戸時代からのタイムリープはあくまで設定で、その設定により出会った2人の登場人物や起こった出来事が魅力的なのは小説的。終盤が会話劇になってしまったのが残念。


「自分の花」四星えり(神奈川県)

著者のバスケットボール愛に溢れているであろうお話。バスケファンなら共感できそうな蘊蓄が多いが、ややくどい。SF設定がやや強引すぎるか。


「事件、ならず」六七〇〇(愛知県)

起訴されなかった「事件」に焦点を当てるという題材に新鮮さがあって良い。だが、各話ごとに無駄な部分が多く謎解きまでの推進力に欠け、過程が退屈。誤字脱字も多く雑に書かれたのだろうと残念に思った。


「ホワイトルーム・オープン・ザ・ドア」渡鳥うき(茨城県)

設定は面白いが、主人公がただの傍観者のようになってしまっている。丁寧な心情描写を心がけては。


3次選考の結果及び講評は12月号(11月22日発売号)に、最終選考の結果及び選考委員選評は2023年3月号(2月22日発売号)に掲載予定です。
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