■No.5 因果応報――越智安成<その2>
文字数 1,379文字
私が安成を通して描きたかった1つは、
〈何かのために、いちばん大切な別の何かを捨てる〉というテーマです。
人生とは選択です。
ひたすら選択の連続ですよね。
世はうまくできていて、あれも、これも手には入りません。
あれか、これかを迫られるのが、人生というものです。
安成は〈復讐か、恋か〉の究極の選択を迫られます。
彼にとって、復讐を捨てるということは、これまでの人生を全て捨て去るに等しい。
それでも彼は、最終的に鶴姫との恋を選び、復讐を捨てようとします。
でも、過去の復讐(悪事)が邪魔をして、悲恋に終わる。
鶴姫伝説をベースとする以上、この物語の結末は最初から決まっていました。
彼は若くして戦死しなければなりません。
私は、例えば上質なコーヒーのように、物語の後味にこだわっています。
<善良な人間がひどい目に遭って死ぬ>
という物語では、読後感がぜんぜん良くありません。
文学作品としては、喉にトゲが刺さっていつまでも引きずるような問題作のほうが、高評価なのかもしれませんが。
過去、極悪人だった人間、それも、それなりの理由があって極悪人になった人間。
特に前半、安成はいくつも罪深い行為をしてみせます。
それが、一人の女性と出会い、恋に落ちて、悔い改める。
しかし、最後には愛する女性を守るために死ぬ。
ロミオはただ被害者として死ぬわけですが、安成は加害者でもあります。
かつての加害を悔いて死ぬ姿は〈赦し〉を想起させます。
〈赦し〉は人間のなしうる神聖な行為の一つなんですね。
彼の死を読者に納得いただくためには、安成は悪人であったほうがいい。
でも、悪人の恋は、心から祝福しにくい。
そこで安成には、生まれ変わってもらい、多少の罪滅ぼしをした善人として、死を迎えてもらう結末にしました。
しかし、いくら罪滅ぼしをしたとしても、元悪人が最高に幸せになってしまったのでは、彼の悪事の犠牲になった人たちが浮かばれません。
因果応報によって、最後に帳尻が合うようになっています。
鶴姫も、皆と自身を守るためとはいえ、敵の命を奪っており、因果応報を免れえないのです。
小説における因果応報は、私にとって、後味の良いコーヒーの香りのようなものですね。
赤神 諒(アカガミ リョウ)
1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、上智大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。私立大学教授、法学博士、弁護士。2017年、「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞し作家デビュー。他の著書に『大友の聖将(ヘラクレス)』『大友落月記』『神遊の城』『酔象の流儀 朝倉盛衰記』『戦神』『妙麟』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』がある。