■No.8 『空貝』における「距離」
文字数 1,125文字
この作品では、距離を意識しました。
宿敵同士として、〈心の距離〉も最大限から始めました。
ここでは物理的な距離のお話です。
伝説では、恋人となった安成が、火計を用いた海戦で最期を迎えます。
が、どんな戦だったのか、詳しくは描かれていません。
安成は並ぶものなき知将です。
天才軍師として数々の逆境を乗り越え、味方を勝利へ導いてきました。
その彼が、最後だけ、
――今回は相手が上手でした……ま、参りました!
と、負けて死ぬのでは、作者も読者も、納得できません。
負けるのが分かっているのに出陣して、その通り負けて死ぬのも、彼らしくありません。
そうではなく、鶴姫も安成も、
完全な勝利を確信して、出陣する。
しかし、(偶然ではない)予期せぬ事態によって戦況が急変し……
そりゃ負けても仕方ないよなと、思っていただけるように、
工夫しました。
でも、それだけでは足りないんです。
悲恋物語ですから、彼が死すべき理由もまた、恋でなければならない。
ここが難しかったですね。
天下の奇才は、あらゆる可能性を検討した結果、
鶴姫を救うためには、自己犠牲しかないと結論づけます。
それが<距離>とそれに伴う<時間>でした。
現代社会なら携帯電話一本で、遠く離れていても、すぐに連絡が取れます。
ところが舞台は、戦国時代の夜の海。
思わぬ事態の推移で敗北を確信した安成。
このままでは、鶴姫が敗死する。
遠く離れた船団にいる鶴姫に危機を知らせねばなりません。
安成はどうやって鶴姫を救うのか――。
最後のクライマックス、どうぞお楽しみください。
赤神 諒(アカガミ リョウ)
1972年京都府生まれ。同志社大学文学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了、上智大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。私立大学教授、法学博士、弁護士。2017年、「義と愛と」(『大友二階崩れ』に改題)で第9回日経小説大賞を受賞し作家デビュー。他の著書に『大友の聖将(ヘラクレス)』『大友落月記』『神遊の城』『酔象の流儀 朝倉盛衰記』『戦神』『妙麟』『計策師 甲駿相三国同盟異聞』がある。