ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第十回

文字数 3,001文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇台風の季節、雨宿りで一緒になった方への雑談のネタにお困りのあなたへ?!

傘が嫌いだ。幼少期から大の傘嫌いで知られていた私はどんなに母が「傘を持っていきなさい」と言っても聞かず、結局最後には閉じた傘を握りしめたまま大雨の中を飛び出していた。そこまで傘が嫌いだったのは、傘が憎かったのではなく、とにかく雨が好きだったからである。雨の日の学校はいつもより少し暗くて廊下の窓を雨風が叩く。雪とほぼ同程度の心拍数の上がり方で胸が高鳴った。外が雨だと教室が教室でなくなるかのような、非日常空間での学びに心が躍る。漂流教室では生き残りよりも勉強したいタイプ。そもそも「雨」という漢字が好きだ。じっと「雨」を見ていると雨にも部屋干ししている靴下にも見える。雨はお茶目だ。「雨天決行」はどことなく馬鹿馬鹿しさが漂う。今回送られてきた本は『お天気ハンター、異常気象を追う』気象予報士である森さやかさんが書かれた、日本と世界に蔓延る異常気象をまとめた本だ。当然雨を探して「ゲリラ豪雨」から読む。


「ゲリラ豪雨」という名前が初めて登場したのは、1960年代。元々は戦争の最中に行われた奇襲作戦を意味する「ゲリラ戦」に、神出鬼没な大雨をなぞらえて、マスコミなどが使い出したが、戦争を想起させる言葉を使うのはいかがなものかという理由で、気象庁をはじめNHKも、その使用を頑なに避けている。たしかに今のご時世であれば「気象に戦争用語を使うな!」と怒る人もいるのかもしれない。世界でも「ゲリラ豪雨」は着実に増加していて、アメリカでは「クラウドバースト(雲の爆発)」、イタリアでは「水爆弾」と呼ぶそう。森さんのお気に入りはスウェーデンの「スカイフォール(空の落下)」。他国の呼び方は物騒だけど、「空が落ちる」は洒落てる。スカイフォールで濡れちゃったよ。洒落てる。でもこのご時世は油断ならない。「気象でウィットに富むな!」と憤慨するかも。


「山火事」の章では、アメリカで発生した山火事に、消火に駆けつけた消防士が持っていたスナックから「チェダーチーズ・ファイアー」、また名前が思いつかなかったという理由から「ノット・クリエイティブ・ファイアー」なんて名前をつけたらしい。日本だったら確実にネットが山火事になる。日本人はやっぱり真面目だ。「桜」の章では「散ればこそ いとど桜は めでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき」という短歌が紹介されている。「桜は散るから美しい」なんとも日本人的な表現だが、対してゲーテは虹についてこう述べている。「虹が十五分も出ていたら、見向きもされない」言い過ぎ。


 この本は異常気象の実情について語るだけではなく、気象にまつわるユーモラスな話も織り混ざっていて、ひたすら温暖化を煽られるだけの警鐘本よりとても読み易い。「干ばつ」では「魃(ひでりがみ)」という妖怪の話から始まる。昔、中国には体内に大量の熱を秘めた女神がいて、嵐を撃退してくれとの依頼を受け、地上に降り立ち見事勝利を収めたのだが、天に戻れなくなったため、いるだけで地面を干上がらせてしまい人々が頭を抱えた。こんなコミカルな導入ではあるが、実は干ばつによる被害は熱帯低気圧や洪水よりも大きいことを知る。世界の深刻な水不足からやがて水を盗む話になり、最後は日照りの時に他の田んぼから水を盗むと現れる「赤舌」が登場してこの章が終わる。ユーモアの塩梅が絶妙な構成だ。たまに警鐘を鳴らし過ぎてそのしつこさに煩わしさを感じてそっと閉じてしまいたくなるような本もある。「毎日ちゃんと歯を磨きなさい」とあれほど口を酸っぱくして注意されていたのに、いや注意され過ぎて、すっかりげんなりして聞く耳を持たなくなり歯を磨かなくなり大人になって6本も抜くことになってしまった私のような例がある。警鐘のスヌーズも強さとタイミングをほどほどにしないと失敗に終わる。そのバランスが天晴れな本だった。天晴れってなんか上から目線な言い方だ。すごく天から言ってる感じがする。バランスが素晴らしかったです。同じ晴れでもこっちが好きだ。


 かつて、小学校の運動会で雨乞いの踊りを踊ったことがある。当時は毎年花笠音頭やソーラン節など地方の民謡を覚えて披露するのが恒例となっていて、その年はそれだった。

みんなが一心不乱に踊る中、私はひとり心の中で唱え続けた。「雨降れ、雨降れ、雨降れ」すると雨が降った。さっきまであんなに晴れていたのに。完全なるスカイフォールだった。みんなが一斉にテントや校舎に避難して雨宿りをするのを横目に、私は空にガッツポーズをして雨を浴びて飛び跳ねた。親にはバカだと小突かれた。そして風邪を引いた。「バカが風邪引いた」とバカにされた。ただそんなことよりも自分の大好きな雨が自分の呼びかけに応えてくれたことが何より嬉しかった。自分には雨を降らせる能力があるんだと確信した。私はそれから毎日寝る前に「雨降れ、雨降れ」と祈るようになった。その成果が実って私は雨男になった。友達と遊びに行く時も外のロケもとにかく雨、雨、雨。「上田さん、もしかして雨男じゃないですか?」スタッフさんにチクリと言われる。「実は雨男なんです」と正直に答えてヘラヘラ笑う。実は私の正体が、雨を願って雨男になるべくして雨男になってしまった妖怪であることは内緒。

『お天気ハンター、異常気象を追う』

著者:森さやか

文春新書

定価935円(税込)

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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