ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第三回

文字数 2,657文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇まさかの同級生!? 安住アナに挑戦する、熱血アナウンサーと再会の会

 事務所に編集部から本が届く。もはやその小包を開くのが楽しみになっている。開けてすぐ、開口一番、私が発した言葉は「井上君だ!」。実は今回紹介する『伝わるチカラ』の著者井上貴博君は、何を隠そう、同じ高校の同級生なのである。さらに、この本にも出てくる井上君が当時所属していた野球部の監督が、何を隠そう、私の父なのである。私と井上君はほぼ喋ったことがなかった。にも関わらず、彼は私の父親と野球を通じて親交を深め、卒業後は野球部のコーチとなり、私の家に年中通っては何度も宿泊していた。たまに家にいる父親の気心知れた教え子。そんな彼が気が付くとTBSのアナウンサーになっていた。のちに私もどうにか少しばかりテレビに出演できるようになり、お互い連絡を取り合うようになった。そしてつい最近やっとこさご飯を食べに行く関係になったのである。そうなのだ。さも昔から知り合いな感じを装っているが、何を隠そう、井上君のことを全然知らないのである! 井上君と君付けで呼んでいるが、気を抜いたら井上さんなのである! だからしっかりと『伝わるチカラ』を読んでこの機会に井上君のことをもっと知るつもりなのである!


 そもそも私が井上君に抱いていた印象は「Nスタの顔」であり「報道の人」だった。しかし、井上君はそもそもアナウンサーを目指す気はなく、興味本位で受けたテレビ局の面接が不合格だったことから心に火がついた。そして見事合格した後は「どうすればバラエティで大活躍している大先輩の安住アナに勝てるのか?」真剣に考え抜いて別ルートで勝負することを決意した結果が情報番組だったらしい。そんな井上君が「朝ズバ!」の司会を務めていたのが29歳。彼は若干29歳にしてみのもんたさんが背負っていた大きな看板を担いで全国にニュースを伝えていたわけだ。いっぽうその頃29歳の私は、前のコンビを解散して、ピン芸人となり、浅草にある酔っぱらいしかいない小さな劇場でひょっとこのお面をかぶって時事漫談をしていた。ジャーナリズムもピンキリである。そこから半年で「朝ズバ」が終了して「あさチャン!」が始まる。同期のアナウンサーである夏目三久さんがメインMCとなり、それをサポートするアシスタントになる。井上君いわく「酷な役回りだった」。そんな精神的どん底時代を経て2017年ついに「Nスタ」に抜擢されるわけである。一方その頃私は同じくTBS「キングオブコント」決勝に駒を進めて、はじめてテレビでネタを披露して「差別的だ」とSNSが炎上して撃沈。1984年生まれの悲喜交々。


 さてこの本にはニュースキャスターとしてどうすれば視聴者に伝わるのか?経験から編み出した多数のテクニックが惜しげもなく披露されている。「カタカナ語を使ったら日本語を添える」「中性的な言葉づかいを織り交ぜる」など、井上君の伝える技術を丁寧に伝えてくれる一冊だ


しかしこの本は単なるテクニカルなビジネス書ではない。井上君の謙虚な言葉の裏に「静かなる反骨精神」をビシビシ感じるのである。例えば「速報」という言葉について。現実問題、テレビよりもインターネットの方が速いから「速報」ではないので自分は言わないようにしてます、とのこと。VTR前の煽りですら嘘が嫌いで極端にいえば「あまり取材がうまくいかなかったVTRです」と正直に誠実に話すことが大事です、と話す。こんなにも実直に反旗を翻す男がいるだろうか。当然これらの抵抗に反発する人も多いはずである。私は高校時代は剣道部に所属していたのだが、合宿の朝、稽古場にラジカセを持ち込んで、あややを聴きながらストレッチをしていたらOBに怒鳴り散らされたことがある。「部員みんなあやや大好きだし、テンションあがるから別にいいじゃないですか?」「神聖なる道場で音楽を流すなどけしからん! 日本の伝統を潰す気か!」「だったらストレッチも日本の伝統じゃないでしょうよ?!」とにかく揉めに揉めた。報道番組は視聴者の年齢もわりかし高いはずだ。それでも何かを変えようとする、新しいことをやろうとする精神を持ち続ける覚悟は並大抵のことではない。結局、私もあややではなく「お正月に流れる琴と尺八の曲」でOBとは手打ちにしようとしたが、それも怒られてラジカセまで没収されてしまった。伝統を変えるのは非常に困難だ。だが井上くんは変わりにくい世界を少しでも変えようとまっすぐに生きている人なのだ。帯には「地味で華がないボクが実践した52のこと」と微笑む井上君の姿があるが、その爽やかな表情とは裏腹に熱く燃えたぎる闘志がみなぎっていることを知った。自分もそうありたい。これから井上君とはお互い高め合って戦い続ける仲間でありたいと切に願う。数ヶ月前、井上君とTBSラジオでたまたま遭遇した。毎週2時間の生放送の冠番組が始まるらしい。俺も負けていられない。お互い激励しあってその場を後にした。その直前の5分番組の収録でエピソードトークが上手くまとまらず3回も録り直したことは言わずに。

『伝わるチカラ 「伝える」の先にある「伝わる」ということ』

井上貴博著

ダイヤモンド社

定価 1540円(税込)

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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