ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第一回

文字数 2,134文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇 これで今日からあなたも、いきなりストリートピアニスト!?

楽譜がよめなくても90分でいきなりピアノが弾ける本』の会

予想外の本が届いた。打ち合わせでは「私が普段読まなそうな本を担当者さんに選んでもらってそれを読みエッセイを書く」という方針で合意したのだが、まさか初回からこんなにもまっすぐな変化球が飛んでくるとは。推測するに、担当者さんが「『絶対』普段読まないであろう本」について考え抜いた結果、最終的に「楽器のハウツー本」という結論に至ったのだろう。絶対にひねり過ぎている。ぐぬぬ。というわけで「楽譜が読めなくても90分でいきなりピアノが弾ける本」読破と演奏させて頂きました。


 まだ芸人になってまもない頃「テレビに出るためにはニッチな趣味が必要だ」と全然テレビに出てない無趣味の先輩に言われ、ジャズピアノ教室に通ったことがある。しかし、そもそもピアノが弾けないのにジャズピアノに挑戦しようとする無謀な生徒は自分ひとりだけでとても恥ずかしかった。「ピアノ弾けないのにジャズピアノをやろうとするこの精神こそまさにジャズじゃないですか?」なんてことはおくびにも出さずただただヘラヘラ笑って気まずくなってやめた。この本はピアノリベンジの好機。早速近所の練習スタジオに入る。制限時間は90分。パラパラと本を開くとまず驚いたことに楽譜がない。五線譜がどこにも見当たらない。そう、この本でもっとも優先されているのは楽しさ。どうすれば気持ちよくピアノが演奏できるか?これとこれをどうやって押すとどのように聞こえて楽しくなるか?指南してくれる。細かいルールは抜きにしてサッカーボールがより遠くに飛ぶ蹴り方だけ教わったらすぐに試合に出させてくれるような本だ。


かつてとある番組でタモリさんが「ピアノやってる風ピアノ」としてピアノが弾けているように見えるピアノを披露していた。「白鍵だけ弾く」「思い入れたっぷりに弾く」のがポイントらしい。それを思い出しながら鍵盤をそれっぽく撫でる。あくまで感覚としてそれっぽく聴こえる瞬間があった。同時に本を読み進める。「長く複雑なメロディーよりも短いものを何度も聴く方が印象に残る」「低い音のあとの高い音はインパクトがある」「ペダルを踏むとほわわ~んとした響きが生まれる」なるほど。教え通りに演奏すると不協ではない和音が何度も鳴る。わわ。これ楽しい。既存の曲を正確に弾くことは不正解が目立つ。しかし自分の耳が審査員だと自分びいきで正解が連発する。自分の耳が喜ぶように自分の指を運ぶ。それいいね。それもわるくない。もういちど。


 カラオケ店でマラカスやタンバリンの正式な演奏方法をきちんと教わったことはない。しかし誰かが歌う曲に合わせて鳴らしていくうちに、心地の良い所作をなんとなく発見し、演奏技術を勝手に独学で体得する。この原始的な学びこそ音楽の原点であり(多分)ピアノとて原始スタイルで楽器しちゃっていいはずなのである。触れる機会が少なかっただけの話。カラオケボックスにグランドピアノが置いていなかっただけの話。そう、カラオケボックスにさえ置いてあれば、我々はチェロもアコーディオンさえも演奏できるように(多分)なるのだ!90分後には完全にピアノが弾けていた。これはいけるぞ。私はとある企画を立案した。「ピアノ素人が緊張感だけでストリートピアノを弾いたら人は集まるのか?」私が馬車道駅に設置されたストリートピアノを雰囲気だけで弾いたら観客は集まるのか?という映像を撮影することにしたのだ。音楽もお笑いもまず自分が楽しめばきっと聴き手に伝わる。カメラをセットしひとりエモーショナルにストリートピアノを奏でる。原始のチカラで音楽を体現しスーツの坊主がピアノをかき鳴らす。「あの人はきっと仕事ができなくて会社で居場所がなくてはらいせにピアノを弾いてるんだ」そう思われても構わない。誰かひとりにでもこの音楽が届けば。演奏が終わり立ち上がる。ちゃんと誰もいない。いないじゃん。時計を見るとそこそこの時間が経過していた。急激に恥ずかしくなる。90分でピアノが弾けるようになった私の心は32分でポッキリ折れた。

『楽譜がよめなくても90分でいきなりピアノが弾ける本』

monaca:factory著

ダイヤモンド社

1650円(税込)


好評発売中!

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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