ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第十三回

文字数 2,563文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇相方のハチマキなんて、どうだっていい?!JKとインドに、常識をぶっ壊さる一冊。

オンライン英会話に夢中だ。毎晩寝る前に、世界各国の人と雑談する。なんてかっこつけてはいるが、私の英語力はスッカスカであり、そもそも人見知りなので、毎回接続する度に2倍ドキドキしている。それでも、ドラゴンボールやらスラムダンクなど幼少期に同じようなアニメを見て過ごした人たちが世界中にいることを知ったりすると、あたしゃ今までずいぶんと狭いところに挟まって暮らしていたよぉ、と思わずちびまる子ちゃん口調になる。かつて発音の良さを馬鹿にする風潮があったけど馬鹿だねぇ。「アポー」が正しい発音なのに、「アッポー(笑)アップルだろ(笑)お前やってんなぁ(笑)」なんてゴリイジリするジャパンはくだらないねぇ。あたしゃおそろしいよ。小学生の時「こいつトイレで服全部脱がないでうんこするらしいぜ?やばくねえ?(笑)」とはしゃいでたアイツくらいおそろしい。ぐぬ。さてそんな我々が読むべき本が届きました。「JK、インドで常識ぶっ壊される」


この本は、現役の女子高生が、親の転勤により移住することになったインドでの生活を綴った本である。数ページ読んだだけでまずぶっ壊れたのは、その優れた文章力である。「JK」という言葉から、JK用語の乱れ打ちを想像していたのだが、すぐに年齢という色眼鏡が粉々になった。著者は、インドの空港に到着した時の様子を、不思議の国のアリスになぞらえながら、こう書いている。「そうして、アリスが鳥たちの流れに呑まれて池から岸辺に上がったように、わたしたち家族も人の流れに引きずられ、いつの間にか金ピカの免税品売り場を抜けていた。回転寿司をフラッシュバックさせるような憎いターンテーブルから体力のスーツケースを回収する。さぁ、これでようやくそとに出られる。いよいよインド上陸だ」ユーモラスな文体でとっても読みやすい。さらには「考えが甘かった。甘すぎた。タピオカミルクティーシロップMAXミルクフォーム追加よりも甘かった」なんて剛腕ストレートJK比喩も炸裂している。文才溢れる今時JKがインドをどう描くのか? 興味津々チョベリ電波バリ3男である。


そのワクワクで見出しを読むと、J K目線で彩られたインドに心躍る。『ターバンおじさん、実はレアキャラ』『「映えない」ナンって何なん?』『インドで「竹下通りクレープ」に出会う』『通学路は孔雀の溜まり場』。こんなにインドがキャピキャピでいいのだろうか?しかしそんな彼女がぶっ壊された常識は切実だ。『はだいろという色』という章では、ラトゥナという自身の皮膚の色を心地よく思っていない少女が登場する。著者は彼女にどういう声をかけるべきか迷いながら知らぬ間に身につけていた「白い肌への執着」に気付く。「白い肌はかわいい」が暗黙の了解となり、「美白」があって「美黒」のない世界。著者は「彼女の肌にあって、私やほかの誰の肌にもない美しさを、彼女自身が「美しい」と呼べないのは苦しい。春の息吹のようなやさしさと、燦然とした太陽のエネルギーの両方を帯びたラトゥナの肌を、わたしは心からきれいだなと思うからだ。」と語る。かつて日本のバラエティ番組では、顔を黒く塗って人種を嘲る場面が何度もあった。それがいかに酷い差別であるか、知らないまま生活できていた。差別は無知だ。コントも意図せずどこかで誰かの差別になってしまうことがある。「そんなヤツいないだろう」という想定だったはずが、実際にはそんな人がいて悩んでいたりする。だから、たくさん知ろうとしなきゃいけない。知ろうとするのがプロ。知ろうとしないのが素人。こうしておじさんはナチュラルにダジャレを言ってしまうことも知っておいておくれ。


『命がけのインド初ラン』では、インドのクロスカントリークラブに所属した著者がみんなで走りに出かけるのだが「どこ走ってんだよ!」と思わずツッコミたくなるような獣たちがわんさか登場する。そんなドタバタランニングにニヤニヤしていると『タピオカがほしいわたし、明日がほしいあの子』では、インドでインスタを見てて、放課後プリクラや制服で夢の国など、女子高生らしい日常を送る日本の友達に思いを馳せる一方で、車の窓を叩き物乞いをする子供がいる日常があることを知る。きっとこの本では描けなかったもっと生々しい現実もあったに違いない。


十数年前、友達がひとりでインド旅行に行って、そのまま行方不明になった。事故に巻き込まれたのかどうかすら、今だにわからない。ポジティブな妄想をするようにはしていても、インドと聞くとふと思い出して、悲しい気持になることがある。きっとどこの国であっても、影を落とす部分がある。光だけを見ようとすることは何かズルいような気もする。でも影ばかり見ていては、辛くて光すら嫌いになることもある。バランスよくだなんて器用な人間でもない。光と影の間を全力で反復横跳びすることくらいしかできない。絶えず、固まらず、ぶっ壊そうとする姿勢ではいたい。相方が最近プライベートでねじり鉢巻をしている。お祭りでもないのに。自分が常識に囚われすぎ? なんて思いつつ、少々常識ぶっ壊しすぎじゃない? なんて思いつつ、今日も反復横跳びをする日々だ。

『JK、インドで常識ぶっ壊される』

熊谷 はるか著

河出書房新社

定価 1540円(税込)

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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