ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第五回
文字数 2,786文字
お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。
でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。
そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!
ペットが飼いたい。ペット禁止のマンションがその欲求をさらに高めていく。撫でたい愛でたい愛されたい。どうにかペットを飼っている気分だけでも味わえないものか。そこで画期的な方法を発見した。それがアラスカ国立公園のライブカメラである。リアルタイムで映し出されるクマ。川の中をのしのしと歩いて見事な手さばきで鮭を捕らえるクマ。最近では自宅にカメラを設置してペットの様子をスマホで確認する人も多い。そう、このクマをスマホで逐一確認することで不思議と彼らに愛情が湧くのである。一時はその溺愛ぶりから(あとヒマ過ぎて)朝に鮭を焼いてクマと一緒に食べたこともある。それほど大好きになったクマなのだが、今回送られてきた本を読んでハッとした。『クマにあったらどうするか~アイヌ民族最後の狩人姉崎等~』。実際クマに直接会ったらどうするのか?撫でない。愛でない。走って逃げる。その判断は正解なのか?
クマに会ったら死んだフリをしろ。これが一番よく耳にする王道のクマ対策だ。しかし、実際想像してみると、クマを目の前にして果たしてそんな勇気が出るだろうか?興奮したクマが襲いかかってくるかも知れないという状況で「死んだフリ」という至極滑稽な演技をやり遂げることができるのだろうか? もしもその演技がクマにバレたら? しばらく死んだフリをした後に、ゆっくりと顔をあげると、腕を組んで冷めた目で見下ろすクマ。怖恥ずかしい。やはり是が非でも正解は知っておきたい。
この本は「クマは私のお師匠さんです」と話すアイヌ民族最後の狩人である姉崎等さんがクマについて対談形式で徹底的に語っている。姉崎さんは山の歩き方をクマから教わったらしい。クマは山の最短距離を進むので、クマを追ってどの道をどう歩くと楽に移動できるのかを学んだらしい。この本を読むとクマがいかに知恵のある動物か思い知らされる。クマが猟師に追われた時は、逃げながら途中で自分の足跡をきちんと戻り、脇道に逃げる。足跡が途中で消えたように見せかけるためだ。時にはその脇道にじっと隠れて待ち伏せしておいて、足跡だけを見て追ってきた猟師を後ろから襲うこともあるらしい。なんて賢い。そういえばアラスカのクマを見ていた時、鮭をほぼ残しているように見えたので、不思議に思って調べてみると「まるごと食べるより栄養価の高いイクラや皮だけを片っ端から食べた方が効率がいいから」という非常に理に適った食事をしていたことを思い出した。いやはやクマはとことん賢い。うちの相方なんてロケのお弁当のおかずがグミになってるドッキリを仕掛けたところ、まったく気付かず食べていたのに。
さて、本題のクマに遭遇した場合だが、走って逃げる行為は絶対にNGだそうだ。逃げるという行為は弱いことをクマに教えるようなものだから絶対に背を向けてはいけない。一番逃げ足が速い人がクマに狙われて襲われてしまったこともあるそうだ。皮肉なものである。とにかく絶対逃げない。まず前提としてクマは肉食動物のようにいきなり人間を襲うような動物ではない、とのこと。寡黙で怖そうな先輩もいざ喋ってみるとすごく気さくだったりする感覚に近いのかも知れない。同じ事務所の先輩であるサンドウィッチマン富澤さんに初めて挨拶した時は「もしかしたら怖い人かも」とすごく緊張したが、いっさいそんなことはなく、今となっては気軽に話をさせてもらえるし、塾講師をやっていた経験を買われて富澤さんの息子さんの中学受験のアドバイスまでしている。クマとだってそんな関係になれるかも知れない。ちなみに子連れグマは我が子を守ろうと気が荒いらしい。お母様、お受験の相談なら乗りますよ。
そんな心持ちでクマと対峙したら次にやるべきこと。それは大声を出すこと。棒立ちのまま、クマから目をそらさずに睨んで「ウオー」と叫んで相手を圧倒する気勢を示すことが大事らしい。いやいや。立ち去らないだけでも勇気がいるのに。クマを見て叫ぶなんてとても出来る気がしない。仮にできたとしても手足も声も震えているので絶対に雑魚っぷりがバレちゃう。どうしたものか。姉崎さんは言う。「どうせ逃げたってクマは60キロも出るような足の速い動物だから、逃げても逃げ切れることはない。あきらめて「座りなさい」と。「腰抜けなさい」と言うの。腰抜けたら動けないんだから、彼らは抵抗しないものにはかからない習性があるから」なるほど。死んだフリもそういった根拠から来ているようだ。「ただ寝て死んだフリ」より「腰抜けてもいいから座る」方がいいし、出来ることなら「立ってクマをにらんでいた」方がいいし「大声を出す」方がいいらしい。これをテレビ番組で考えるとこうだ。「ただ黙って笑っている」より「ビビりながらでもコメントする」方がいいし、出来ることなら「立ち上がってMCに突っ込む」方がいいし「ひな壇の端っこでも大きな声を出す」方がいい。最近の自分を振り返ると大御所が多すぎて死んだフリをしていた番組もあった。ぐぬぬ。とにかく最低限「逃げて収録に行かない」なんてことだけはないようにしよう。いつかのクマのために。そんなことを飛行機の中で考えながら、北海道でダチョウと仲良くなるロケに向かう。
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。