ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第十四回

文字数 2,218文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇本当はいないほうがいい?! 葛藤を抱える万引きGメンの赤裸々な苦悩と葛藤。

盗撮犯を捕まえたことがある。20年以上前に地元の海岸でカメラを抱えたおじさんが上空を飛ぶトンビを撮影していると見せかけて、車で水着に着替える女性たちをごりごりに撮影していた。あの頃、初めて出来た彼女にフラれてエモエモなセンチメンタルで海を見つめていた上田少年は、自分が主役の恋愛映画に見知らぬ変態が勝手にカメオ出演してきた気持ちになり、怒りと正義感からそのおじさんに突発的に声をかけた。すると男が慌てて逃走したためすぐさま走って追いかけたのだが、あっけなく見失ってしまう。やはり大人の協力が必要だと気付いて、近くにあった駐車場の管理室を訪ねてみたところ、なんとそこから出てきた管理人が、さっきの変態だったのだ。

ぎゃああああ!

急に怖くなって別の大人に状況を説明すると、全部丸投げしてその場を後にした。このように、日常の景色にさらっと溶け込んでいる人間が実は裏でさらっと犯罪をやっていることがある。『万引きGメンの憂鬱』にはそんなカメレオンな犯罪者、万引き犯を追う万引きGメン苦悩の日々が綴られている。


この本は、広島で店舗清掃やビルメンテナンスの仕事を請け負う株式会社「NICO」を設立し、施設警備や保安業務を受け持つうちに万引き犯罪に対峙するようになった日南休実さんが、万引きGメンと組んでスーパーやドラッグストア等の防犯対策に臨む毎日で出会った万引き犯たちの姿が描かれている。

そもそも万引きGメンという職業は存在しないらしい。あくまで通称であり、役割としては「保安員」だそうだ。制服を来て警備することが犯罪抑止になる「警備員」とは対照的に、その存在を周囲に悟られないよう一般のお客さんに紛れて警備を行うのが「保安員」であり、万引きGメンである。彼らには警察官が持ちうる職務質問などの権限がない。ゆえに、彼らの仕事は、見つけて声をかけて警察が来るまで見張ることまでしかできない。つまり犯行理由やその背景などについては最終的には知り得ないのだ。

映画やドラマでよく見る、泣きながら動機を語る部分が省略される。よくよく考えたらあの管理室のおじさんがなぜ盗撮してたのかわからない。最初はトンビを撮影していたが、次第に犯罪に手を染めたのか。それとも最初から普通に盗撮していたのだが、やがてトンビに興味が湧いたのか?この件については、正直興味ない。


映画「万引き家族」のように一家総出で万引きをする家族や、万引きGメンを罠に嵌めようとする愉快犯まで、多種多様な万引き犯が登場する。個人的に大きな関心を持ったのは、タイトルにもなっている「万引きGメンの憂鬱」である。万引きGメンは、万引き犯を捕まえることが仕事なので、多くの犯人を捕まえた日にはよく仕事をしたことになる。それとは逆に、1日中いろんな店を回っても1人の万引き犯にも出会わない日もあり、そんな時は自分のアイデンティティが危うくなるGメンもいるらしい。仕事がないことは喜ぶべきことなのだが、本人としては虚しさを感じる。一方で、仕事が増えれば、誇らしさと共に、治安の悪さも証明してしまう。

警察官の人も同じような感情を抱くことがあるんだろうか?

いや、警察だけではなく、社会の問題を解決する職業は、このケースに当てはまる。お医者さんだって、誰も病気なんてしない方が本来幸福なことだし、弁護士も裁判官も、問題があるからこそ仕事になっているのであり、その問題に全員が本気で取り組んですべて完璧に解決されると、仕事が消滅するという不思議な仕組みだ。この世に蔓延る悪がゼロになった瞬間、ヒーローは路頭に迷う。

ヒーローが描く理想はどこにあるのか?

日本で一番有名な万引きGメン伊東ゆうさんの言葉がこの本に掲載されている。

「こんな仕事、早くなくなればいいのに」

そうか、ヒーローのゴールは廃業だ。

「僕と握手してる場合じゃないよ。僕の仕事を世の中からなくすこと。それが君の仕事だ」その言葉をたくされた子供が果たしてその意味を理解できるだろうか?

しかし、ヒーローが心の底から地球の平和を願う時、それは真理であり真実であり、伝えていかなければならない大事なことである。憧れるのではなく、その存在意義を奪うことが未来につながることを。

「ねえお母さん、ヒーローをなくすのが僕の仕事だって言われたよ?」

「は? それは悪の仕事でしょ?」

憂鬱は続く。

『万引きGメンの憂鬱』

日南 休実 著

ザメディアジョン

定価 1,650円(税込)

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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