ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第二回

文字数 2,623文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇好きの好きは好き

小説の惑星~ノーザンブルーベリー篇~』で広がる「好きの輪」と、ちょっとした注意事項の会

 ぶっ飛びすぎた前回の反省を踏まえてなのか、今回編集部から私に送られてきた本は『小説の惑星~ノーザンブルーベリー篇~』である。伊坂幸太郎さんが選んだ短編アンソロジー。まえがきには「これはまさしく僕にとっての小説ドリームチームです」と書かれている。最高。伊坂さんの小説は大学時代に『オーデュボンの祈り』を帰りの電車で読んでいてラストが面白過ぎて下車しても本を閉じることができずそのままホームの端っこの柱に寄りかかり立ったまま読破した思い出がある。もちろん『重力ピエロ』『ラッシュライフ』『アヒルと鴨のコインロッカー』も駆け抜けるように読んだ。そんな大好きな伊坂さんが一体どんな作品を選んだのだろうか。想像するだけでワクワクする。好きな作家さんが好きな本を読むのは楽しいさらに好きな作家さんの好きな本がもともと自分が好きな本だったりすると「ですよねですよね!?」と不思議な喜びに溢れる。最近ではお笑いライブでも「東京03寄席」のように芸人さんが自分の好きな芸人さんを集めてライブをやることもある。好きの好きは好き。お客さんが「ですよねですよね!?」の気持ちだからそりゃ盛り上がるわけで、そういうライブですべることは(時々あるから怖いのがお笑いだけどまず)ない。


 『小説の惑星』のトップバッターは眉村卓さんの「賭けの天才」。賭けに勝ちまくる男が実は未来予知能力を持っているんじゃないのかと疑われるというお話。普通はここからファンタジックな展開になるのだが、SF的ではないのに日常的でもない滑稽なラストが待っている。覚えておきたい、ポッケに入れておきたいSFだ。続いて現れたのは、井伏鱒二さん。大学の休憩時間の話。伊坂さんはあと書きで「リアルなようでいて非現実なコントのような印象を受けました」とおっしゃっている。勝手に激しく相槌を打つほどにまさにコントのようなお話。我々ゾフィーのコントをご覧頂ければおわかりのように、私は極度な真面目人間の衝突が大好物で、この「休憩時間」には、規則違反で下駄を履く学生と生活指導の口論、そしてその経緯を見て突然演説を始める学生など、不器用だけど一直線な青年がわんさか登場する。こいつらがとにかく憎めない。これも是非ともポッケに入れておきたいお話だ。あぁ。そりゃそうだ。そんなことはじめからわかっていたのだけど、案の定、全部好きだ。どうしよう。ポッケがパンパンだ。アンソロジーを読むと、大抵2つか3つ、素敵な出会いがある。でも好きな作家さんのアンソロジーはお気に入りのラッシュ。まいったねこりゃ。


 このアンソロジーを読んで「好きの好きは好き」であると確信したと同時に、もうひとつ、気付いたことがある。それは、好きの好きによって、好きの輪郭がはっきりするということである。伊坂さんのどういったところが好きなのか? ぼんやりとしていた好きがよりどんどんくっきりしてくる。自分は伊坂さんの小説が持つ、次から次へとどんどんページをめくりたくなる「物語」が好きなのは自覚していたつもりだが、その作品から醸し出されていた「まじめなユーモア」が特に好きであることを発見した。この本に収録されている佐藤哲也さんの「仙女」は、たった1ページなのに、幻想的で洗練された寓話のような雰囲気なのに、思わず笑ってしまうようなバカバカしさがある。絵画に詳しいわけじゃないが、マグリットという画家が描いた「透視」という作品がある。その絵は男が卵を見ながら真剣に絵を描いているところなのだが、そのキャンパスに描いている絵がなんと鳥なのである。つまり、卵を見ながら「真面目に」鳥を描いているというおじさんの絵なのだ。ここにも屈託のないお馬鹿さんがいる。伊坂さんはあと書きで次のように書かれている。「ただの悪ふざけで終わらせずに、生真面目に小説の形にできる力こそが、小説家の才能のようにも思えます」生真面目なユーモアが愛おしいことを知った


 好きの好きは好き。あれも好きな人はこれも好きそう。好きが繋がって広がっていくことは素敵なことだ。だが気をつけなければならないこともある。本の趣味が合うスタッフさんに出会ったので興奮して喋っていたら「上田さん映画も好きですよね? 最近見た面白い映画あります?」と言われて、前日に観たばかりの「『CLIMAX クライマックス』(監督ギャスパー・ノエ、主演ソフィア・ブテラ、2018年)最高でした!」とおすすめして「え! 絶対観ます!」となったのだが、よくよく考えたら『CLIMAX クライマックス』という映画は「山小屋で20人くらいのダンサーが間違えてLSD入りのサングリア飲んじゃってみんなハイになりぶっ壊れて踊りまくる映画」だった。絶対に初対面でプッシュする映画ではない。それから2回ほど会ったがまだ『CLIMAX クライマックス』の話はない。好きがジャンルをまたぐ時にはご注意ください

『小説の惑星 ノーザンブルーベリー篇』

伊坂幸太郎 編

ちくま文庫

定価 792円(税込)


姉妹本の『小説の惑星 オーシャンラズベリー篇』とあわせて好評発売中!

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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