ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第九回

文字数 2,847文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇運命の出会いもお笑いコンテストの優勝も、全ては運命? 実力? それとも……?

キングオブコント準決勝敗退。夏が終わった。毎年のことながら「やれるだけのことはやったじゃないか」と脳が自分に言い聞かせるのだが、少しでも気を抜くとじんわりと心臓から悔しさがにじんでシャツがびしょびしょになり、道路であろうと電車であろうとその場で横になって地団駄を踏みまくりたくなる。賞レースはいつだって甲子園なのである。試合に負けて泣きながらライブ会場の土をかき集めているとひとりの紳士が近づいてきてそっと声をかける。「大丈夫、君には来年がある」私を立ち上がらせると紳士は私の肩を掴んでこう語る。「君には来年もあるし、再来年もある。何年先までだってあるんだ。キングオブコントはM-1と違って芸歴も年齢も制限がない。おじいちゃんになっても優勝するまでずっと出るんだ。優勝しても出るコンビもいるくらいだからね。君の甲子園は永遠だよ」現実紳士。まるで終身刑。それでもこの無限甲子園は楽しい。「やれるだけのことをやる」ことが結果間違いだらけだとしても性に合ってる。


「徳を積む」のもそのうちのひとつだ。大会前は後輩にご飯を奢りまくる。いいことポイントを貯めて勝率を上げる作戦だ。「いや絶対に関係ないだろ?」「そんな偽善でやってたら逆にバチ当たりますよ?」誰からの支持も集められない習慣なのだが、やれるだけのことをやったらあとはそれくらいしかやることがないし、別に悪いことしてるわけじゃないからいいじゃんと思いながらオリジナル徳をひたすら積み続ける。逆に自分にとって悪いことが起きた時もポイントに加算される(としている)。はじめて決勝に行けた時は自転車を盗まれたので思わずガッツポーズした。こんな人間にとって『それはあくまで偶然です』は真っ向から正面衝突しそうな本だった。運命や迷信を統計学でぶった斬る本。ぶった斬られそうな予感。しかし地団駄な日々を暮らす今は、心も体もハードマゾモード。飛んで火にいる夏の虫になって、夏を強制終了だ。


 この本には偶然で片付けられないような話がたくさん出てくる。例えば、この本の著者で統計学の教授であるジェフリー・S・ローゼンタールさんは自分の生徒から、はじめてのデートの相手の車が自分とまったく同じメーカーの同じモデルの同じ色の同じ製造年だった話を聞く。なんともSNSでバズりそうなエピソードだ(嫌な言い方)。しかしこの著者は、長年のうちに自分が指導した学生のすべてと、彼らが経験した出会いや遭遇のすべてと、その出会いや遭遇が意外なものとなる形(同じ車、同じシャツ、同じ小学校)すべてを考えたら、たいしたことじゃないと主張した上で「しかもこのデート失敗してます! 運命じゃなかったです! 残念!」とどめを刺す。「確率は100パーセントで、運命は0パーセントだったわけだ」という締めくくり(すごく嫌な言い方)。


 ジェフリーさんはこれらを「運の罠」として片っ端からなぎ倒していく。ドラマチックで熱っぽく語られるニュース記事の多くは、最初の見た目の印象ほど意味がない。野球のバットが胸に当たり心臓が止まった少年を心肺蘇生して助けた看護師の女性が、その七年後、食べ物を喉につまらせて息ができなくなった。そこに現れた消防団の男性が応急処置を施して見事命を救ったのだが、なんとその男性はかつて女性が助けたあの少年だったのだ。これはさすがに運命な話だ。しかしこの話ですらジェフリーさんは容赦がない。心肺蘇生法を知っている人がそのコミュニティーに1万5000人いるとしたらその組み合わせだけで1億を超える。つまり誰かしら2人の人が互いに命を救い合うことが起こる確率は実はおよそ3分の1。つまりそうした出来事は少しも珍しくはない。ただのまぐれだけによって起こりえた。と話す。うん。なんか頭では理解できるけど体が拒絶する。この本を読んで自分が浮き彫りになってきた。リア充関連には「は?偶然だろ?」と言い放ち、生死関連には「運命ですね」と涙ぐむ。これを決して逆にはできない倫理がある。神様が人間を平等に扱わないのではなく、人間が(いやさ私が)神様を平等に扱おうとしない。運命のえこひいき。デスティニー差別である。 


森羅万象全てにおいて、とどのつまりは偶然の重なりが現実だ。成功者が成功してから成功の秘訣をいくら説いても、運命の女神が微笑む横で偶然の女神が爆笑している。ただそれを「偶然」と言わない美学もある。この感覚はドラマの「これはフィクションです」のテロップに通じる。結婚式の運命感じちゃうエピソードをたくさん織り交ぜた感動なれそめVTRの最後に「これはただの偶然です」みたいなテロップが入るようなものだ。言いなさんな。どちらの方が人生を楽しめるか? 偶然にするか? 運命にするか? キングオブコントに負けたのは運命じゃない! 偶然だ! いや実力だ! ぎゃあ!

『それはあくまで偶然です 運と迷信の統計学』

著者:ジェフリー・S・ローゼンタール/監修者:石田 基広/訳者:柴田 裕之

ハヤカワ文庫NF

定価1,496円(税込)

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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