ゾフィー上田の「自分では出会わない本について語る会」第六回

文字数 2,809文字

お笑いファンに絶大な支持を得るコント師・ゾフィー上田航平さんは、読書家としても知られています。

でも、最近ふだんの読書だけでは物足りない様子。。。


そこで当コーナーでは、編集部からご自身では絶対に買わなそうな本をチョイスして、上田さんに読んで語ってもらいます!

〇コロナ療養中にもお薦め!?元気をもらえる超絶ストイッククリエイターの壮絶奮闘記

 コロナ陽性になった。「まさか自分が」なんて驚いてる余裕もなく、急襲の高熱にノックアウトされて3日間ぶっ倒れた。自宅療養期間は10日間。幸いにも症状は治まったが、それまでキングオブコントというコント甲子園に向けて毎日アクセル踏みまくりでライブ出まくっていたのに突然の病ブレーキで精神がクラッシュしてしまい、何をするでもなくベランダから空を見る日々を過ごす。雲を目で追いかけるだけで日が沈む。雲ひとつない青空は暇である。これすなわち人生うんぬん、いやおい、チルってる場合じゃねえだろ目覚ませ! 慌てて〆切を延長してもらっていた書評の本を手に取る。『ゼロからトースターを作ってみた結果』背表紙には「トースターをまったくのゼロから、つまり原材料から作ることは可能なのか? ふと思い立った著者が鉱山で手に入れた鉄鉱石と銅から鉄と銅線を作り、じゃがいものでんぷんからプラスチックを作るべく七転八倒」なるほど、要するに、超絶ストイッククリエイターの壮絶奮闘記ってわけだな。ほほう、寝ぼけ野郎の今の自分にうってつけだ。読む。


 そもそもなぜトースターなのか?著者のトーマス・トウェイツさんはこう語る。「電気トースターが近代消費文化の象徴であるように思えるから。あると便利、でもなくても平気、それでもやっぱり比較的安くて簡単に手に入って、とりあえず買っておくかって感じで、壊れたり汚くなったり古くなったり捨てちゃうもののシンボルがトースターなんだ」たしかに世の中には、必要なものと不必要なもののボーダーラインにぷかぷかと浮遊している製品が無数にある。一方で現代社会においてはほぼ逃げ切れない製品もある。最近私はスマホ断ちを目指そうと、スマホの機能をことごとく分解し、メモ帳と地図とカメラと本をバラバラに持って生活している。「かつての僕らってこうだったよね?アナログの方がやっぱり人間らしいよね?」なんて自分に言い聞かせながらも小さなショルダーバッグがちぎれるくらいパンパンになっている様子を見てスマホの便利さをヒリヒリと痛感する。世間にありふれたものこそ私たちには作れない。作れそうなのは紙ストローくらい?いやでも折り紙でジュース吸えるか?さらっと超絶テクノロジー。


 本書50ページでもうすでに鉱山にいた。鉄鉱石を採掘するためだ。だがしかし、採掘には採掘機や爆薬も必要だし、トロッコで地下深くまで移動するので半日仕事ではできない。知らなかった。鉄って鉱山に行ったら「ゴロゴロあるから好きなの持ってきな」感覚の代物だとばかり思っていた。その事実を知ったトーマスさんの語り口は軽い。「実際僕はツルハシだって持って行かなかった。だって貸してくれると思ったんだもん」この本は行く先々で試行錯誤しながら社会の変遷と実情を目の当たりにする。しかし非常にユーモラスな文体のおかげで読者は単にワクワクだけページをめくることができる。文字が純粋無垢な好奇心で溢れている。これを書いた人はきっと目が赤ちゃんだと思う。人生でたまに出会う、赤ちゃんアイズの人。ディズニープラスにピクサーで働いている人たちのドキュメンタリーがある。そこに登場するクリエイターは老若男女問わず、全員目が赤ちゃんだ。ちなみにピクサー大好きなハナコ秋山君も目が赤ちゃんだし、もはや顔もちょい赤ちゃんだし、心もすっごく赤ちゃんだ。こんな赤ちゃんに囲まれて暮らしたい。

 

 トーマスさんはプラスチック、銅、ニッケルと少しずつトースターの部品を作り上げていく。しかし当然数多くの困難が待ち構えている。挫けそうになりながらも挑戦を絶対に諦めない。当初のルールをぶち破ってでも。どうあがいても手に入りそうにない原材料については「おいそれ卑怯じゃん!」というとんちみたいな荒技を使って乗り越える。これは是非読んで欲しいからあえてここでは書かないけどトーマスさんは言う。「ルールの拡大解釈だということは認めますけど、そのルールは僕が作ったものだから、僕が破りたかったら破ってもいいんです」それを言っちゃおしめえよ。と思いながらもトーマスさんがずっと愛おしい。大事なことは目的を達成すること。その過程がどんなにアクロバティックであっても、まっすぐゴールに進む推進力に私たちは感動する。お客さん投票で順位を決めるお笑いライブに圧倒的な数の知り合いを呼んで組織票で優勝するコンビがいる。結局そういう人たちって5年もせずに解散しちゃうんだけど、彼らが実力を度外視して10年20年組織票だけでお笑い界で勝ち残っていったとしたらそれはそれでなんか映画になりそう気がする。継続は力なり。力がないと継続できない。続けることが最優先。


 たくさんのやる気をもらえた。明日からまた頑張ろうと思った矢先、この人は現在何をやってるのかすごく気になったのでググってみるともう1冊本を出していた。タイトルは『人間をお休みしてヤギになってみた結果』。将来への不安から人間をやめてヤギになって生活してみたらしい。うん。そか。ベランダに出て空を見る。なるほどね。ちゃんと変な人だ。よし。明日から頑張ろ。

『ゼロからトースターを作ってみた結果』

トーマス・トウェイツ著 村井理子訳

新潮文庫

定価 935円(税込)

上田航平(ウエダコウヘイ)
1984年生まれ。神奈川県出身。慶應大法学部卒。2014年にサイトウナオキとゾフィーを結成、2017年、2019年「キングオブコント」ファイナリストとなった。また、ネタ作り担当として、「東京03の好きにさせるかッ!」(NHKラジオ第1)でコント台本を手がけるなど、コンビ内外で幅広く活動している。趣味は読書とサウナ。なお、祖父は神奈川県を中心に展開する書店チェーン店「有隣堂」の副社長を勤めたこともある。

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