京大生本読みのオススメ「恋愛ミステリ」10選
文字数 3,781文字
今、どんな作品を読んだらいいの?
そんな疑問にお答えするべく、大学生本読みたちが立ち上がった!
京都大学、慶應義塾大学、東京大学、早稲田大学の名門文芸サークルが、週替りで「今読むべき小説10選」を厳選してオススメします。
古今東西の定番から知られざる名作まで、きっと今読みたい本に出会えます。
人間の感情は往々にして不可解で、えてして矛盾を見せます。そうした人間の営みが“謎を解く”という極めて理知的な行為と接続したとき、「真相」として提示される論理の構図は曖昧さを帯び始め、最終的には想像もしえない物語が、人智を超えた壮大な絵が浮かび上がってきます。今回は「恋愛ミステリ」10作を挙げ、その魅力の一端を紹介出来たらと思います。
(執筆:式月秀/京都大学推理小説研究会)
京都大学推理小説研究会(きょうとだいがくすいりしょうせつけんきゅうかい)/京都大学
京都大学にある文芸サークル。課題本について発表・討論を行う「読書会」や担当者が書いた短編ミステリ小説の謎解きを行う「犯人当て」を中心に活動しています。そのほか、ミステリに限らず幅広いジャンルの作品について語り合ったり創作をしたり。現在はオンラインで活動中。詳しくは公式Twitter(@soajo_KUMC)へ!
いつも無表情で厭世的な雰囲気をまとっていた叔母・藍子。
若くして亡くなった彼女の人生はどういったものだったのか。
純粋な興味から始まった彼女の足跡を辿る旅は、いつしか“今”の物語として眼前に現れる。
人間はだれしもが数年、数十年の歴史を背負っていて、その歴史を常に参照することによって個々人の言動は生まれます。
それを逆向きに辿るという行為は、それぞれの行動の根底に存在する論理というものが次第に明らかになっていくという過程を伴います。
そうした過程はミステリのそれとも重ね合わせることができるのではないでしょうか。
画面の向こうの女子高生に思いを馳せるフリーター、幼馴染を目に見えない「奴」から守ろうとする少年、狂ってしまった姉から殺される日を閉ざされた家の中でただ待ち続ける家族。
狂気を孕んだ非日常が日常として鎮座する世界で語られる三つの物語が一点に収束した時、新たな物語が現れる。
歪んだ世界の中では真っ直ぐな論理はいびつなものとして映ります。
しかし、もう少しよく見つめてみるとその奥にあるのは現実世界の鋭い真実です。
それは歪みによってこそ語られうる真実、と言ってしまってもいいかもしれません。
クリスマス直前、殺し屋のオーラヴはいつものように麻薬組織のボスから仕事を頼まれる。
しかしそれは、ボス自身の妻の殺害だった。
仕事に取り掛かるオーラヴだったが、その妻の姿を目にした瞬間、彼自身、ひいてはオスロの裏社会全体の運命が狂いだす。
騙し騙されの裏社会。
その中で繰り広げられる愛はあまりにも単純で私的、そしてどこか歪んでいます。
愛の裏返しとしての果てしない暴力、裏切りにまみれた中での真の愛、そしてその揺らぎ。
すべてが曖昧かつ繊細に描かれ、そしてそれらが苦しいほど鮮やかに白と赤のコントラストに、「その雪と血を」という言葉に収束してしまいます。
孤児の少女・飛鳥は引き取られた家での虐待から逃れ、心優しい青年・滝杷裕也に引き取られる。
そして、彼女は人々の優しさに囲まれて育っていくが、しかし物語はある事件をきっかけに次第に翳り始める。
何かを明らかにするという行為は、そこにかかわるすべての人間を単なるチェスの一コマへと落とし、各々の心の内部を排斥してしまいます。
その時生まれる、謎を解くべきか否かという葛藤にはどこにも正しい解などなく、だからこそいつの時代でもどうしようもないものとして我々の前に存在し続けるのです。
医者として名声を得たベンは30年前の事件のことをずっと心に抱えてきた。
それは初恋の相手ケリーが被害者となった事件である。
あの時一体何が起こったのか。
彼女の記憶の回想とともに次第に語られていく。
初恋、青春時代の恋愛は大抵口に出せない、もしかしたら思い出すことさえできないほど恥ずかしく、痛々しいものかもしれません。
その記憶に囚われてしまったのがこの作品の主人公・ベンです。
では、彼をそうさせてしまった事件とはいったい何なのか。
静謐に語られる記憶をなぞり、行きつく結末はあまりにも鋭く胸を刺します。
政府高官の息子ドローヴは夏休暇に港町パラークシを訪れていた。
そこで宿屋の少女ブラウンアイズと再会を果たす。
街には粘流と戦争の影が押し寄せ、次第に翳りを見せていく。
その中で仲を深める二人。
しかし、背後にはある計策が潜んでいた。
ミステリの魅力とは何か考えてみたときに、その一つに、隠れていた事象が明らかにされたとき、それまで描かれた物語にまた新たな意味が生じるという営みの不可思議さというのが思い浮かびます。
こうした魅力は一般にミステリに区分される作品に顕著ではありますが、様々な作品に敷衍できるのではないでしょうか。
第二次世界大戦の最中、浜田少年は息も絶え絶えの隣人の先生から18年後の今日、ここを訪れてほしいという依頼を受ける。
そして約束の日、その場所を訪れた彼の前に突然現れたのは不思議な機械だった。
SF界に燦然と輝くタイムトラベルSFの金字塔。
様々な形で語られ、引用され、影響を与えた作品です。
昭和の心地よい空気感、そこに住まう人々の関わり合いが丁寧に描かれるとともに、時間の流れを超越して物語が収束していくその鮮やかな手つきはミステリというジャンルから見ても一級品です。
戦時中、福島の温泉町に疎開していた少年・本庄究は同じく疎開してきた画家の娘・朋音に恋心を抱く。
そして戦争が終わりを迎えるとともにある事件が村を襲う。
時代は流れ彼が柳楽画伯として名声を得ていく中、また彼の周りに不可思議な犯罪の影が現れる。
この作品の良さを伝えるにはやはりこれを引用するのが一番だと思います。
他者にその存在さえ知られない罪を
完全犯罪と呼ぶ
では
他者にその存在さえ知られない恋は
完全恋愛と呼ばれるべきか?
読後、本を机に置いた瞬間、読者はただ感嘆を漏らすしかないでしょう。
一冊を通して描き切られた本庄究の人生、彼を取り巻く幾人もの思惑、そして真のタイトルの意味に。
1989年の日本、1243年のフランス、1916年のドイツ。
時間と空間を超えて繰り返される数々の不可能犯罪。
その連鎖を貫くのは「生まれ変わり続け、殺し合い続ける」という運命を背負った男女の姿だった。
柔らかな温かみを帯びたファンタジー世界と血腥い犯罪、そして物理トリックは一見ミスマッチの印象を受けます。
けれども、いやだからこそ、その点を結ぶ線上に描かれた物語は新しいミステリの姿を見せてくれます。
そしてミステリとして明示的にあまりにも多くが示されてしまうからこそ、ぼやけた物語の奥までふと覗き込みたくなるのです。
IT企業で働く中井優一はバンコクで商談に成功した帰り、澳門で娼婦からの予言と怪しげな男からある企業の株券を受け取る。
そののち、優一は香港の子会社に代表取締役として出向を命じられが、そこから物語は思いもよらぬ方向に進み始める。
なんとなく互いに特別な感情に気づきながらも大きなことは何もなく、そのまま縁も切れてしまった過去の友人。
順風満帆な生活の中でもふと思い出されるものの、それは今の現実とは地続きではないような、遠い記憶として残っている。
そうした心の奥底に眠っている初心な感情が、薄汚れた現実世界によって引きずり出されてしまう。
その郷愁を伴った痛々しさが読者の体に染み、感情を揺さぶり続けます。
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