京大生本読みのおススメ「アンソロジー」10選

文字数 4,050文字

今、どんな作品を読んだらいいの?

そんな疑問にお答えするべく、大学生本読みたちが立ち上がった!

京都大学、慶應義塾大学、東京大学、早稲田大学の名門文芸サークルが、週替りで「今読むべき小説10選」を厳選してオススメします。

古今東西の定番から知られざる名作まで、きっと今読みたい本に出会えます。

 アンソロジーを10冊紹介します。

 ただし、挙げたアンソロジーのいずれも、ジャンルによって緩やかな統一を見せてはいるものの、たとえば「猫ミステリ」や「犬SF」のようには、明示的なテーマで縛られていません。かと云って、編者が一冊の本として編む以上、無造作に集められたわけもなく、そこには何かしらの編集方針、あるいは、ときとして編者さえも意図していない、並べられることで発生する作品間の共鳴が存在します。以下に挙げるのは、面白い作品がたくさん収録されているだけでなく、まるで星座のように時間と空間を越えて作品を結びつける意図や共鳴が、とりわけ印象深い10冊です。

(執筆:鷲羽巧/京都大学推理小説研究会)

京都大学推理小説研究会(きょうとだいがくすいりしょうせつけんきゅうかい)/京都大学

 京都大学にある文芸サークル。ミステリを読んだり書いたり語ったり。そもそもミステリに限らなかったり。他大学の学生さんでも大歓迎です。現在はオンラインで活動中。

Twitter:@soajo_KUMC HP:https://soajo.jimdofree.com/

①『日本探偵小説全集〈11〉名作集1』創元推理文庫

互いに矛盾した証言が矛盾したまま投げ出される芥川龍之介「藪の中」を筆頭に、《本格ミステリ》や《謎解き》と云う言葉では容易に括ることができない作品が数多く収められています。たとえば、海野十三「振動魔」で事件に与えられる解決はSFに片足を突っ込み、実在の事件を再構成した山本禾太郎「小笛事件」は謎に完全な答えを示さない、と云った具合に。そんな本書が捉えるのは、トリを飾る地味井平造「魔」で描かれるような、合理的な解決を経てもなお世界に残り続ける無量の謎――《本格》がともすると取り落としてきたものです。

②『短編ミステリの二百年〈1〉』創元推理文庫

あまり知られていない海外短編ミステリの傑作を集める――どころか、《海外短編ミステリ》観に再考を促すようなセレクトが特徴。巻頭のデイヴィス「霧の中」からして、謎を解く行為の扱い方に、百年前の作品とは信じられない新鮮な驚きがあります。サキ「四角い卵」やモーム「創作衝動」、ラードナー「笑顔がいっぱい」は、ミステリの枠組の中で読まれることで新たな印象を与えると同時に、ミステリと云う枠組の編み直しを読み手に迫るかのようです。ミステリの面白さを拡張し、ミステリ史を語り直す、挑発的なアンソロジー。

……と云う印象を与えるわりに、巻末の長い長い解説を読んでも、いまいち編集意図が釈然としない。筆者が感じ取ったのは、編者の意図せざる作品間の《共鳴》だったのかも知れません。

③『事件の予兆』中公文庫

ミステリ作家としては見なされていない作家の、ミステリ作品を集めたもの(とは云え小沼丹は創元推理文庫で刊行されているし、田中小実昌は犯罪小説の翻訳者としても知られていますが……)。本書でもまた、綺麗に割り切れる謎と解決は描かれませんが、ミステリとして書かれることによって/読まれることによってこそ、触れられている場所がある。それ以上触れてはならない、踏み込めばすべてが壊れるようなそこで、ぎりぎりにとどまっている――そんな緊張に満ちた予兆が、全体を一冊の本にまとめ上げています。

④『街角の書店』創元推理文庫

ミステリともSFとも幻想とも判然としない、《奇妙な味》としか形容できないような小説が集められています。本書で注目すべきはその配置の妙。異なる読み味の作品の間にグラデーションを作るようにして別の作品を配することで、はじめから順に読んでゆくと、なんとも奇妙なことに、味が変わったことにも気づかず読み終えてしまう。《奇妙な味》と云う、ジャンルのあわいにあるようなジャンルを読むにあたって、これ以上ない入門書でしょう。

さて、ここまで四冊、いずれもミステリと云う言葉では捉えきれないものを集めたアンソロジーを並べました。明示的なテーマを予め設定して集めるのでなく、集めて並べたときにテーマが明らかとなる、そんなアンソロジーは、明確なジャンル論が取り落とすものを拾い上げるのだと思います。

⑤『日本怪談集 奇妙な場所』河出文庫

分冊のもう一方『日本怪談集 取り憑く霊』が比較的直球の怪談を集めているのに対して、本書は変化球を幾つも収めています。たとえば都筑道夫「怪談作法」と武田百合子「怖いもの」は怪奇要素のない、しかし《怪談》や《怖いもの》について書かれたエッセイ。雑誌の投稿欄の形式で都市伝説とその意義を問いかける小沢信男「わたしの赤マント」は、怪談と云うより、怪談についての小説と云えるでしょう。マスターピースをただ集めるのでも、奇を衒いすぎるのでもなく、全体を通して《怖さ》を様々な形で見せてくれるアンソロジーです。

⑥『危険なヴィジョン(全3巻)』ハヤカワ文庫SF

今回挙げた中では唯一の、書き下ろしアンソロジー。ひとつのお題に基づいた競作ではなく、同時代の作品であると云う以外、テーマも作風も作家によってばらばらですが、このばらばらな作家・作品たちを饒舌な解説でまとめ上げるのが編者であるハーラン・エリスンです。当時は挑発的だったのにいまとなっては古びてしまったテーマも、挑戦的すぎてわかりづらい文体も、エリスンの熱っぽい語りに乗せられれば、彼が作ろうとしたのであろう、ひとつの時代の空気へと流れ込んでゆく。もちろん、いまなお面白い傑作も多数収録されています。

⑦『20世紀SF〈5〉冬のマーケット』河出文庫

1940年代から90年代まで、各年代ごとに英米圏の傑作SFをまとめた『20世紀SF』全6巻。世代を代表する作家を押さえつつ、幾つかのサブ・テーマを忍ばせることで時代を越えた《共鳴》を響かせるこのシリーズは、ひと連なりの大長篇のような読み応えがあります。とは云えあまりに長いので、ここでは第5巻を挙げておきましょう。4巻所収のティプトリー「接続された女」と呼応するギブスンの表題作ほか、テクノロジーの功罪と人間の愛を描くベア「姉妹たち」、異形の世界の忘れ難いイメージのもと死と生を力強く語るライマン「征たれざる国」など、筆者の偏愛する作品が揃っているからです。

⑧『海の鎖』国書刊行会

名翻訳家・伊藤典夫自身が編訳した傑作選。オールドな味わいの作品やこんにちにおいても強烈な文体技巧が冴えるもの、様々揃えているものの、総じて苦く、仄暗い印象を与える一冊です。とりわけ、『冬のマーケット』にも「調停者」が採られている――と云うか、そちらと本書くらいでしかなかなか作品をお目にかかれない――ガードナー・R・ドゾワの表題作は、このアンソロジーを、そして叢書〈未来の文学〉を締め括るに相応しい、洗練された文体で終わりを綴る傑作。同じく〈未来の文学〉に収められているジーン・ウルフ「デス博士の島その他の物語」(同じく伊藤典夫訳!)と読み比べるのも面白いでしょう。

⑨『世界文学全集〈3-05〉短編コレクションI』河出書房新社

池澤夏樹が現代において新たに編んだ『世界文学全集』、そのアンソロジー巻です。欧州編であるⅡ巻に較べると、各作品の端正さではあちらに軍配が上がるものの、インパクトと云う点では南北アメリカ大陸からユーラシアの東から南、あるいはアフリカも収めるⅠ巻の方が断然、衝撃的。特に目次を見て驚くのは《日本語》で書かれた小説が2篇、収録されていることです――金達寿「朴達の裁判」と目取真俊「面影と連れて」。しかしここでの《日本語》とは、翻訳を介さないと云う意味に過ぎず、独特の文体や馴染みのない世界を見せてくるそのほかの収録作も踏まえると、本書では《日本語》が優遇されていると云うよりも、揺さぶられているのです。

⑩『ベスト・ストーリーズ(全3巻)』早川書房

初めてこのアンソロジーを目にしたとき、なんと自信に満ちたタイトルだろうと呆気に取られたものです。本書は実のところ、雑誌『ニューヨーカー』の傑作選。ひとつの雑誌に掲載された作品だけでベストが編めるはずもありませんが、しかしいざ三冊を通読すると、収録作家の豪華さ、長い歴史とそのなかでの変化、何より豊穣な作品たちに、つい「ベスト・ストーリーズ」と呼びたくなります。世紀を跨いで続く『ニューヨーカー』において、通過していった様々な作家・作品をまとめて表すには、簡潔ゆえに洒落ていて、不敵なその言葉がぴったりに思うのです。

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