東大生本読みのオススメ「雨小説」10選

文字数 2,749文字

今、どんな作品を読んだらいいの?

そんな疑問にお答えするべく、大学生本読みたちが立ち上がった!

京都大学、慶應義塾大学、東京大学、早稲田大学の名門文芸サークルが、週替りで「今読むべき小説10選」を厳選してオススメします。

古今東西の定番から知られざる名作まで、きっと今読みたい本に出会えます。

雨が降ると読書が捗る。パラパラと窓を叩く雨音を聞きながらページをめくる休日は、読書を趣味とする者に与えられた特権だ。梅雨というのは本読みにとってはレジャー・シーズンに他ならない。

そんなわけで今回は、新月お茶の会が梅雨に読むのに持ってこいな「雨小説」をご紹介する。本格ミステリからライトノベル、ホラーに古典まで。幅広く揃えたので気になる作品を手に取って欲しい。

とはいえ湿気は本の天敵である。換気扇を回すのは忘れずに。

(執筆:新月お茶の会)

新月お茶の会(しんげつおちゃのかい)/東京大学

ミステリ・SF・ファンタジーを掲げるエンタメ系総合文芸サークル。この情勢下でも地道に活動を続けて新入生を確保することに成功し、何とかサバイブ。会誌『月猫通り』の最新2171号(特集:ライトノベル新人賞回顧、ミステリ新刊回顧)はDLsiteで電子版販売。noteもやってます。

①『蒼海館の殺人』阿津川辰海
『紅蓮館の殺人』の続編。

名探偵である友人・葛城の住む館を訪れた主人公は大雨で館に泊まることになるも、その晩に殺人事件が起こる。

館に迫る洪水と、次々増える死体。

それらを過去に囚われた名探偵はどう解決するのか。

名探偵としてのあり方に悩む名探偵の話であり、タイムリミットの迫るサスペンスでもあり、家族との繋がりを考える青年の話でもあり、高校生の友情と信頼が織りなす青春でもある。ミステリ初心者から愛好家まで楽しめる一作だ。


②『あいにくの雨で』麻耶雄嵩
高校生の烏兎、獅子丸、祐今は雪に囲まれた廃墟の塔で死体を発見してしまった。

現場には塔へ向かう足跡が一筋だけ。烏兎と獅子丸の二人は高校での生徒会機密漏洩事件の調査の傍ら、祐今の気を晴らすために殺人事件への調査にも乗り出すが――。

本作はいきなり雪密室の解決編から始まる。

まるで謎なんてどうでもいいかの様に進んでいった物語は、最後に読者を衝撃の展開へと誘う。

まさに著者らしい一品。

③『なぜなら雨が降ったから』森川智喜
雨女探偵・揺木茶々子が出会う五つの事件を描く短編集。

古式ゆかしきホームズ流の推理を操る探偵役で、その論理の手掛かりをすべて「雨」に絡めているのが特徴。

制約の下で遊ぶ楽しさがありつつ、軽い文体でさらりと楽しめる。

同作者の作品ではおとなしい方なので、刺激が強い探偵役を求める人には三途川理もまたおすすめかもしれない。

④『刀と傘』伊吹亜門
時は幕末、場所は京都。

新政府と旧政府の対立に揺れるその地で、若き尾張藩士・鹿野師光は人々の悲哀にみちた様々な事件に直面する。

後に初代司法卿となり、近代司法制度の父とまで呼ばれることになる江藤新平とともに、五つの不可解な謎を論理で静かに紐解いていく。

デビュー作ながら多くの読者から支持を得た本作。

本格ミステリとしての質はもちろん、物語の密度も非常に高い。前日譚である『雨と短銃』と合わせてぜひ。

⑤『傘をもたない蟻たちは』加藤シゲアキ
柔らかく非現実的な世界を通して現実の不安定さが書かれているのが魅力の短編集。

その中の「イガヌの雨」は、突然空から雨のように降ってきたイガヌという美味しくて栄養豊富な奇妙な生物が、法規制により食べられなくなる直前の物語。

イガヌという生物が常識となった世界から、イガヌの魅力と得体の知れない恐ろしさが間接的に伝わってくるのが面白い。

自分の常識の揺らぎ、そしてその揺らぎは簡単に起こり得るという実感が味わえる。

⑥『雨の降る日は学校に行かない』相沢沙呼
雨に感じる陰鬱が象徴するような、中学生や思春期の憂鬱と、仄かな希望を鮮やかに描きだす独立短編集。

学校という逃げ場のない舞台で揺れ動く少女たちの心理描写が丁寧で、切なく美しい。

「普通」に馴染めない生きづらさを感じる人や、学生時代にそう感じていた人にこそ読んでほしいし、物語が人間を救うことがあってもいい、そういう祈りがある。


⑦『雨の日のアイリス』松山剛
モノクロの視界に縦向きの細かなノイズが走り、その都度ザッザザッとひび割れた音が聞こえる。

たった一体の壊れたロボットにだけ知覚できるそんな世界がアイリスの世界に降る雨だ。

不幸の連続で愛する「博士」を失った家政婦ロボット・アイリス。

彼女が辿り着いたのは行き場を失ったロボットたちが過酷な「労働」に従事させられる場所だった。

鉄の身体に降る雨は冷たく、しかしその奥に宿る心の温かさは人と変わりない。

雨の日にぴったりの物語だ。

⑧『仄暗い水の底から』鈴木光司
「水」をテーマにした怪奇短編集。

取り上げられるのは貯水槽、第六台場、生けす、クルーズ船、トイレ……。

平成初期の東京の硬質な風景の中に濁った水が浸透するような空気感に、ページをめくる指もじっとりと湿り気を帯びてくる。

目を見開くような恐怖やショッキングな光景があるわけではない。

路上に染み出す汚水のような曖昧な怪奇が家の裏に存在するかもしれない。

そんな可能性を示唆するにとどまる。

だからこそ梅雨の季節に家で読むには最適な短編集だ。

⑨『雨瀟瀟』永井荷風
主人公の小説家がとある実業家との交流の中で、古き良き時代を懐かしむという小説とも随筆とも判別つかない作品。

この一篇を読むだけで、荷風がどれだけ江戸の情緒を愛していているかを感じ取れることだろう。

しかしながら、本作品で何よりも印象に残るのは、荷風の孤高な生き様に付き纏う強烈な寂寥と孤独だ。

作中、しとしとと降り続ける雨が、彼の鬱々とした気分を象徴している。


⑩『雨月物語』上田秋成
江戸時代の読本作家、上田秋成の短編集。

雨が已んだ月朧の夜、跳梁跋扈する怪異たちの物語。

古典と侮るなかれ、好色の夫に裏切られた妻の怨念、異端の天皇・崇徳院の亡霊、などなど、史実や伝説を下書きにしたストーリーは、本格ホラーとしても、人情モノとしても一級品の仕上がり。

日本の怪奇小説の金字塔といっても良いだろう。

注釈が丁寧な岩波文庫版と、現代語訳がわかりやすい角川版、どちらにするかはお好みで。


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