異なるジャンルの物語を結びつけるものは? 連作短編形式の小説を読み解く

文字数 3,399文字

「連作短編集」という作品の形式があります。ひとつひとつの物語は短編として独立していながらも、各短編の世界観を共有することで登場人物をより多角的にみせることができたり、ひとつの大きな物語にも発展させていけるようになっています。

今回はひとつの大きな作品として新人賞を受賞しつつ、読み味の異なる短編を集めて出来上がった「連作短編集」としても成立している新人賞受賞作を二作品、紹介していきます。

~第12回~

異なるジャンルの物語を結びつけるものは? 連作短編形式の小説を読み解く

村雲菜月『もぬけの考察』


第66回群像新人文学賞の受賞作。


舞台となるのは、とあるマンションの408号室です。一見するとありふれた物件ですが、エントランスのポストには前に住んでいたと思しき住人の郵便物があふれており、どこか不穏な気配を漂わせています。

そして408号室に引っ越してきた住人たちは、新たな生活をはじめようとする先で奇妙な出来事に遭遇します。


作中で語られている「失踪が起きた部屋というのは円満な転居が行われた部屋ではないにもかかわらず事故物件にはならない」という事実を上手く活かし、事故物件とは知らずに転居してきた住人たちがその物件からいなくなってしまう―――もぬけの殻になってしまうまでを描いている本作。そこにかつて住んでいたであろう住人たちにまつわる〈考察〉が短い本文のなかに全四編入っており、中編でありながら、まるで連作短編集のような構成となっています。

また、その四編に関してもジャンルは少しずつ異なっており、読み応えが変わってくるのも特徴。第一章では蜘蛛を飼い殺していた初音が怪奇現象に襲われるホラー仕立てに、第二章では女性をナンパしていた末吉がどろどろした感情に巻き込まれるサスペンス風に、第三章になると人間ではなく文鳥のこがねに視点が移り、まるで文鳥の世界を擬似体験しているような錯覚を味わえます。

また、この三編はいずれも部屋に閉じ込められている住人に異物(蜘蛛や女性、文鳥など)が接触し、住人が閉塞感に苛まれていく流れになっていました。それらを異なる味わいで読ませていくジャンルの幅広さは読者を飽きさせません。


その一方で、なぜ408号室に引っ越してきた住人は共通して閉塞感に苛まれるのでしょうか?

その答えは、第四章の「もぬけの考察」に詰まっています。そしてこの第四章こそが、本作を異なるジャンルの連作短編で終わらせない、複雑怪奇な全体像を作り上げているのです。

第四章では、第三章までの三人称視点とは打って変わって〈私〉の一人称視点になります。408号室に引っ越してきた〈私〉は、第一章〜第三章の視点人物が残していった気配を部屋のなかに感じ取りながら、それらをまるごと(408号室の風景ごと)壁に記録していきます。

それと同時に〈私〉は、過去に失踪したと思しき住人たちがなぜ消えたのかを考察し続けているのだと告白しました。引っ越してくるまでにこの部屋で起きたことを知ることはできない——すなわち、第一章〜第三章にわたって語られてきた奇妙な物語は、あらゆる可能性を勘案した〈私〉の〈考察〉にすぎないのだと示唆されるのです。

〈私〉が過去に住んでいたであろう住人たちの考察をするのは自らが部屋の内側に篭りっきりで、部屋の中にある情報でしか可能性を想起できないからでしょう。閉塞感ゆえの想像行為が、それを投影するがごとく住人たちに閉塞感を抱かせるようになっています。


そして、物語はこれだけでは終わりません。〈私〉が行ってきた住人たちの考察は、〈私〉自らも408号室の住人である以上、自分自身にも適用されます。自分自身を〈考察〉する、それは自らを現実の存在ではなく過去に起きた可能性に還元することでもあります。

未来につなげるための〈記録〉をしていた〈私〉が過去におきた〈考察〉となり、過去と未来の因果が逆転した結果、語り手がもぬけとなった物語は最後にどのようなうねりを見せるのか——ひとつのマンションを舞台にした連作の結末とはじまりは、ぜひ読んで確かめてみてください。

森バジル『ノウイットオール あなただけが知っている』


第30回の松本清張賞受賞作。


ノウイットオール——(読者は)それをすべて知っている、とタイトルにあるように、本作は最初から最後まで読むことで読者視点での全貌が露わになる連作短編集となっています。ただ最大の特徴は、各短編ごとにそれぞれジャンルが明確に異なっていること。

異なるジャンルの小説を一冊に収めるのは作者の技巧の高さを窺わせるだけでなく、バイキング料理を食べているような贅沢さがありました。


掲載順に紹介していくと、まず暴力団同士の殺人沙汰を、探偵界のブラック・ジャックを自称する青影千織が解決に導いていく「推理小説」。

高校二年生の土橋千尋がクラスメイトの浅黄葉由からM-1出場に誘われて、次第に漫才の熱量に取り込まれていく「青春小説」。

あらゆる立体物を施工できるようになる技術を手に入れた夏目桜花が、能力を駆使しながら未来人に立ち向かっていく「科学小説」。

吸骨鬼との戦闘による責任を負わされ、元いた世界を追放された魔法使いのラクア=ブレズノが、地球にやってきていたもう一人の追放者を追っていく「幻想小説」。

他人の顔を覚えられない乙黒奈美が、とげとげ頭の男と歌会で出会う「恋愛小説」。


推理があればスポ根もあり、能力バトルをはじめたと思ったら落ち着いた恋愛ドラマになったり……あらすじを並べ立てるだけで一癖も二癖もある、一見して交わりそうにもない短編の数々。

しかし、これら異なるジャンルの物語はすべて、2023年前後の麻衣町で同時進行的に繰り広げられています。

そして同時進行的に繰り広げられる五つの物語は、直接的には交わらないにせよ、あらゆる箇所で接続され、登場人物の謎や魅力につながる新たな側面を引き出すようになっているのです。


とはいえ、こういった「最初から最後まで読むことで全体像が浮かび上がってくる連作短編」はこれまでにも多く存在するでしょう。この作品の魅力は冒頭に記した通り「ジャンルが異なっている」点です。

だからこそ、この作品によって引き出される側面とは、新たなジャンルを浮かび上がらせる可能性にも直結します。


たとえば冒頭に置かれている「推理小説」の場合。この短編だけを読めば殺人事件を解決していくよくまとまったミステリーになっていて、もちろん“推理小説”の名に恥じることのないクオリティとなっています。ただその一方で、「青春」「科学」「幻想」「恋愛」のような要素を感じることはありません。

しかし、他の短編を読むにつれて隠されていた設定が露わになっていきます。それにより、名探偵として華麗なる推理を披露していた青影千織は実は◯◯だったのではないか、など、単体で読んだときには微塵も感じなかったはずの「科学」「幻想」etc.他ジャンルの要素が浮かび上がってくるようになっているのです。


ただ連作するのではなく、「異なるジャンルの小説としても読ませるようにできている」構造こそが、二度読み必至な本作最大の魅力です。

今回は、以上の二作品を紹介していきました。

どちらも多種多様な短編がばらばらにならないよう独自の意匠を凝らしています。

ふつうの連作短編集とは少し趣の異なる物語たちを、ぜひ楽しんでみてください。

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

第12回「この新人賞受賞作がすごい!」で取り上げたのは――

409号室のポストには、過去に住んでいた住人の郵便物が溢れている。失踪した住人の痕跡から浮かび上がってくる、マンションの背景にある壮大な過去と未来の考察。

探偵・青影千織がクリスマスイブの夜にやってきたのは、川沿いの解体工場に併設されたオフィスだった。殺人事件を解決ほしいと依頼するクライアントに対して、青影は1400万円の報酬金を要求する。ほか、ひとつの街で繰り広げられる物語を全五編収録。


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