唯一無二の関係性を築くには? ペアを組んだ二人組の在り方を探る

文字数 5,253文字

唐突ですが、あなたはこれまでの人生において、誰かとペアを組んだことはありますか?

最も身近かつ代表的なものといえば、体育をはじめとする学校の授業でしょう。周囲のクラスメイトと即興のペアを作ったことのあるひとは多いのではないかと思います。

それだけではなく、たとえば日常的な友人関係、あるいは会社の部署内で組まれるチームや、コーチと選手によるマンツーマンの関係性もある種のペアといえます。私たちがひとりでは生きていけない以上、人生のあいだで誰かとペアを組む機会は訪れます。


しかし、必ずしも組まれたペアの相性が良いとは限りません。その場限りの関係性に終わってしまうことは多々あるでしょうし、水と油のように相反してしまい、嫌な経験として刻まれたことのある方もいるのではないでしょうか。

一方で、さまざまな経験を通してかけがえのない関係性ができあがることがあるのも事実です。だとすれば、二人組のペアはどのように関わっていけば信頼関係を構築できるのでしょう?

今回はスポーツやお笑いを通じてペアを組んでいく二人の物語を通じて、それを確かめていこうと思います。

~第8回~

唯一無二の関係性を築くには? ペアを組んだ二人組の在り方を探る

平河ゆうき『泣き虫スマッシュ!』


第10回角川つばさ文庫小説賞の金賞受賞作。


小学五年生の大鳥奈央は、全国小学生バドミントン選手権大会の女子ダブルスで準優勝を果たします。しかし、ペアを組んでいた弦巻千里の技術と才能にキャリアされていた自覚から、「あたしの実力だ」と胸を張って言えずにいました。そんな自分の考え方を変えるべく、千里と離れ離れになる引っ越しの当日に、「全国大会に出てダブルスで千里に勝つ」と力強く宣言します。

そして東京から香川に引っ越した奈央は、高身長の同級生、日下部ことりと出会いました。彼女の才能を見抜いた奈央はダブルスの新しいパートナーとして、ことりをバトミントンに誘います。

しかし、ことりから返ってきたのは「スポーツをすること自体が好きじゃない」と、誘いを跳ね除ける言葉でした。


身長が低くて底抜けに明るい奈央と、身長が高くて内気なところもあることりは、一見してなかなか噛み合わない、凸凹コンビのように思えます。

しかし、物語を経るにつれて、二人は凸凹な他人同士でありながらも、かけがえのないパートナーとなっていくのです。


まず、ことりがスポーツをしないと決めている理由は、野球やバレーを習っていたときに周囲からかけられていた圧力にありました。「身長が高いからきっとスポーツも上手だ」と始める前から期待され、上手ければ「背が高くてずるい」と僻まれる。反対に下手をすれば「背が高いのに」と落胆される。実力にかかわらず「身長」だけを理由に評価をしてくる周囲の勝手な視線に、ことりは嫌気がさしていました。

ことりの身長がスポーツに向いているのは確かでしょう。一般的に「背が高い」のは多くのスポーツで有利に働くうえ、ルックスの側面からも羨むひとは多いはずです。しかし、背の高さはあくまでも「先天的な身体性」であって、ことりからすれば高身長を選んで生まれてきたわけではありません。先天的なものを理由に期待をかけてしまうのは、プレッシャーやコンプレックスへの刺激にもなりうるのです。他人にとっては理想に映るものも、当事者からすればコンプレックスの可能性もある事実は、他人に理想を押し付けることの危うさを描き出します。


だとすれば、ことりが抱えている当事者的な悩みは、身長が低い奈央にとっては理解できないものなのでしょうか? 決してそうではありません。奈央はことりの気持ちを知り、父親から「バドミントンなんていっしょうけんめいやって、将来なんの役に立つんだ」と言われて傷ついたのを思い出します。かつて自分が父親から理想を押し付けられたように、ことりも周囲から理想を押し付けられて苦しんでいるのだ、と。

「スポーツをやろう」と誘われて悩むことりとは正反対であるはずの「スポーツをやるな」と言われた事実からも奈央は共通項を見出し、ことりが理想を押し付けられて苦しんでいるのを理解します。そしてことりに向かって「やらなくてもいいから、バトミントンを好きになってほしい」と率直な気持ちをぶつけるのです。


相手を理解しようとしながら、理想に縛られないお互いの「自分らしさ」を尊重する姿勢は、二人を真正面から向き合わせます。

また、そんな二人がペアを組むことで、根本的に他者である人間とどのように息を合わせていけばいいのか——手を取り合っていけばいいのか、と、より深い問いかけが顔を覗かせるのです。


物語の後半に入ると、奈央とことりは青葉カップの予選を目指して共に練習するようになりました。奈央に追いつこうとする未経験者のことりは、奈央の元ペアだった千里の技術を目の当たりにし愕然とします。そして彼女とペアを組んでいた奈央に萎縮し、「迷惑をかけないようにしないと」と遠慮してしまうようになります。


「迷惑をかけないようにしないと」と慮るのは、ともすれば相手を気遣った行動になりうるでしょう。しかし、遠慮がちになった途端、二人の関係性には非対称な構造が発生してしまいます。足を「引っ張る側」と「引っ張られる側」は上下関係をつくりだし、「引っ張る側」は自分で自分を抑圧してしまうのです。この場合に損なわれてしまうのは、抑圧に縛られないことで発揮されるはずの「自分らしさ」に他なりません。

前半では周囲によって押し付けられてきた理想を、今度はことり自らが押し付けるようになってしまいます。


自分らしさを見失ってしまったことりは、初となる練習試合でも苦戦を強いられました。

そんななか真央は「あたしは、日下部さんがいい」と正面切って言います。「日下部さんは千里とはちがうしあたしともちがう。タイプのちがうあたしたちが、おたがいの個性を引き出せたらいい」と。おたがいの個性を引き出すにはまず、相手の遠慮をなくすために歩み寄り、「自分らしさ」を受け入れようとする姿勢が欠かせません。

相手の「自分らしさ」を尊重するだけに留まらず、引き受けようとすることで「ペア」としての強さを初めて発揮できるようになるのです。


真央とことりがペアを組んだ初となる試合の結果はぜひ、読んで確かめてください。

遠山彼方『相方なんかになりません!』


第12回集英社みらい文庫大賞の大賞受賞作。


「このお話は、なにわ生まれのお笑い王子・おれこと西橋笑大と、天才ツッコミガール・酒井さんが、日本一の漫才コンビを目指すお笑いサクセスストーリーですっ」……とは、ヒーローを務める西橋笑大、本人の弁。

そして、それに対して「ぜんぶちがうからっ!!」と軽快なツッコミを披露する主人公の酒井心晴。

ページをめくって早々、二人の小気味良い台詞の応酬による〈前説〉から始まる物語は、その流れの通りにボケとツッコミをふんだんに取り入れた「漫才」がテーマとなっています。


そのため、〈前説〉における笑大の言葉はあながち大きく間違ってはおらず、お笑いサクセスストーリー……かはともかく、二人が漫才コンビのようなパートナー関係を結んでやりとりをしていくラブコメディ。小学五年生でお淑やかを目指している心晴は、大阪から転入してきた笑大と運命のような出会いをはたします。一瞬ドキッとするものの、キャラが濃い笑大の自己紹介を目の当たりにして「思ってたのとちょっとちがう」とショックを受けることに。

しかし、大阪と東京の違いに戸惑う笑大に渋々ながらも付き合っていくうちに心晴はツッコミの才能を開花。それを見込んだ笑大から、漫才の相方にならないかと熱心に誘われることになりました。



基本的に、二人で行う漫才には「ボケ」と「ツッコミ」の役割がそれぞれ存在します。ボケ側が笑いの起点をつくって、ツッコミ側がそれを回収していく。両者がテンポ良く会話劇を繰り広げるからこそ笑いはうまれるため、ボケ二人、あるいはツッコミ二人だと漫才もぎこちないものになってしまうか、うまく進行ができずに難易度は相当高くなるでしょう。

そのため、漫才コンビを組むためには、ボケとツッコミの凸凹した関係をどう成立させるかにかかっているとも言えます。


そんな凸凹関係を再現するように、笑大と心晴はそれぞれボケとツッコミのセンスを兼ね備えています。しかし笑大は漫才コンテストに出場するにあたってザンネン王子ことミオリンとコンビを組むことになり、彼の自由奔放ぶりに翻弄されるかたちでツッコミ役を担うことになりました。さらにミオリンがコンテスト当日に出られなくなってしまい……その代役として心晴に白羽の矢が立ちます。緊張におそわれた心晴がボケ役を務めようとするなか、笑大はツッコまずにはいられない自然体の酒井さんを求めました。お互いが不向きな役割を担って漫才するよりも、普段通りなボケ役の笑大とツッコミ役の心晴のほうが「自分たちらしい」漫才ができると示すのです。

そして相手の自然体を受け入れようとする態度は、『泣き虫スマッシュ!』で描かれていた「自分らしさ」を肯定する姿勢にもつながります。観客を魅せられるような漫才コンビは、凸凹しているお互いの「らしさ」を尊重することによってはじめて成立します。


一方で、二人はボケとツッコミの役割に縛られているわけでもありません。心晴はときに笑大を見返してやろうと軽いボケをみせ、笑大も心晴の渋い反応に思わずツッコミ返します。自然体だからこそ仮に入れ替わっても軽快なやりとりを交わすことができ、「ボケる側」「ツッコむ側」に縛られない二人の関係は、一方的なものにならないまま、より対等なものへと近づいていました。



また、漫才をテーマとしていくうえで重要となってくるのが「笑い」の取り方です。一口に笑いといっても、その笑いは必ずしも皆を快い気持ちにさせるとは限りません。嘲笑や冷笑のように誰かを蔑むものもあれば、特定のひとたちを面白おかしくネタにして笑いをつくることもできるのです。

これに対しても笑大は「人が悲しむことをコケにしておもしろがるんは、おれの笑いの美学に反する」と、心晴の過去を面白がるクラスメイトに向かって口にします。コンビ相手を尊重しないと漫才が成立しないように、だれかを楽しませる「笑い」にも、観客を尊重する姿勢は欠かせないのです。


そしてこれは、「人を傷つけるネタ」の是非が見直されている現代の漫才に限った話ではありません。たとえば物語の舞台となっている小学校でも、誰かをあげつらったり、いじりをすることによって笑いがうまれる場面はきっと存在するでしょう。しかし、そうした笑いが自然と作り出すのは「笑う側」「笑われる側」の上下関係です。それはボケやツッコミのような役割を遂行したものでもなく、あるいは自然体の結果生まれるコミュニケーションでもない、相手への信頼とリスペクトに欠けた歪な関係であるのは言うまでもありません。

無自覚に人を傷つける笑いが容易に発生しやすいなか、笑大がみせる「人を傷つける笑いをしない」姿勢は、笑いをとることに一生懸命なキャラクターだからこそ、いっそう胸を打つものとなっていました。


笑いに対して真摯な姿勢を貫きながら、一冊まるまる漫才を観ているようにも読める、テンポと笑いにあふれた作品です。

今回は以上の2作品を紹介していきました。

どちらの作品もペアを組んでいくうえで大切にしているのは「お互いの自分らしさを尊重すること」です。相手の性格や言動を自分の好き嫌いで容易く分別するよりも先に、まずはその人の「らしさ」として受け止めなければ信頼関係はうまれません。

そのうえでどう接していくかを選んでいけば、自ずと尊い関係性はできあがっていくはずです。

あわいゆき

都内在住の大学生。普段は幅広く小説を読みながらネットで書評やレビューを手掛ける。趣味は文学賞を追うこと。なんでも読んでなんでも書くがモットー。

Twitter : @snow_now_s

note : https://note.com/snow_and_millet/

第8回「この新人賞受賞作がすごい!」で取り上げたのは――

東京から転校してきたバドミントン少女の大鳥奈央は、転校先でバドミントンの才能を秘めた日下部ことりと出会った。

ペアを組まないかと誘う奈央と、「スポーツはもうしない」と口にすることり。

二人は少しずつ距離を縮めながら、バドミントンと向き合っていく。

酒井心晴のクラスに転入してきたのは、大阪からやってきた漫才大好きな西橋笑大だった。

彼からツッコミの才能を見込まれ、漫才の相方にならないかと誘われる心晴。

「相方なんかになりません!」と跳ね除けながらも、心晴は笑大に巻き込まれていく。

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